我、迷わず。(0)
(〇)
世の始まりを知るのは容易なようで困難だ。
長くこの世が形成されているのなら尚更で、本当かどうかわからぬ創世記を聞いて「そうなのか」と納得するしかないのが現状である。
それを踏まえていうならば、今の世の始まりは太古の昔に起きた大きな戦が発端なのだという。
創世記が語るにはかつて世界は巨大なひとつの大陸であり、陸続きにあった国々は様々な理由で諍いが絶えなかった。武力行使が始まり、あらゆる術を用いて他者を排除せんと目論む輩は後を絶たず、よって人々は疲弊していった。それでも諍いはおさまることはなく、代替え戦力による戦が始まった。
代替え戦争とは、他所の世界からの獣や人を喚び自分たちの代わりに戦わせることを指す。
無理矢理に召喚された存在たちは召喚した者たちにとって『生きた道具』であった。
無用となれば打ち捨てられるままの彼らは長きにわたり酷使された。抗おうにも主従の紋がそれを阻み、召喚された存在は無意味な争いで果てるのを待つしかなかった。
変化が訪れたのは数百年という月日が経ってからであった。
代替え戦争がひとつの巨大な商いとして世を形成する中で紋を持たぬ余所者が現れ始める。
それは人の時もあれば、獣の時もあった。
人は話が通じるからまだ良かった。口八丁手八丁で騙せるからだ。
だが、獣はそうはいかなかった。
「これが、この世に妖獣や妖鳥が跋扈する理由のひとつだ」
紋を持たぬ妖獣や妖鳥は召喚者からの統率の外にいる。よって、本能のままに動くことが出来た。
「おれたちみたいに飼い慣らせばいいのに」
「それは手段を知ってるから言えるんだ」
「そうなの」
父親の言葉に、幼かった雁信は首を傾げるだけだった。
その意味を理解するのは、もっとずっと後のことである。
妖獣や妖鳥が代替え戦争の上で安穏と過ごす人々に害を為すようになり、同時に紋を持たぬ人々が代替え戦争で消費される同胞を見つけ真実を知ると紋を持たぬ喚ばれた人々は代替え戦争に従事させられる同胞を救う行動を始める。
そうして代替え戦争は現地人と異界人という構図となっていき、更には紋を持たぬ妖獣に途轍もない力を持ったものまで現れたことにより現地人は疲弊の一途を辿っていくばかりでなく世界は崩壊の危機にまで瀕した。
この時になって、漸く天界は動きを見せた。
というのも、天界は人界に直接的な関わり合いを持たないようにし、人界に対し必要以上の影響を与えないようにする不可侵の意識があったからである。
しかし、人界崩壊を目前にしてしまえば動かないわけにはいかなくなり、天界の仙人たちは間接的に人界に関わることを選択せざるを得なかった。放置すれば、天界にも被害が出かねないほどに人界は争いにより生じた瘴気に汚染されていたのである。
まず、天はひとつであった大陸を七つに割り、天界からでも覗ける位置に大陸を浮かび上がらせた。
次に召喚の被害に遭った紋を持つ存在はすべからく天界に召し上げ、元の世界に戻すかあるいは平穏にこの世で暮らせるように采配した。
次に紋を持たぬ余所者たちにこの世で生きるか元の世界に帰るかの選択を与え、この世に残る物に必要な知識や配慮をした。
現地の者にも新たな知識を授け、罰が必要な者には然るべき処置をした。同時に、国の在り方にも新たな制度を与えた。
それまでは人界の王は血脈と家の良し悪しにより定められていた。これを天界はよしとせず、天仙に近い存在として据えることにしたのである。
王になる者には『王籍』に入ることを義務付け、これを支える臣下たちには『仙籍』に入るか否かの選択権を与えた。
王籍に入れば王は『人』ではなくなる。
身体能力は格段に強くなり、病魔にも負けることはなくなる。加齢も五〇年に一度とゆるやかになり、治世は数百年単位で可能となった。
ともすれば、悪政も数百年続きかねない制度である。
これを防ぐべく別の制度も作られた。それが、『守護獣』と『聴き人』であった。
守護獣とは、文字通り国を守護する獣である。
七つの国それぞれに守護獣を置き、国に必要以上の妖獣や妖鳥の被害を減らす為の結界を張り、自然環境をも守る役目も負い、更には王が道を外さぬよう監視する役目も担わせたのである。
守護獣は天に近いところにいる。だが、人界に近いところにもいる。その言葉を届ける存在が必要であった。
その言葉を聞き、人々に、王に届けるのが『聴き人』である。
聴き人もまたその役目を担えば『人』ではなくなった。
守護獣と目であり手足でもある聴き人はその役目を背負うと決まれば『守護籍』なる籍に入ることとなる。加齢は百年に一度。国の自然に密接に関わり、祭事の一切を聴き人が担うとあれば『変化』はあまり歓迎できることではなかった。だが、王と共に歩むには『変化』することも必要である。そのための、加齢であるという。
今の世界は七つの浮島の大陸で構成され、七つの国が存在する。
それは雁信が生まれた時からそうだったし、これからもそうなのだろうと思う。
この世の成り立ちを疑問視するのは今更だ。
『このようにして出来上がったのだ』と言われてしまえばその理で動いている中で「そうなのか」と疑問を抱いたところで別の答えが与えられることもない。
そも、他の答えを探すには雁信はさして賢くもない。
雁信がわかることは、『この世は存外狭い』ということだけである。
「雁信!」
久々に面倒な夢を見たなと内心でぼやきながら寄宿舎にある食堂に向かっていると同僚が声をかけてきたので足が止まった。
「おはよう、静寂」
「おはよう、雁信」
名の割には五月蝿いと言われる同僚は雁信よりも幾分若い。
外見もこの地域にいる人よりも肌が白く、髪も金ならば目も青いし、顔立ちも彫りが深めである。
静寂は所謂『架人』である。
架人とは、転移事故によりやってきた異界人のことをいう。
転移事故はこの世界では日常的な事象だ。
代替え戦争の名残のひとつでもあった。
静寂は元は伯爵家とやらの生まれなのだそうだ。
事故でこちらにこなければ何処ぞの令嬢の元に婿入りしていたらしい。
家を継ぐんじゃないのかといつだったか問いかけてみれば「四男にそんなお鉢が回ってくるものか」とけらけらと笑っていた。
家督を継ぐのは長男であるのは何処の世界も同じであるらしい。奇妙な偶然にその時は驚いたものだった。
静寂は名に反して五月蝿い男である。
それは見た目が派手だというのもあるが兎に角よく喋る。声も良いから思わず聞き入ってしまうが、このおしゃべりのせいで仕事に支障がでかけたこともある。
ほどほどに相手をするのが最適解であった。
「今日の朝食はなにかな」
「内容なんざどうだっていいだろう。
腹が膨れればそれでいいじゃないか」
幼少期はそれなりに苦労をした身である。
干し飯だってご馳走だった頃があるのだ。そこが出発点でもあるから味の許容範囲は広い。美味い不味い程度で食べ物を忌避するつもりはなかったのでそういえば静寂はこれ見よがしに眉を吊り上げて「わかってないな!」と口を開いた。
「英気を養うには美味い飯が一番だろ」
「まあ、一理あるが」
雁信としては「冷えた汁物がなければいいな」くらいの要望しかない。
夏が終わりを迎え、秋も半ばを過ぎた。そろそろ温かい汁物が恋しくなる頃である。
それだってちょっと思っている程度で実際に冷えた汁物がだされたとしても文句を言わずに食う自信はあった。腹が冷えるなと思いはするけれど、その程度の認識である。
「肉があったら、嬉しいな!」
焼いたのもいいけれど、揚げたやつがいい!
にっかり笑う静寂に雁信はひとつ息を吐く。
数えで三〇を越えてそれなりの月日が経った雁信には朝食に揚げた肉というのはなかなか酷な話である。
せめて茹でたのか、蒸したものでなければ食べても胸焼けしてしまうだろう。
そんなことになれば仕事にも影響が出来かねない。吐き気と闘いながら仕事だなんてごめんである。
「お前は本当に元気がいいな」
「それが僕の取り柄だからね!」
「そうかい」
確かに元気なのは静寂の取り柄である。
出自も悪くないし、異世界式とはいえ礼儀作法にも明るい。地頭も良いから文字の読み書きだった早く覚えたようだし、この仕事でなくても雇ってくれるところは沢山あっただろうにと思うこともある。
が、静寂は騎獣便士という仕事を選んで国中だけでなく他国にも文や荷物を届けている。
騎獣便士であるのは雁信も同じだが、雁信は雇ってくれたのが騎獣便局だけだったから此処に留まっているだけである。他に展望が開かれていたわけではない。
騎獣便士はやましい仕事ではないが、羨まれる仕事でもない。昼夜問わず交代制で仕事に明け暮れる型の職種である。稼ぎもそこそこ、元の生まれが良い静寂にしたら過酷な労働であろうに。
「どうしたんだい、雁信。
僕の顔に何かついてる?」
「いいや、相変わらず綺麗なご尊顔だと思っただけさ」
「雁信だって格好いいよ」
「言ってろ」
取ってつけたような褒め言葉に踊らされてやるほどうぶではない。静寂の頭を叩いてやって食堂へと急いだ。
◎◎◎◎
静寂と呼ばれる青年がある。
齢二十七の、ところによっては結婚適齢期を過ぎた男である。
静寂はこの世の人間ではない。
架人と呼ばれる余所者である。
元はとある世界の国に仕える伯爵家の人間だった。
立場としては当主のである伯爵の四男にあたり、責任らしい責任を負わない立ち位置にいた。
伯爵家としては領地運営にあたらせるよりも婿にでも出して家督を乗っ取るほうが一族の為と思惑を巡らせていたようだが、静寂はその案に乗るつもりははなからなかった。
騎士団に入団し、諸々の手続きをして一代限りの騎士侯になるつもりだったのである。
それがなんの因果か異世界転移を果たし、今は騎獣便士なる仕事をしている。
架人の特徴は外見だけで分かる場合もあればそうでない時もある。
静寂の場合は外見からしてそうであると判別されるほうだった。
出自も培ってきた文化背景や常識はこちらで役に立つことはあまりない。それでもこうして普通に暮らしていけるのはこの世の人々が架人に対して好意的なことと口頭会話が転移直後から問題なく出来たことだろう。
おかげで必要な援助をすんなり受けることが出来たし、進路もあっさりと定まった。
静寂は今の仕事に不満らしい不満はない。
寄宿舎のご飯が美味しいと一層嬉しいくらいである。
騎獣便士とは、騎獣として飼い慣らされた妖獣や妖鳥に乗り全国各地を回って文や荷物を運ぶ人のことを示す。
幾つかの国家資格が必要であるが、待遇はそこまで良くはない。
お前ならもっといい仕事があるだろうと同僚たちにも言われるが、そんなことはないと静寂は思う。
そも、静寂は動物が好きなのである。
妖獣だろうが妖鳥だろうが獣は獣。動物であるのだからそのもふもふ具合に魅了されるのはあっという間だった。
彼らと心をより良く心を通わせたいから騎獣士の資格を取得したのである。おかげでいつでも騎獣となった妖獣や妖鳥と戯れられるし、彼らと共に荷物や文を運びながら様々な地域の美味しい物や景色を体験出来るのだから騎獣便士は最早天職と言えた。
「僕って本当、恵まれてるなあ」
「出たよ、静寂の幸せ自慢」
呆れ返る同僚たちに「だって本当のことだもの」と返事をして装備を整える。
自分は幸運だ。
だって、何もわからぬ場所で親切にされて、援助も受けることがすぐに出来て、資格も取れて、仕事も住むところも早くに得られた。
友人知人にも恵まれているし、生業だって望んだものになれている。
こんなに幸せなことはあるまい。
だからこそ、静寂はひとつ決めたことがある。
困っている人がいたら、助ける。
「さて、今日はどんな一日かな」
身に付けた装備を指差し確認して相棒がいる獣舎に向かう。
その日が稀有な日になることなぞ、この時の静寂は全く思っていなかった。




