騎士レパードの決意
「コレを切ってみてくれるかな?」
「このシャツをですか?」
「うん。そうだよ」
新たな主人は若く、育ちの良さが顔に現れている。
新しい屋敷にやって来て中庭にある壁にシャツを釘で打ち付けたと思ったら、シャツを切れと言ってきたのだ。
突然のことに私は何を言っているのか分からなかった。何故シャツを切る必要があるのか?
意味が分からない。
主人が持っていた剣を渡されたのだが、なんと名工アインシュバルトのロングソードだった。
壊れないよう魔法が掛けられていて、騎士がいつか手にしたいと願っている名剣だ。
オイリア様もいれて金貨2300枚を即金で出せるような方だ、このくらいの名剣を持っていても不思議ではないよな。
私がこの剣を持っていればライアン様を救えたであろうか・・・
いや、そんなあり得ないことを考えてもしょうがない。
奴隷の私が名刀を手にすることだけでもありがたいことだ。
鞘から抜くと、これまた美しい輝きを放つ剣が現れる。
「おおおおおお・・・・・」
つい感嘆の声が漏れてしまったが、他の連中も私と同じく声が出てしまっていた。
あまりにも高価な物で傷をつけてはいけないと考えたが、この剣には壊れない為の魔法が掛けられているのだった。
それなら遠慮する必要はないな。
主人のやろうとしていることには疑問を感じたが、私は奴隷の身だ。
そして狙い通りシャツを切りつける。
「・・・・・・レパードさん。切れてないです」
スコットは切り付けたシャツが切れていないことを教えてくれる。
いや、確かに切ったはず。その証拠に切り付けたシャツの上下の壁には切った跡がある。
「どういうことだ?」
「いいね、いいね。誰か俺なら切れるって人はいるかい?切れたら金貨一枚をあげるよ」
「お、俺やりたいです」
一番下っ端の兵士のラッセルが手を上げる。
「金貨いただきっ!!」
剣を渡すと、自分にフィジカルエンチャントの魔法を掛けて切り付けた。
「・・・・・・・あれっ!?」
しかし私と同じようにシャツの上下の壁が切れただけだった。
「いいね。みんな試してみたらどうかな?」
私達全員が切り付けてみたが、結局シャツが切れることはなかった。
「ご主人様、このシャツは何なんですか?」
「コレかい?切れないシャツだよ」
主人はどこからかシャツを取り出して、一人数枚づつ同じシャツをくれる。
「チェインメイルを着るより軽くていいだろ?」
「お、俺達がこんな凄い物もらっちゃっていいんですか!?」
一番若いラッセルはこういうことを遠慮なしに言ってしまう。
だがそのおかげで聞けない私は助かっている。ありがとうラッセル。
それにしてもこんな凄いシャツを本当に貰ってしまっていいのだろうか?
「それからパンツはサイズがあるからさ、サイズが違うのを用意したから履いてみてくれるかな?」
「ご主人様、もしかしてこのズボンも切れないやつですか?」
「ああ。そうだよ」
なんとシャツだけじゃなく、ズボンまで切れない素材の物。
しかもそんな貴重な物をくれるのか・・・
履いてみると驚くほど軽い。シャツもそうだがもの凄く生地が細かくて、縫製も凄く丁寧に造られている。
驚く事はそれだけでは無かった。
ブーツやガードと呼ばれる物、防弾チョッキなど見た事もない物まで支給された。
どれも驚くほど機能的で軽く動きやすい。
「あんちゃん、持ってきたよー」
「ありがとな」
獣人達が人数分の剣と盾を持ってくる。
全員にアインシュバルトのロングソードと同じくアインシュバルトの盾を渡してくる。
「コ、コレはいったい?」
「皆が使う物だけど?」
主人は何を言ってるの?って顔をしている。
これは貴族でも上級貴族しか持つことは出来ないような代物だ。私達平民が持つことが出来るとしたら、とんでもない武勲を立てて国王様から下賜されることぐらいだろう。
それがただの奴隷にしか過ぎない私達全員に用意してくれるとは・・・
「俺がもらっていいんスか?」
こういう時のラッセルは本当に頼りになる。俺が聞きたくても言えないことを確実に聞いてくれる。
「当たり前だろ。武器も持ってなくてどうやって戦うんだ?」
「ありがとうございます!!」
全員が歓声を上げていた。私も嬉しくて年甲斐もなく声を上げてしまった。
これほど嬉しかったことは私が騎士として叙勲された日以来だ。
全身に鳥肌が立っている。
「でもこんなに高価な物を頂いてしまって宜しかったのでしょうか?」
私と同じく騎士のヴェインが主人に確認する。どう考えても奴隷が受ける待遇ではないのだ。私だって未だに信じられないでいる。
「俺が起こす商会の輸送ルートを移動するのが皆の役目になる。少しでも安全に移動出来るようにするのが俺の役目。その為に投資するのは当たり前のことだ。だから値段のことは気にしないでくれ」
なんでこんなに良くしてくれるんだ。
「こんなに我々のことを気遣ってくれるなんて感激です。誠心誠意を込めてご主人様に尽くすことを誓います」
ヴェインは涙を流して感動していた。私もその言葉に涙が出そうだ。
奴隷に身をやつしてから誰も笑わなくなった。
私達は奴隷になった時、全てを諦めたんだ。
ナーセルに着いた時、私達は表に出されることが無かったから、鉱山送りにされるのだろう。そう思っていると女性に囲まれた若い男がやってきた。
私達の手を見て「いいね」と言っていたが、彼の手は傷一つない苦労知らずの手だ。
どこの道楽息子だ。
しかし道楽息子と思い込んでいた彼は、俺達が安心して働けるようにと、前の主人の忘れ形見であるオイリア様を買い取ってくれた。
しかも俺達が頑張るならオイリア様にいずれ商会を任せるとまで言ってくれたのだ。
一瞬でも道楽息子などと思ってしまった自分を恥じた。
「あんちゃんは凄いだろ?」
「ああ、こんな待遇をされたのは初めてだ」
主人にずっとくっ付いている獣人の娘が声を掛けてきた。
よく見ると、私達が貰った同じシャツとズボンを履いている。
差別の対象となっている獣人にもこの待遇なのか。尊敬に値する人だ。
「宜しくな」
「こちらこそ宜しく頼む」
ライアン様、私は貴方の最後を看取る事が出来ませんでした。
どうして連れていかれる貴方を庇って死ぬことが出来なかったのかと、生き恥を晒しながら今でも後悔しています。
今度の主人はあなたの忘れ形見であるオイリア様を保護してくれました。
私は奴隷という身分である為、ずっと守ることは出来ませんが、オイリア様のことを見届けようと思います。
どうか安らかにお眠り下さい。




