14. 水の誓い
何故? と、キアランは言った。
理由は必要なのですか? と、私は問うた。
キアランは、首を横に振り、その場に片膝を立てて跪いた。そうして驚く私を後目に、ドレスの裾を手にして口づけを落とした。
「この生命をかけて貴女を守り、我が心の全てを貴女に捧げます」
私の唇が震えた。
花の咲き乱れる美しい場所で、素敵な貴公子に求愛される――女の子ならば一度は夢を見る。
私には関係ない事と、早くに諦めたつもりだった。けれど、それはただ自分の心に蓋をして目を反らしていただけだったのだろう。そうでなければ、こんなに心を揺さぶられる訳がない。
きっと上手くいく。
公正で謙虚であれば、ダンカンを始めとする側近達は私を認めてくれるだろう。領地では、修道院で学んだ薬草や農作物の知識も役立つはずだ。
たぶん上手くいきはしない。
キアランはまだ若い。
若すぎると言ってもいい。いずれ、本当に愛する人を見つけるに違いない。
けれどそれでいい。
例えそんな日が来ても、キアランは私を粗末には扱わないだろう。
私は姉のように優しくキアランを見守っていけばいいのだ。
「わたくしの心を貴方に」
私は作法通り、胸元からハンカチを取って片手で差し出した。
それは、貴婦人がよく持っている、レースに縁取られた愛らしい物ではなかった。修道院にいた時に自分で作ったシンプルな白いハンカチで、紅い薔薇と私のイニシャルが刺繍してある。
私の真心を示すのなら、この方が相応しいと思う。
キアランは私の手を下からそっと握った。私の手が壊れ物だとでもいうような、繊細な仕種だった。彼は私の手の甲に口づけて、そのままハンカチを抜き取った。
これで私達は結婚の約束を交わした事になる。
「仲良くやっていきましょうね」
少し気恥ずかしく思いながらそう声をかけると、キアランは顔を上げた。
「仲良く……ですか?」
やや複雑そうな表情だ。何か間違った事を言っただろうか?
「ええ。その方がよろしいでしょう?」
「ああ……ええ、もちろんです」
キアランは、いつもの笑みを浮かべて立ち上がった。
「レディ・ロザリンド」
「はい?」
「では、これからは、敬称を付けずにお呼びしてもよろしいですか?」
そうね。良好な関係を築こうとするなら、お互いに歩み寄っていかなければ。
私は素直に頷いた。
「ロザリンド」
返事をする前に、キアランの右手が私の頬を撫でた。ギョッとして固まった私の体を絡めとるように、キアランの左腕が巻き付いた。
「ロージー」
耳元に囁かれた声は低く、火傷しそうなほど熱い。
「ロージー、何度こう呼びたかった事か。ホークの奥方が貴女を呼ぶ度に、歯噛みしそうなほど悔しい思いをしました。本当に難儀なご友人をお持ちだ」
やきもち焼きの甘えん坊?――難儀な婚約者も持ってしまったようだと、思った。




