未来の世界の叡智を知る
今日は商会の立ち上げということもあり、猫の手を借りたいくらい忙しかった。
シェフとして迎え入れた奴隷のミカエルにも、詰め替えの作業を手伝ってもらっている。そのせいで夕食の支度は誰もやってない。
「旦那様、夕食はどうしたらいいのですか?」
おずおずとミカエルが訪ねてくる。
しかし俺の次元収納の中にあるタブレットさえあれば、何一つ問題ない。
未来にはレトルト食品や冷凍食品という素晴らしい物が存在する。温めるだけで、一流シェフが作った物に引けを取らないものがそこに広がるのだ。
さぁ、未来の叡智を知るがいい。
「ご主人様、コレ凄いです」
メイドのメイリンが、極上和牛ハンバーグを口にして目がハートになっている。
レトルトパックにはハンバーグ博士、宮本サムシ監修と書いてあるな。
名前は寒いが味は熱いのだ。
封を切ってハンバーグを皿に出している姿は滑稽だが、味が良ければ問題ない。
ミカエルに至っては涙を流しながら感動している。この世界の肉は筋肉の塊のような肉だからな。
こんなに柔らかい肉を食べることなんか無いのだろう。
冷凍食品の定番で豪勢に見える物をズラリと並べる。問題なのはこっちの人の食べる量。
殆どの人がフードファイターだ。
とりあえずミカエルが茹でて、執事のハワードが盛り付けをおこなった。そしてメイリンにカートで運ぶ役割をしてもらう。
「皆、今日はご苦労様。お陰で商会の立ち上げとして幸先のいい日になった。皆が頑張ってくれたおかげで、かなりの売り上げを達成することが出来た。ありがとう。エクリプス商会立ち上げの今日だけは、感謝の意味を込めて皆で食事をしたいと思う」
みんなを見渡す。売れた手応えがあったからか、大変だったが全員笑顔だ。
俺がグラスを持つと、皆グラスを持ち上げる。
「今日の成功を祝して乾杯!!」
「「「「「「「「「「乾杯!!!!!」」」」」」」」」」
上座には俺とコリーナが座り食事を始める。
「私、こんなお料理初めて見ましたわよ」
手慣れた手つきでナイフとフォークを使う。やはり所作が他の皆達とは違う。
こういう所で育ちの良さが現れるよな。
「美味しい・・・」
コリーナが驚いたように目を見開いて、口に手を充てながら感想を述べる。
本当に驚いているようだ。色々な食の著名人監修の料理やスープを並べているから間違いは無いだろう。
「私もこんなに美味しい物は初めて食べます」
騎士のレパードも騎士爵の生まれで、それなりに美味しいものは食べてきたはずだ。貴族の出身者の二人に合格を貰えれば御の字だろう。
コリーナは美味しそうに食べて行く。分かってはいたが、彼女もフードファイター並みに食べていく。
いや、この世界でおかしいのは寧ろ俺なのか・・・
食べれないから、ユキを呼んでその都度口の中に入れていく。
「あなたはレンの隣で食べなさい」
見兼ねたコリーナがレンの隣に席を移動させる。
「うん。分かったよ、お姉ちゃん」
貴族に対して失礼な言葉ではあるが、お姉ちゃんという言葉が嬉しかったのか、コリーナはニコニコしている。
だが基本的にこの人は我儘なのである。俺がユキにパクパクと食べさせていると、自分も食べさせてほしくなってきたのだ。
「レン」
「はい、何でしょうコリーナ様」
俺がコリーナを見ると口を開けてあーんとしている。太守夫人のすることでは無いが、恐ろしいことにこの人はこんな姿でも似合ってしまう。まさに魔性の女・・・
ナディアもかなりの魔性の女と呼べるが、この人は更に上を行く。
他の人の方を向くと、執事をはじめ、男性陣は気付かないフリをしてくれていた。
ありがたい。
しかし女性の方からは、嫉妬のこもった視線が俺に向かって飛んでくる。顔は笑っているが目は笑っていない。
いい加減にしろよ。コラッ!!
と言ってるようだ・・・
コリーナはその視線に気付いているからか、更に見せつけるようにおねだりをしてくる。
この人の恐ろしい所は自分の可愛さを知り尽くしているところだ。
そして俺の庇護欲を誘うように仕向けている。
「あんちゃん。なんか怖い」
女性達のピリピリとした視線にユキが恐怖を感じ取っていた。
「大丈夫だよ」
よしよしと頭を撫でて抱き寄せると、女性達は自分達のしていることに気付いたのか、食事を楽しむようになった。
商会の記念すべき立ち上げで、大成功を収めたんだ。今日はみんなにも楽しく過ごして欲しい。
「レンは女性を虜にしてしまう悪い男なのね」
この人は自分が招いたことなのに、悪気なんてまるで感じていない。
みんな食事をほとんど食べたようだ。ミカエルとメイリンに皿を片づけてもらう。
「皆、デザートがまだ残っているけど食べられるのかな?」
「レンが出すデザートには興味ありますわよ」
コリーナもかなり食べているはずだけど、普通に食べることが出来るようだ。
ユキは俺の裾を握って俺を見つめている。口の周りにヨダレが溢れそうなくらい溜まってる・・・
女性陣は全員食べたくてしょうがないようだ。
男達は女性達のように甘い物を食べたいアピールはしないが、どう見ても食べたそうにしている。素直じゃないな。
きっとこうなると思っていた。そう思って俺はスペシャルなケーキを用意したんだ。結婚式で出てくるケーキ入刀用のフルーツケーキ。コレを一人一つずつ用意している。
「俺の国のフルーツケーキと呼ばれているものだ。是非堪能してみてほしい」
執事のハワードとミカエル、メイリンがカートにケーキを乗せて運んでくる。ホール状ではなく、スクエアの形をしている。周りは生クリームの壁となっていて、高さが10cmはありそうだ。上にはフルーツが乗せられていて、酸化を防ぐ為の透明のゼリーがコーティングされている。光が当たると艶々として食欲を誘う。
全員の所にケーキと切り分ける為の特製ロングナイフが行き渡った。
あまりの綺麗さになかなか手を付けないでいたが、食欲の方が上のユキはパクパクと食べはじめる。
「美味いーっ!!」
その言葉を皮切りに全員が食べだした。初めての生クリームの味に全員が驚いた表情をする。
「この白い物はなんですの?」
コリーナが中クリームを口にして余りの美味しさに絶句する。貴族だからフルーツは美味い物を食べることはあるだろう。
しかしこの世界に生クリームは存在しないし、当然のことだが、この世界にフルーツケーキも存在しない。
何百年、何千年という歳月を掛けて、食の文化が発達してきたのだ。この世界の食文化ではこのケーキに追いつくことは出来ない。
「この白いのは生クリームといいます」
「レン。私はコレを毎日食べたいですわ。作り方を教えてもらえないかしら」
「申し訳ございません。コレばかりは秘密にさせて貰います。ですが、もうしばらく落ち着いたら、食事の出来る店を開こうと思ってます。そこにメニューとして出す予定ですので、そちらで食して下さい」
他の食事は何となく誤魔化すことは出来たが、コリーナが来ているのにケーキを出したのは失敗だったか?
「まぁ。レンは商売上手なのね。いいわ。毎日通わせてもらうわよ」
ケーキを食べ終えるとコリーナの目が得物を狙う獣の目に変わった。
早くしなさいとばかりに俺の袖を掴んで訴えてくる。
「ハワード。後の事は全て任せるよ」
「はい。レン様お任せください」
俺はハワードに後の事を任せると、コリーナと二人で席を後にした。




