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水底の星  作者: 中原 誓


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15/25

15. 磨かれる石

 結婚するのは、拍子抜けするほど簡単だった。


 私達が王に結婚の許可を求めた次の日には、長兄のゲラン兄様が王都入りし、キアランと持参金の話し合いに入った。

 と言っても、元より私を結婚させるつもりだった兄は持参金を値切る事もなく、早く結婚したいらしいキアランも不足だと言う事もなく、話し合いは小一時間で終わった。

「持参金などどうでもいいのだけれど、侯爵家の姫君としての威厳もありますからね」

 キアランはそう言った。

「持参金の他に、亡くなった母君の宝石類と領地が一ヵ所あるそうです」

 初耳だ。

 確かに女親の財産は娘が受け継ぐのが慣習だけれど、そんな物が存在する事さえ知らなかった。

 驚きを口にすると、キアランは微笑んだ。

「隠していたようですよ。奥方は少し物欲の強い方だとか」

「今まで、兄は義姉の言いなりなのだと思っていました……」

「言いなりになってしまうのが分かっていたからこそ、秘密にしていたのでしょう。兄君は自分の欠点をよく分かっておられる」

「わたくし、兄を見くびっておりました。人は誰しも心弱いもの、強くある事よりも己れの弱さを受け入れる事が大切と修道院で学んでおりましたのに……まだまだ勉強不足です」

 キアランは顔をしかめた。

「またそのように生真面目な事を。修道院に入り直すなどと言わないでしょうね?」

「言いませんわ」

 もう後ろには下がらない。

「婚儀は来週末、この城の礼拝堂で行います。王が立ち合って下さるそうです」

「ずいぶんと早いのですね」

「ご不満ですか?」

「いいえ。ただ、着る物をどうしようかと思いまして……虚栄心ではありませんよ? 王の御前の挙式に普段着で臨むというのも失礼ですよね……」

「貴女はもう少し虚栄心をお持ちになった方がいい」

 キアランは苦笑した。

「婚礼衣装の事ならば、心配いらないそうです。正直、驚きましたが――兄君と面談しているところに、アルス伯夫人が乗り込んで来ましてね。婚礼衣装は手配しているから気にしてくれるなと言い放ちました」

 その後すぐにホーク様が現れて、妻の首根っこを掴んで引きずって行ったそうだ。



「あー、それね」

 その後、王妃様の元で会ったアレクサンドラは屈託なく言った。

「時機をわきまえろってホークに怒られたんだけどさ、見て見て!」


 えっ? これって……


 そこには、キラキラ光る純白のドレスが掛けられていた。襟が高くて清楚な感じのするドレスだ。前側の裾は通常よりも短く、反対に後ろ側は波のように長く床に広がっている。何よりも圧巻なのはその生地で、白と銀の薔薇が全面に咲くように散らばっていた。

 最初は銀糸の刺繍かと思った。が、よく見ると銀糸が織り込まれた地模様なのだ。

「ちょっとぉ、そんなにまじまじ見ないで。粗が分かっちゃうぅぅ」

「これ……貴女が織ったの?」

「うん。手持ちの生地で婚礼衣装にできるのってこれくらいしかなくてさ。ごめんね。あ、でも仕立てたのはこの間三人で行った仕立屋だから大丈夫だよ?」

「凄い――素敵。とっても素敵だわ。ありがとう、アレクサンドラ」

 思わず彼女に抱きついた。

「だからロザリンドは喜ぶと言ったでしょう?」

 ジェニスタが皮肉っぽく言った。

「この()ったら、これだけの布を織る事ができるのに、まるで自信がないのよ」

「えーっ? だってあたしの師匠のおばば様はもっと凄いの織るよ」

「だから、きっとその方は最高位の織り師なのよ。アルス伯なら、そのような方を自領に抱えていても不思議ではないわ」

「そうかなぁ。普通のお婆ちゃんなんだけど」

 王妃様、ジェニスタ、私の三人は顔を見合わせて、『やれやれ』と肩をすくめた。

 大きな魔力と権力を持つホーク様の庇護下で育ったアレクサンドラの、''普通''の概念はかなり外れていると思う。

「後は……靴はあるでしょ?」

 アレクサンドラの問いに私は頷いた。

「ベールはわたくしが新しい物をあげましょうね」

 と、王妃様。勿体なくて涙が出そう。

「アクセサリーはロザリンドの兄上に持って来ていただくとして――あっ!夜着は?」

 ジェニスタが私の顔を見る。

「山羊? 何に必要なの?」

 祝いの品か何か?

「寝る時に着るでしょ?」

 ああ、そちらの事?

「いつも着ている物でよいでしょう?」

 今度は、私以外の三人が顔を見合わせた。

「ねえ、まさかとは思うけれど(ねや)の作法とか知っている?」

 ジェニスタの問いに私は首を横に振った。

「ちょっと、アレクサンドラ、何とかしなさいよ」

「何とかって?」

「既婚者でしょう? 結婚前にお母様から何と教わったの?!」

「えっ?別に。田舎の娘ってそういうの自然に知るから。馬とか牛の種つっ――うげっ!」

「トラウマになるからやめてっ!」

 ジェニスタはアレクサンドラの肩を掴んでガクガクと揺さぶってから、気を取り直したように王妃様を見た。

「お、お、王妃様の輿入れの時は?」

「まだ子供でしたから、『王の御心のままに』としか……」

「それで行きましょう。いい?ロザリンド、キアラン様に任せて…………ダメだわ。向こうも知っているとは思えない」

 ジェニスタは項垂れて頭を振った。

「すみません、王妃様。王様からキアラン様にご教示をして下さるようにお願いして下さい」



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