地下迷宮の街コピット 2
にぎやかな夜の街が眠りについた頃、音を立てずに忍び足で動く明らかに怪しい者達がいた。黒いマントを頭まで覆い、口元にも布を巻いているので、誰かは全く分からない。
だが怪しい者達は二人が宿泊先として選んだ、黄金の夢亭を囲んでいるのは間違いなかった。
「休むヒマもくれませんか」
黒塗りのダガーを武装した人間が8人。心拍数及び、血圧通常より高め。戦闘モードと認識。
スリープモード解除。
椅子に座って省エネモードになっているアイラの目が開く。
赤外線モード、暗視ビジョンモード併用。イメージスキャニングにより視界を確保。
アイラの目が赤く光り、ナノマシンからの情報をリアルタイムでモニターに映し、侵入者達を監視する。
ターゲットの5人は裏口から侵入。残りの3人は外構から屋根に登り屋根を伝って、この部屋に向かっている。裏口から侵入した5人も階段を上がってこちらの部屋に向かっていると判断。ターゲットの目標は小夜と認定。
管理権限でリモートによるナノプロテクターを強制操作。
モード、サンクチュアリ発動。オートモードに移行します。
小夜の着ているナノプロテクターからアイラのメモリ内に情報が表示される。
ナノプロテクターが赤く光り球体が小夜を包み込むのを見届けると、アイラは静かに立ち上がった。
戦闘モード始動。対象への攻撃パターンをイメージ。
アイラは腰を落とし、すぐ行動出来る姿勢を取る。
アイラは侵入者をスキャンし、体重から筋肉量まで把握することが出来る。相手の稼働限界をイメージスキャニングして、それによる攻撃イメージを数万パターンまで瞬時に展開することが出来た。相手がモーションを起こすと、その動きから一瞬で数万パターンの対策が練られてしまう。アイラのスピードを上回る事が無い限り、100%勝ち目が無いのが確定してしまうのだ。
そんなことは知らずに足を忍ばせて近づいてくる侵入者は、蝶番に油をさして音が出ないようにゆっくりと扉を開ける。
侵入者が部屋を見渡すと二つの赤く光るものが目に入った。
それが何だと脳が疑問を感じた瞬間、喉から脳に鋭いピックが貫通し侵入者は息絶える。
大した音では無かったが、他の侵入者達は攻撃を受けたことに気が付いて一斉にこの部屋に向かってきた。
アイラは廊下に出て残り4人の侵入者を迎え撃つ。
侵入者もレーザーブレードの攻撃を黒塗りのダガーで受けようとしたが、ダガーごと体を切り裂かれて真っ二つの肉塊へと変わり果てる。
危険を察した3人は瞬時に動きを止めた。
「かなり心拍数が上がってますね。恐怖してるのですか?」
何だよ。女二人を殺る簡単な仕事じゃなかったのかよ。
侵入者の一人が真っ二つにされた仲間を見て心の中で呟く。
目が赤く光る化け物が相手だなんて聞いてねぇぞ・・・
しかも見た事もない光る武器で、ダガーごと真っ二つだ。
隣にいるマーカスは恐怖で足が震えている。
俺達は盗賊ギルドの一員だ。
ギルドの中にはミレニア教の信徒もいる。隣にいるマーカスはそのミレニア教の信徒のうちの一人だ。
最初にこの話を持ってきたのはマーカスだった。マーカスは教会に祈りを捧げに行った時、悪しき者がこの地にやってくると司祭から聞いたのが始まりだ。
盗賊のクセに神を信じるなんて変な話だが、意外にも信者はいる。
「おい。女二人の旅人がやってきたらしいぞ」
こんな胡散臭い街に女が二人でやってくるなんて、特別なことが無ければあり得ない。
当然ギルドでも話が持ち上がり、マーカスがそれに飛びついた。
嬉々として司祭に報告しに行くと、驚いたことに司祭がギルドのアジトにやってきたのだ。
しかもそれが殺害の依頼というから尚更。胡散臭い話だとは思ったんだ。
魔女狩りで騎士まで引き連れて襲うような連中が、俺達のような闇討ち専門を雇うなんておかしいだろ。
「こ、この化け物めーーーーーっ!!!!!!」
「よせっ!マーカス!!」
恐怖と信仰に捕らわれたマーカスは叫びながら目が光る女に突撃し、案の定肉塊へと変わり果てた。
へっ。もう少し稼いだら引退しようと思ってたってのによ。ヤキが回ったぜ。
「死神、どうする?」
俺は死神と呼ばれている。何度も危険な暗殺依頼を受けて生き延びた俺は、いつしかそう呼ばれるようになっていた。
それを誇りに思っていたし、それはこれからも変わらねぇ。
「同時に仕掛けるぞ」
「分かった」
それを合図に俺達は飛び出した。そして間合いに入り、俺は勝ちを確信した。しかし想像していたのとは違い、俺の体が下に倒れていく。
「はっ?何が起こった??」
隣のラークを見ると、体が二つに別れて、床に向かって落下していく。
俺も自分の体が真っ二つになって床に向かって落下していることに気が付いた。
死ぬまでの間、意識があるというのは残酷だ。上半身だけの体に激痛が走る。痛みに叫び、激しく暴れて血を撒き散らす。そして内臓をぶちまけながら痛みにもがき暴れ続けた。
救いは目障りだった俺達の首を女が跳ねてくれたことだ。
「アイラちゃん遅いよぉ」
部屋に戻ると窓から侵入してきた侵入者達を小夜が撃退していた。
サンクチュアリを起動していれば、侵入者の攻撃くらいではビクともしません。
音も遮るハズなのに気が付いたということでしょうか?
「小夜。起きていたのですか?」
「まぁ殺気が駄々洩れだったからね」
倒れている侵入者は、首が変な方向を向いて心拍も停止している。首の骨を折られて即死しているようだ。
「あ~あ。アイラちゃんやりすぎだよ」
小夜は血の匂いが充満する廊下に出て死体を確認する。
バラバラになって内臓まで飛び散っているのを見てため息を付いた。
「どうするのさコレ」
「まぁ、しょうがないですね。襲ってきたのは彼等ですから」
「そういうことじゃなくてね。これやったらこの街にいることは出来なくなっちゃうでしょ」
当然ながら寝ていた冒険者や宿の主人達も起きてきた。
あまりにも酷い惨状を見て店主が倒れてしまう。
「あーっ。見られちゃった」
「分かりました。しょうがないですね。こんな街はさっさと出てしまいましょう」
「ねぇ。アイラちゃん今嬉しそうな顔しなかった?」
「そんな訳ありません。私はクールビューティなアンドロイドです」
アイラは次元収納に死体を取り込んでいく。見ている冒険者達はその光景を見て唖然としている。
「証拠が無ければ犯罪は成立しません。これで何も無かったことになりますよ」
何事も無かったような無表情の顔のアイラを見て小夜はつぶやいた。
「アイラちゃんが血も涙も無いターミネーターってことだけは分かったよ」
寝癖でボサボサの髪をガジガジとかじりながら部屋に戻る。
小夜はリュックを背負うと、ため息をつきながら宿を出て行く。
冒険者達は惨状を見て未だ時が止まっている。
小夜が出て行こうとしてもただ見送るしか出来なかった。
「アイラちゃん、行こうよ」
「分かりました」
アイラもそれを追うように宿を出ていく
「あ~あ。あったかいスープ飲みたかったなぁー」
宿を後にする二人を遠くから見ている人物がいた。
「ユリアス様、盗賊ギルドのアサシンは全員殺されたようです」
「・・・・・・分かった。ミレニア様のご神託だ。必ずあいつらを始末しろ」
「ハッ」
ユリアスと呼ばれた男はミレニア教の神官服を着ていた。彼こそが二人に暗殺の依頼をした人物であり、魔女狩りの第一人者だ。
ユリアスは二人が見えなくなっても、ずっと憎しみの籠った目で暗闇を見つめているのだった。




