11. 輝く水
その日から、午後、キアランの仕事が空いた時間帯に、私達は一緒に過ごす事にした。
それを聞いた途端、アレクサンドラとジェニスタは、私の衣装箱をひっくり返した。
「壊滅的。全部却下」
アレクサンドラは呻くように言った。
「どうする? わたくしのでは、ロザリンドには似合わないでしょう?」
ジェニスタが、眉間にシワを寄せる。
「ジェニスタ、あんた腕のいい仕立屋知らない?」
「城下に行けばいるわ」
「よし。行くわよ。今すぐ」
私の意見は全く聞いてもらえないようだ。
城下に行くと言っても、ジェニスタは王妃様の許可がいる……はい、すぐに下りましたね。
素早い展開についていけず唖然としていた私は、城下に連れて行かれ、仕立屋に放り込まれ、気付いた時には沢山の服を注文するはめに陥っていた。たぶん目の回るような金額だろう。支払いを悩む私に、アレクサンドラは心配いらないと笑った。
「ホークに払ってもらうから」
「はあ?!」
どこの世界に、妻の友人の衣装代を払う男がいる……あ……いるのだわ。
城に帰って話を聞いたホーク様は『構わないよ』と、一言。ただその後、アレクサンドラは、護衛も付けずに出かけた事をきつく叱られた。それはもう、見ている私とジェニスタが涙目になりそうなくらいだった。
しかし――
「ごめんなさい。次から気をつける。自分一人じゃなかったものね」
「一人なら出かけるのか……」
「えっ? いつもそうでしょ?」
領地と一緒にするな、とホーク様はこめかみを押さえた。
「とにかく……次からは私を呼びなさい」
「えーっ? ホーク、いつも忙しいじゃない。御前会議とかだってあるし」
「お前を城下に野放しにするくらいなら、王は会議を中断するよ」
アレクサンドラはぷうっと膨れた。
それにしても、どうして衣装箱の中身一式を入れ替えなければならなかったのだろう?
「求婚者に会うのよ?」
私の疑問に、ジェニスタが呆れたように答えた。
でも、と言いかけて止める。
「政略結婚の相手よ。よい印象を与える必要はないでしょう?」
「ひとつ、お洒落は自分のためにするの。ふたつ、見せる相手は男ではなく女――他の女性に馬鹿にされないためよ。みっつ、相手に対する礼儀ね。貴女、セルツ公を馬鹿にする気?」
ぶんぶんと首を横に振ると、ジェニスタは『よろしい』と満足げに頷いた。
最初の日は、王城の前庭を散歩した。
悔しいけれど、ジェニスタの言う通りだと思った。自分でも似合うなと思える服を着ると、誰とすれ違っても堂々としていられた。
「小さく魔力を飛ばすでしょう? その跳ね返り具合で周囲の地形が分かります」
キアランは、一人で歩ける理由をそう説明した。
「視力を失ったのが幼い頃なので、他の感覚が鋭くなったのでしょうね。常に訓練をしているので走る事も出来ますよ」
「目は、お怪我をされたのですか?」
「木から落ちたのです。枝が目に――」
それは本当かしら?
顔の傷は刀傷のように見えるのだけれど。
「王妃様からお薬は頂きまして?」
「ああ、万能薬のユニコーンの角ですか? 頂きましたよ。よい方の目は前より見えるようになりました。左側は、ないので直りようがありませんが」
「ない?」
「ないのです。深く考えないで。気分が悪くなりますよ」
「女だと思って侮らないで下さい。わたくしは、もっと酷い傷を見た事もあります」
「失礼。修道院の方は、近隣の村まで行って病気や怪我の治療もするのでしたね」
キアランは少しためらってから口を開いた。
「傷の治療もしましたか?」
「ええ、もちろん。縫ったりもします」
「本当に? 気持ち悪くありませんでしたか?」
私には、キアランの言葉の端に漂う、声なき声が聞こえる気がした。
それは、私が長年悩んできたものと同じだから。
「怪我をされた状況を聞く時は、流石にゾッとしますわ。でも、気持ち悪いとは思いません――キアラン様、お怪我をされた後、どなたかに何か言われまして?」
「誰にも。何も」
「そうですか」
私は足を止めた。
キアランも足を止めて、問うように私を見下ろした。私が顔を上げても視線が合う事はない。それでも、私はキアランの目を見て話した。
「わたくしは美しくはありません」
友人達は、必要以上に自分を卑下しなくてよい事を教えてくれた。それでも、自分が美人の範疇に入っていない事に変わりはないと思う。
キアランは、戸惑うように瞬きをした。
「だからキアラン様に肖像画を送りましたの」
「ああ――それを見て私が縁談を断ると思ったのですね?」
キアランは、ニッと笑った。
「残念でしたね、目の見えない男で」
「ええ。当てが外れました」
「ダンカンは貴女の声を聞いた時、とても感動したそうです。『天使の声を持つレディだ。けして逃すな』と言われました。私にとっては、顔立ちより声の方が大事です」
「嬉しいわ。わたくしも、顔立ちの完璧な方は好きではありませんの。劣等感を感じますもの」
「レディ・ロザリンド……それは……」
「はい?」
「あの……私の事を好ましく思っているように聞こえますが……すみません、自意識過剰ですね」
「他の殿方よりずっと好ましく思っております」
グッと喉を詰まらせたような音がした。
「キアラン様?」
見上げる私の目の前で、キアランの顔が真っ赤になった。
それは、それは、真っ赤に。
あ、可愛い――
そう思って、私はにっこりと笑ってしまった。




