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水底の星  作者: 中原 誓


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16/25

16. 水と石の婚礼

 慌ただしい一週間を過ごし、キアランとわたしは結婚式を迎えた。

 式の日の早朝、部屋に王妃様付きの女官たちが押し寄せ、私は目を丸くした。

「あの……」

「おめでとうございます。王妃様より、本日のお支度を申しつかっております」


 何だか大事(おおごと)になっている……


 戸惑う私をよそに、女官たちはてきぱきと動き始めた。私はあっという間にお風呂に入れられ、髪にも身体にも香りのよい香油をすりこまれた。

「美しいお(ぐし)でございますこと」

 髪を編み込みながら一人の女官が言うと、他の人達が『ほんに』と言う。

「お肌もミルクのようで。これは、ひょっとして――」

「ええ。きっと」


 何が何だか分からないまま、私は人形のように彼女たちのなすがままとなった。

 アレクサンドラが用意してくれたドレスに袖を通した時、ふわりとした温かな何かが、私を包んだ。

「これ……」

 戸惑いながら呟くと、女官たちは訳知り顔に頷き合った。

「魔法ですわね」

「わたくし、魔力はあまり強くないの。どんな魔法がかかっているのかしら?」

 私の問いに女官達は微笑んだ。

「お姿の全てが光に縁取られていますわ。まるで光で描いた肖像画のように。これなら公爵様にも、花嫁のお姿を見ることが出来ることでしょう」

「それは――」

 『困るわ』と、言いかけて、私は口をつぐんだ。

 容姿に自信はないけれど、せっかく着飾ったのだ。キアランにも見てもらおう。私が美女ではない事は、キアランにも言ってある。最初にあなたに贈った肖像画はもっと酷かったのよ、と笑い飛ばせばいい。

「それは素敵だわ」

 私は咳払いをしながら言い直した。女官達が頷く。

「伯爵夫人らしい贈り物ですわね」

「ほんに」

 さざ波のように、おしゃべりと小さな笑い声が続いた。彼女達が、『宮廷雀』と言われる訳がよく分かる。

「普段はあのお転婆ぶりにハラハラしますけれど」

「まあ、でも、伯爵夫人を叱っている時のホーク様ときたら……」

「ええ、まあ、実のところは甘やかしてらっしゃるのが微笑ましくて」

「あら、羨ましくての間違いじゃなくって?」

「王様もねぇ……少しホーク様を見習えばよろしいのに。優しい男は格好が悪いと思ってらっしゃるから」


 それでも王妃様は、王を慕っている。それはもう、眩しいばかりに。

 恋とはどんなものなのだろう? 心が迷う。ほんの少し。そう、ほんの少しだけ。

 私は口角を上げ、無理矢理笑みを作った。


 その後、女官達は私の唇に紅を差し、霞のようなベールをつけた。

「参りましょうか」

 一番年嵩の女官が私に手を差し出す。

 私は手を借りて立ち上がると、背筋をピンと伸ばした。

 人気のない廊下を歩きながら、手を引く女官がぽつりぽつりと私に語りかけた。

「わたくしは十三の年から宮廷に出仕しております。幾人もの貴婦人達にお仕えしました。その中でも特に――失礼ながら――貴女様には華やかさがありません」

 あまりにも悪気なくはっきり言われると、自分でも『そうだろう』と苦笑する。

「なれど、貴女様ほど気品のある方も少のうございます」

 思いがけない言葉に息を飲む。

「キアラン様は高貴でありながら、不遇な育ちをされた方。どうかよろしくお願い致します」

 『よろしく』とは、何をどう?と、思わないでもなかったけれど、私は『分かりました』と小声で言った。



 礼拝堂は、王城でも奥まった一角にあった。通常、王族の婚儀や葬儀は、王都の市街地にある大聖堂で行う。ここの礼拝堂は、どちらかと言えば祈りの場所。そして避難場所でもある。

 レリーフ装飾の黒い扉は、ただ重厚さを示すためにあるのではない。いざとなれば剣も魔法も弾く頑丈な鉄の扉である。

 その扉の前で、次兄のセドリック兄様が待っていた。

「おめでとう、ロザリンド」

 兄の祝いの言葉に小さく頷く。

 セドリック兄様は扉を押し開くと、振り返って私に手を差し伸べた。差し伸べられるなど、数えるほどしか記憶にないその手を取り、私は礼拝堂に足を踏み入れた。

 蝋燭の炎に照らされた薄暗い礼拝堂の奥で待つ、キアランの姿が見えた。

 彼は、くるぶしまである儀礼用の黒い外衣を身にまとっていた。左肩だけがくっきりと白い。おそらく、彼の、セルツ公の紋章――蔦と白い角鹿(つのじか)が刺繍されているはずだ。

 ほどなく間近に立つと、キアランが普段とは異なり、銀の仮面で傷のある顔の半分を隠しているのが分かった。

 私はベール越しに、キアランの青い瞳を見上げた。

 彼は目を丸くし、口元を歪めていた。

「いったいどうやって?」

 かすれたような小さな声が問う。

 どこか泣き出しそうにも見える彼の残り半分の顔を見て、私は自分の見栄や劣等感など些細な事だと、むしろ恥ずかしいとさえ思った。彼にとって、『見える』ということはどれほど貴重なことか。

 私は、幼ささえ感じるその表情に、ベールの下から微笑みかけ、片手でキアランの頬をなぞった。

「褒めて下さってもよろしいのですよ?」

「ああ……もちろん。我が姫君、我が白薔薇。貴女は息を飲むほど麗しい」

 キアランの両手が腰に絡み付いた。

 コホンとわざとらしい咳払いが聞こえた。

 振り向く私達に向かって、

「婚儀を済ませるぞ。いちゃつくのはその後にせよ」

 王は冷やかすように、片眉を上げて言ったのだった。


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