騎士ヴェインとオイリア
◆ 騎士ヴェインのある朝
「今日もいい天気だ」
この屋敷にきて3日が経つ。
犯罪奴隷になって生きる希望を失った自分が、こんなに清々しい朝を迎えることが出来るとは思いもしなかった。亡くなってしまったライアン様を引き合いに出すのは申し訳ないが、男爵家に仕えていた時よりもかなりの好待遇だ。
見た事もない装備に魔法の掛かった剣まで支給してもらったうえに、給金まで出して貰えるとか未だに信じられない。
「ヴェイン、今日も剣の相手をしてもらえるかな?」
「もちろんです。体を動かさないと俺も鈍ってしまいますからね、喜んでお相手をさせて頂きますよ」
早朝のトレーニングをしていると、俺の主人になったレン様が声を掛けてきた。
レン様は一番下っ端のラッセルと同じ年だという。それなのに信じられないほど落ち着いている。この街に来たばかりというのに、武勇で名を馳せているグレンデル辺境伯や、要所のお偉いさんにも顔が効くほどの存在という話だ。
しかも政治的に優れているだけじゃなく、恐ろしいほどの強さを持っている。
スコット、バイロン、ラッセルの三人共はかなりの手練れだと思う。だがその三人では相手にならなかった。
昨日初めて剣を合わせて分かったのだが、レン様の身体能力がずば抜けて凄い。
一合あわせるだけで吹っ飛ばされてしまいそうなぐらい力があるし、技術を補うだけのスピードを持ち合わせている。
俺はオーガと戦った事があるが、その力と比べても遜色が無い。
それにレン様はどんどん技術を吸収していく。あと数日打ち合っていたら、敵わなくなるかもしれない。
「ヴェインは強いな。まだまだ敵いそうにないよ」
「そんなことはありません」
本当にそんなことはありませんよ。この少しの時間だけで俺の手はガタガタなんだから。
奴隷になって俺の人生は終わったと思っていたが、レン様に付いていけば面白いことになりそうだ。
◆ 奴隷オイリアの決意
「お嬢様、私がやるので部屋で休んでいて下さい」
私が掃除をしているとメイリンが声を掛けてきた。
「今の私は貴族じゃないのよ。だから私にも手伝わせて」
彼女の名前はオイリア。ミストルティア帝国の小国家ルディスの男爵家に生まれ、何不自由ない生活をしていた。
ミストルティア帝国内に存在するルディスは、帝国の南方に存在している。
温暖な気候が豊かな土壌を産み、見渡す限りの田園が広がっていた。
のどかそうに見えるルディスであったが、周辺には蛮族と呼ばれる民族が集落を築き、この土地を奪おうと執拗に争いを仕掛けてくる。
度重なる戦に民は疲弊していた。
あくる日、ルディスの国王はミストルティア帝国の庇護下に入ることを選んでしまう。ミストルティアの軍はたちまち蛮族達を滅ぼし、ルディスは平和を取り戻した。
自治領国家としても認めてもらう事が出来たのは喜ぶべきことではある。
だが面白くない者達がいた。
長年蛮族達と戦い続けた貴族達だ。
貴族の不満など考えもしなかった国王は、ミストルティアからやってきた貴族に領地を与える為、彼らの領地の一部を奪ってしまった。
国からの援助を一切してもらえなかった彼等の怒りは頂点に達し、ランディス伯爵を筆頭に多くの貴族が反旗を翻してしまう。
度重なる戦を経験してきた彼等は戦闘に特化した軍隊だった。
特にオイリアの父親であるライアンは、武勲だけで男爵まで上り詰めたほどの豪傑で常勝無敗。
ランディス伯爵の信頼も厚い。
彼の指揮下で一気に都まで攻め上がり、あと少しで都を占拠出来るところまでは来ていた。だがそれをヨシとしないミストルティア軍が、本隊のランディス伯爵を奇襲したのだ。
伯爵も善戦したが多勢に無勢。
大量の流れ矢によりランディス伯爵は絶命し、指揮官を失った軍は烏合の衆と化した。
ランディス伯爵の訃報を聞いたライアンは、兵士達や戦争に関わりのない人達に罪を問わないことを条件に降伏を選んだ。
だが断頭台に登ったライアンに国王は言い放つ。反乱した貴族の家族は皆殺しだと。
ライアンは悲痛な叫びを上げながら処刑された。
国王のあまりの無慈悲さに民衆は国王に憎しみを抱く。
蛮族から守ってくれた英雄ライアンはそれほど偉大なのだ。
さすがに全員の死刑は体裁が悪いからか、それとも新たな反逆を恐れたからか、国王は成人以下の子供は奴隷として売却した。
そしてスタンリー家の生き残りであるオイリアは、奴隷としてレンの元にやってきたのだった。
「分かりました。でもオイリア様、辛かったらいつでも私を頼って下さいね」
「ありがとう、メイリン。その時は頼みますね」
オイリアはきっとそんなことにはならないだろうと確信していた。
それほどまでにご主人様は気を使っている。
家族が全員いなくなってしまった事は悲しくて辛い。夜一人になると今も涙が溢れてくる。でもあの時は帰って来ることはない。
だから前を向いて行くんだ。
こうして未来のエクリプス商会を担う人物が現れた瞬間だった。




