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水底の星  作者: 中原 誓


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10. 急流を下る石

「おかしくない?」


 もう何度目か分からない私の質問に、三人は判で押したような答えを返す。


「素敵ですよ」

「おかしくありません」

「むしろ、さっきまでの方がおかしいって」


 飾り気のないペールブルーのドレスのどこが変だったのかは、私にはよく分からない。

 『こっちの方が絶対似合う』と、アレクサンドラが自分の衣装箱から持ち出して来たのは、濃紺のどっしりとした生地で作られた長い丈のチュニックだった。木の葉を意匠化した地模様は、まるで浮き彫りのようだ。チュニックの両脇は交差するように通された革紐でまとめられている。その隙間から見えるのは、チュニックの下に着ている襞をたっぷりと採った象牙色の薄物――


「私、自分では尼僧服が似合うと思っていたのだけれど」


 私は、ぽつんと呟いた。


「そうね。似合うわ」

「確かに」

「だからこそ、この服なんだってば」

 アレクサンドラが、私の周囲をぐるぐる回りながら言う。魔導士であると同時に織り師でもある彼女は、衣装に関しては一家言あるらしい。

「尼僧服は飾り気がないだけじゃない。重厚感があって、シルエットがシンプルでしょう? そこから言うと、さっきロージーが着ていた服は、軽やかでスカートの部分が膨らみすぎ。まあ、あの生地じゃどうしてもそうなるんだけどね――で、ことごとく飾り気を無くしちゃったために、作りかけの服みたいに見える」

 私は盛大にため息をついた。

「装飾過多よりはよいと思ったのよ。やはり、わたくしには着飾るなんて無理なのよ」

「一つずつ学べばよいではありませんか。何事も一つずつ。修道院でやってきたように」

「王妃様……」

「そなたがどうしても修道院に戻りたいのなら、わたくしからも王に口添えします。けれど今は、この城にいる今は、俗世を楽しむと約束しておくれ」

 不本意にも修道院に幽閉されていた王妃様の言葉は、とても重く、私は頭を垂れて頷いた。




 人形のように王妃様達に着せ替えられ、髪も編み直された頃、セドリック兄様が私を迎えに来た。

 兄様は着飾った私を見て、一瞬目を丸くしたけれど、いつものように何も言わなかった。

 するとアレクサンドラが、レディにあるまじき事に舌打ちをした。彼女は驚く兄を扉の外に追い出し、『やり直し』と人指し指を左右に振った。

 兄様も伊達に宮廷勤めをしているわけではない。再度入って来た時は、『とても美しいよ、ロザリンド』と、照れもせず言ってのけた。

 気恥ずかしくあるけれど、誉められれば、やはり嬉しい。

「王妃様に退出のお許しをいただきなさい。キアランの手が空いたから、会えるぞ」




 そのような訳で――図らずも今、私の目の前には、緑も眩しく王城の庭園が広がっている。


 私は木陰に置かれた石のベンチに座り、キアランは傍らの幹にもたれるようにして立っていた。その位置は計算されたもののように思えた。私からは、半身に構えた彼の顔の右側しか見えない。

 近くなら見えると言ってはいたが、この人はどこまで見えているのだろう。


「貴女から会いに来て下さるとは思いもよりませんでした」


 キアランは、嬉しそうに微笑んだ。


 いえ、王命で兄に強制連行されました……言えるものなら、そう言いたい。


「いただいた手紙では、私の事をもう少し知りたいとありましたが?」

「ええ……そう……キアラン様の――」

 私は慎重に言葉を選びながら言った。

「ご家族とか、お仕事とか、何も知らない事に気づきましたの」

「兄上から、少しもお聞き及びではないと?」

「兄に何が分かりますの? わたくし、噂話は信用しない事にしています」

「噂話にも、幾ばくかの真実が隠っている事もありますよ」

 キアランの声に苦さが混じる。

「わたくしが知りたいのは、貴方から見た真実です」

「貴女に好かれたくて、嘘八百を並べ立てるかもしれない」

「それは貴方の自由です」

「……お聞かせしたくない事もある」

「それを決めるのも、貴方の自由です」


 キアランは足元を見るようにうつむき、黙り込んだ。


 午後の、柔らかい風が耳元を掠める。


「貴女も……」

「えっ?」

「……貴女も、貴女の真実を教えて下さいますか?」

「ええ、何でも訊いて下さいな。嘘八百を並べ立てて差し上げてよ」


 キアランはやっと、心からの笑顔を見せてくれた。


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