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水底の星  作者: 中原 誓


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18. 試金石

 前庭には、二十人ほどの女性達が並んでいた。

 年格好はまちまち。子供を抱いた者もいる。


「奥方様だ」

 ギャラガーが告げると、彼女達は慌てたように頭を下げた。

「えーと、左から四人目まではいつもの貧民院から来ていて、残りは城下の者です」

 ギャラガーの説明に、私は頷いて応える。

「年はいくつかしら?」

 私は一番左端にいた女性に声をかけた。

「にずうご、かぁ、ろく。よく分からねぇだ」

 訛り丸出しの言葉が聞き取れない。すると、私の後ろでギャラガーが大きなため息をついた。

「二十五か、六です。よく分かりません、奥方様、だ。言葉遣いがまるでなってない!」

 大の男に叱られた女は、怯えたように縮こまった。

「言葉遣いは仕方ないわね。貴方だって胸を張れたものではありませんよ、ギャラガー――洗濯や料理をしたことは?」

「し、しんみんいんで、代わりばんこにやっただす、奥様」

「貧民院で交代でやっていました、奥方様」

 ギャラガーが通訳する。

「手を見せてちょうだい」

 おずおずと出された手は、あかぎれだらけだった。

「働き者の手ね。ギャラガー、洗濯と掃除の仕事にこの四人を」

「はい、奥方様」

「わたくしが作ったあかぎれの薬を、後でこの者達に渡すように」

「はい、奥方様」

「料理番は、身元を厳選した者を雇いたいわ」

 毒を盛られる心配をしたくない。

「料理番のコナーの姉が来てますぜ」

 コナーは気のいい男で、私の食が細いことをいつも嘆いている。食が細い訳ではなく、彼の作る量が多すぎるだけなのだけれど。

 コナーの姉は、弟同様、人好きのする明るい寡婦だった。子供が少し大きくなったので、城に連れて来て働きたいとのことだ。

「子供? ギャラガー、城内に学校は?」

「学校? 何のために?」

 ギャラガーが不思議そうに訊く。

「勉強させるためでしょうね」

 私は苦笑しながら言った。

「騎士にも下働きにも読み書きは必要です。小さな子供を遊ばせても大丈夫な場所と、年長の子供が学べる場所を確保して」

「はい、奥方様」

 いつもながら、ギャラガーの人選は的確だ。全員を雇い入れる事になりそうね、と思った――のだけれど。

 強い視線を感じてそちらに目をやると、可愛らしい顔立ちの美少女と目が合った。


 この娘は違うでしょう、ギャラガー。


 服装は地味だった。品物自体はいい生地を使っているので、どこかの貴族の使用人のように見える。が、手入れの行き届いた艶やかな金色の髪は、どう見てもそれより立場が上だと主張している。娘の半歩後ろに下がった女性がお付きの侍女といったところか。

 私のすぐ後ろで、ギャラガーが『う、あ?』と、変な声を上げたところを見ると、彼にとっても予想外の事態らしい。

「ごめんなさい。侍女は募集していないの」

 私がそう声をかけると、少女はムッと顔をしかめた。

「ギャラガー?」

 促すように騎士を見上げる。

「ヘイル伯のご息女、アラナ殿。伯爵領はセルツの隣です」

「そう」

 さて、こんな時、私の友人達ならどうするか……

「案内の者に、手違いがあったようですわね。失礼いたしました、レディ・アラナ。中でお茶でもいかがかしら?」

 ジェニスタの真似をして、貴婦人然と微笑んで声をかけた。

「手違いじゃないわ」

 アラナは生意気そうに顎を上げた。

「キアランが結婚したというから、こっそり貴女を見に来たのよ」

 得意げに言われても……隣人として堂々と訪問すればよかっただけでは?

 思わずそう口にすると、

「父上の許しが出なかったんですぜ、きっと」

 ギャラガーがボソッと言った。

「な、な、何よ! それくらい許されてもいいはずよ」

「アラナ様」

 控えていた侍女らしき女性が制したが、アラナは私を睨み付けて叫んだ。

「キアランは……キアランは……私の許嫁(いいなずけ)だったんだからっ!」


 はいっ?


 脳が追いつかない。

 キアランに、『女性に優しくされたことがない』キアランに、顔の傷を必要以上に気に病む、あのキアランに、許嫁(いいなずけ)がいたですって?

 敬称なしで呼ぶところを見れば、親しい仲だったのだろう。いわゆる幼馴染みだったのかもしれない。

 なぜか、心がズキッと痛んだ。


「王様が貴女を押し付けなかったら、私が――」


 私は、『可愛いって得ね』とか、『やはり私は邪魔者なのかしら』などとぼんやり考えながら、アラナの言葉の続きを待つ。

 彼女は青い目に涙を浮かべながら叫んだ。


「私が――公爵夫人になってたんだからぁ―――っ!」


 脱力した。思いっきり。


「ギャラガー、レディ・アラナを城門までご案内して。護衛がいないようなら、誰かを付けて確実にヘイル伯領まで送り届けてちょうだい」

「はい、奥方様」

「ちょっと! 私の話、聞きなさいよっ!」

 私はちらりとアラナを見た。

「なぜ、わたくしが聞かなければなりませんの?」

 アラナが言葉に詰まったようなので、そのまま言葉を継ぐ。

「確かにわたくしは王命にて嫁いで来ました。けれど、“公爵夫人”になりたくて結婚したわけではありません。お気をつけてお帰り下さい。わたくし、そろそろキアラン様のお茶の支度をしなければなりませんの」

「お茶……? 貴女が……自分で……するの?」

「もちろんです。お茶に限らず、全てのお世話を。妻ですから」

 愚かな小娘に構っている暇などない事を、私は言外に伝えた。

「ごきげんよう」



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