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ダンジョン都市セグデノン  作者: レクセル


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見習い治癒師エルロイ

探索者となるには、ある程度の戦闘力がなければならない。

そのため、大抵の者はまず傭務ギルドに加入することになる。


傭務ギルドの加入条件は犯罪を起こさないこと、そして成人であること、ただそれだけだ。

加入時には嘘発見器の魔道具に手を当てながら、魔力診断と共になにができるかを質疑され、最後に登録証へ血の一滴を落とすことで正式に登録が完了する。

十二歳で成人とされるこの世界では、実に六割以上の人々が一度は傭務ギルドに登録するほどである。


登録するとまず、傭務者の証として円形の白い魔石が付いたブレスレットが与えられる。 腕にはめるには大きすぎる鉄製のそれは、魔石に触れながら装着すると、持ち主の腕の太さに合わせて縮む魔道具で、どんな種族の腕でも装備できる。


加入者は傭務ギルドで依頼を受けることになるわけだが、その際に自宅から通うか、併設された寮に三十日間無料で入るかを選べる。

セグデノンは街が広く、さらに独り立ちの練習も兼ねられるため、ほとんどの者が入寮を選ぶ。


最大五人で雑魚寝できるだけの狭い部屋に、他の初級者たちと共に押し込まれるが、加入者が犯罪を起こせばすぐに魔道具で判明するため、防犯面では安心して眠れる環境。

独り立ちを目指す若者にとっては、それだけでも十分魅力的といえた。


さらに、 ギルドには夕食時のみ開く食堂が併設されている。

寮生は無料で食事ができるため、少なくとも一食は確実にありつけるわけだ。

その味も悪くなく、熟練の傭務者が金を払って来るほど人気が高い。


だが、何より最も人気なのは武器訓練である。

こちらも寮生ならば無料で受けられ、熟練傭務者でもある傭務ギルド職員から、基本的な剣の扱い方を学ぶことができる。


訓練内容は毎日異なるが、五日ごとに担当が交代し、また最初の課題から繰り返す。

教官によって教え方にわずかな違いはあるが、繰り返し受けることで確実に剣の腕は上達していく。


また、初心者でも小間使いのような雑務程度ならば依頼を受けることができ、小遣い稼ぎにもなる。

ほんの些細な仕事ではあるが、人の役に立てるという実感は大きい。

そうして得た金は朝昼の食事代に回されることが多いが、中には計画的に貯め、個別の武器指導を受ける者もいる。


個別指導では、自分に合う武器を見極め、その基本の動きを学べる。

多くは剣が合うと判断されるが、その場合でも、短剣が良いか、長剣が良いか、縦振りが得意か、横振りが得意かを教官が見極めてくれる。


加入時の魔力診断で魔法が使える程度に魔力を持つと判明した場合、武器訓練とは別に、無料で魔法訓練を受けられる。


魔法訓練では、どんな魔法適性があるかを見極める。

その中でも、癒しの魔法を扱えると判明した者は特別扱いされる。


魔力を持つ者がヒュマであれば十人に一人。

さらにその中で、癒しの力を扱える者となると、わずか百人に一人しかいない。

人口が多いため総数は少なくないが、それでも貴重な力の持ち主とされている。


雑魚寝部屋から個室へ移され、さらには永久無料貸出という特例まで提案される。

とはいえ、その部屋もシングルベッド一つだけの小さな空間であり、金が貯まれば大抵の者はすぐに出払うわけだが。



癒しの魔法を覚えれば、依頼としてダンジョン帰りの探索者の治癒を請け負うことができる。

小間使いよりも報酬は高く、何より憧れの探索者たちと直接触れ合える機会でもある。

そのため、同じ初級傭務者たちからは羨望の眼差しを向けられる。


傭務者となってまだ十日目である黒髪キノコヘアーなヒュマの少年、エルロイ。

彼も癒しの魔法が使えると知られ、今日も治癒依頼を受けて傭務ギルド職員と共にダンジョンへ向かうところだった。

二人は同じ傭務者ではあるが、初心者と職員という階級差があり、その差は傭務者の証であるブレスレットにも表れていた。

エルロイの左腕のブレスレットはのっぺりとした白い魔石。

対して職員の右腕には、黄色い魔石がくっきりと輝いている。


ダンジョン前の通りは、様々な露店が立ち並び、探索者と傭務者が入り混じることで活気に満ちている。

エルロイはあちこちの店に目を奪われながらも、職員の後ろを離れず、まっすぐ目的地へと進んでいった。


街中だというのに、そびえ立つ壁が目を引く。持ち上げられた鉄格子が目立つ門を通り過ぎると、円形の壁に囲まれたその内側は、そこまでの舗装された道から一転してむき出しの地面へと変わる。


壁の中に入ると、まず目に付くのは大きく二つ。


ひとつは、開け放たれた大きな入り口が印象的な巨大な建物。それこそ探索ギルドの本拠地である。

これからダンジョンに挑む者、休憩がてらギルドに報告へ戻る者、探索ギルド職員として併設された倉庫と行き来する者など、数多くの人々が出入りしており、誰もが少なからず武装している。


もうひとつは、地中へと続く巨大な下り階段。それこそダンジョンの入り口である。

こちらは中へ入っていく人々が多く、その誰もが順番を守り、静かに階段を下りていく。


突如、喧騒と共に駆け上がってくる足音が響いた。

ダンジョンの奥から、タンカに担がれた探索者たちが運ばれてくる。

しかし、並ぶ者たちは一瞥したものの、誰も興味を示さず、すぐにダンジョンへの階段へと視線を戻した。


対してエルロイは、じっとそのタンカを見つめていた。

目に映ったのは、傷だらけでだらりと垂れ下がる腕だけだったが、ごくりと喉を鳴らした。


「彼らは重症です。あなたの担当ではないですよ。肩の力を抜いてください。」


「…はい。」


傭務ギルド職員がエルロイの肩に手を置くと、彼は大きく深呼吸して気合を入れ直す。

向かうは、先ほどタンカが運び込まれた探索ギルド施設。扉のない広い入り口を通ると、すでにタンカの姿はなかったが、中は探索者たちで賑わっていた。


テーブルを囲んで談笑するパーティー、ダンジョンドロップの買い取りを行う受付、そしてエルロイの目的地である、軽いケガをして床に座る探索者たち。

彼らはポーションを使うほどの金のない者たちだ。

しかし、軽傷とはいえ痛みが残れば戦闘に支障が出るため、こうして治療の順番を待っている。



一番手前の厳ついおっさん集団へ、エルロイと傭務ギルド職員が向かう。

おっさんの一人が歓迎するように腕を上げたが、すぐに痛そうに顔をゆがめた。


「無理しないでください。エルロイ君、回復してあげてください。」


「はい。腕を出してください。レッサーヒール。」


厳ついおっさんが腕を差し出すと、エルロイが手をかざし、魔法を唱える。

淡い緑の光が腕のケガを包み込むと、見事なまでに塞がっていく。

エルロイが手をどけると同時に、おっさんは怪我していた腕を二回転させた。


「あー、痛みが引いたぜ!しかも、肩まで軽くなった!」


「お前だけ満足してんじゃねぇよ。エルロイ君、次は俺も頼むぜ?」


「はい!」


おっさんパーティー全員のケガを治療していき、五人すべて終えるとエルロイは軽く肩を落とした。


「これで終わりです!お疲れ様です!」


「お疲れさんはこっちのセリフだ!それにしても、まだまだ日が浅いのにいい腕だ。ぜひ治癒師として、俺たちのパーティーに入ってほしいぜ。」


「ダメですよ。エルロイ君はまだ傭務者になって三十日も経っていない見習いです。それまでは勧誘禁止です。」


「おぉ、こわっ!ちょっと誘っただけだろ?勘弁してくれ。」


おっさん探索者の間に割って入る傭務ギルド職員に、少しほっとしつつも、エルロイは苦笑いを浮かべた。


「僕もいずれは探索者になるつもりなので、熟練のあなた方に誘われるのは嬉しいですが…そのときは、ちゃんと同じ駆け出しの探索者とパーティーを組むつもりです。」


「ほぉ、ちゃんと計画立ててるのはえらいな。確かに、俺たちは浅層探索者だが、駆け出しとじゃ実力差が開くからな。」


まいったと言わんばかりに両手を上げたおっさん探索者に、傭務ギルド職員はため息をつきながらエルロイへ向き直る。


「さて、エルロイ君。まだ魔力は大丈夫ですか?」


「はい! このくらいのケガなら、あと十人くらいは直せそうです。」


「それは頼もしい。次のパーティーへ向かいましょう。」


おっさん探索者たちは手を振って見送り、エルロイは次なる怪我人のもとへ向かう。


癒しを受けた探索者は探索ギルドに治療費を払い、次なるダンジョン探索の準備を始める。

探索ギルドは傭務ギルドへ、治癒の依頼料を渡す。

そして、エルロイのような初級の癒し手たちは、傭務ギルドから報酬を受け取りつつ、魔法を繰り返し使うことで熟練度を磨いていく。


三十日では基礎を磨くにとどまるが、やがてはより高度な癒しの魔法を使えるように成長していく。

そうなれば、ギルドだけでなく街直営の医療機関で働くこともできるだろう。


だが、ここはダンジョン都市セグデノン。探索者パーティーの治癒師という役職が最も人気であり、エルロイもまたダンジョンを探索することを夢見ている。

探索ギルドで探索者たちと触れ合えるこの日々は、彼にとってかけがえのない経験となるだろう。

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