17. 水の城
胡桃材の、広い机の上で書き物をしていると、ノックと言うには少しばかり大きな音で扉が叩かれた。
「お入りなさい」
ため息混じりに応えると、予想通りの人物が顔を覗かせた。
「奥方様、ご要望の者達を前庭に集めましたぜ」
黒いもじゃもじゃの髪の毛に、無精ひげ。言葉遣いも外見も、まるで山賊のような男だ。嫁の来手もないまま三十も半ばになってしまったと嘆いていたが、この外見ならばさもありなん。
セルツの城に着いてすぐ、護衛と城内の案内役としてキアランに引き合わされたのが、このギャラガーという騎士だった。
「腕は確かですよ。生まれも育ちもセルツなので、領内の事ならよく知っていますし、顔も効きます」
にこやかに紹介するキアランに対し、ギャラガーは仏頂面で、『何で俺なんだよ』とブツブツ言っていた。
「お前が一番見た目が悪いからに決まってる。誰に訊いてもお前が断トツだ。奥方に悪い虫が付いては困るからな」
キアランの即答に、私もギャラガーも顔をひきつらせた。
まあ、外見はともかく、確かにギャラガーは有能な男だった。彼がいなかったら、この一ヶ月は途方に暮れた事だろう。
セルツの城には大きな問題があったのだ。
台所の下働きに老婆がいるだけで、後は全員男という、とんでもない問題が。
キアランに言わせれば、彼は王都にいることが多く、女主人もいない城に女性の使用人を置くのは治安上よろしくないという判断だった。
そこまでは分かる。理解した。
けれど、一人の侍女も連れずに輿入れした私はどうなるの?
修道院で、大抵の事は一人で出来るように教育はされたとはいえ、それはそれ、これはこれ。
「お好きなだけ、雇い入れて下さい。城内も、お好みに合うように変えて下さって結構です」
もしも私に出来るなら、気軽に言うキアランの首を締め上げた事だろう。
キアランは領内の郷士や近隣の下級貴族の娘を雇い入れればいいと思ったようだが、事はそう単純なものではない。城に勤める者というのは、身元もさることながら、忠誠心が必要だ。多くは何代にも渡って主家に仕えることで培われる。人手を集めればよいというものではないのだ。
「貴族の娘に出仕させても、わたくしの言うことを聞くかどうか……」
私の愚痴に、ギャラガーだけは頷いてくれた。
「領地の外れに尼さんがやってる貧民院があるでんすがね。孤児や、旦那を亡くして生活に困った後家さんがいるんでさ。身元がはっきりしないのが難点っちゃあ難点ですが」
そうね――
「直接、顔を合わせて話してみたいわ」
「じゃあ、尼さんに適当に見繕ってもらいまさぁ」
「あら、わたくしの方から視察がてら行ってもよいのですよ」
すると、ギャラガーは困ったように頭をガシガシと掻いた。
「閣下に怒られますぜ」
「ああ……そうだったわね」
私の、難儀な年下の夫は、とにかく私を城から出したがらないのだ。もう結婚したのだからどこにも行かないと言い募るのだけれど、納得してくれない。
仕方がないので、人を連れて来るのはギャラガーに任せる事にした。
最初に雇ったのは、私の身の回りの世話をする三人の少女だった。三人とも孤児で、まだ十二から十三歳と幼かったが、私は自分の事は自分で出来るので、行儀見習いをしながらゆくゆくは立派な侍女になってくれればいいと思って選んだ。
今日、選ぼうとしているのは台所の老婆の手伝いと、洗濯や掃除をする者だ。
彼女達を雇い入れる事で手が空く男達は、城周辺の農地を任せようと思っている。
セルツは鉄の産地だとかで、農業がおろそかになっていたようだが、有り得ない。籠城に備えて城の周辺に農地を置くのは鉄則だ。
私は、ギャラガーを従えて執務室を出た。
この部屋は先代公爵――つまり今は亡き宰相閣下が使っていた部屋なのだけれど、キアランは全く使っていなかった。
領内に関係する資料もたくさん置かれていたので、私が使ってよいかと尋ねると簡単に承諾してくれた。キアランにとって仕事とは、魔法に関する事だけで、領地を治める事には興味がないらしい。
女の私が、しかも他所から輿入れしてきた私が、領地をどうこうしようとすれば反発を買うだろうと思いはした。けれど、放っておくのも気が引けた。
先代から仕えているという年老いた家令を呼んで、これからはセルツ領の事は自分が取り仕切ると告げると、意外にも涙を流して感謝された。公爵家の行く末を心配していたと言うのだ。私が領地を治めて、やがて生まれるであろうキアランの子に引き継いでもらうのが彼の夢だと。
夢――ね。
私は前庭に出ると、振り返ってセルツ城を見上げた。
白に近い色の石を積み上げて造られた、優美な城。内部の調度も実用性より、外観を重視してるようだ。
そこに、代々のセルツ公の慢心が見え隠れする。
たぶん、先代のセルツ公は見誤ったのだ。だからこその凋落。
本当にセルツを支えているのは、鉄のもたらす富ではなく、王家に妃を送り続けて得た権力でもない。主家の行く末を案じ、涙を流すような忠臣達だ。
いつか、キアランにそう教えてあげよう。




