商会を立ち上げる 5
「他にもいるのか?」
「うん。あと二人いるんだけど、その二人は兄妹なんだよね。妹の目がほとんど見えなくてさ、兄貴が一人で頑張って食わせてるんだけど、オイラと一緒で冒険者の荷物持ちをやってるんだ。あんちゃんもオイラの事見たから分かると思うけど、酷い扱いされてるんだよ」
「よし。それなら迎えに行くか」
「うん」
ユキの顔がパァーっと明るくなる。
「にいさん。それならあたいが案内するよ」
「冒険者に付いて行ってるんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・」
ネルは話し出した。
「この間、冒険者に付いていって帰ってきたんだけど、魔物に襲われて大怪我して帰ってきたんだ。あいつ等は荷物を捨てて逃げることも許さなくて、怪我をした挙句、荷物持ちの仕事もクビにしたんだ」
「ねえちゃん、それホントなのか?」
「ああ・・・何で獣人ばっかりこんな目に合わなくちゃいけないんだ・・・」
ネルは悔しそうに歯を食いしばる。
冒険者ギルドでも理不尽な扱いが普通だと言っていた。何がそんなに気に食わないんだ?
俺はネルの頭を撫でてやると驚いて後ずさる。
「すまない。あたいら獣人は優しくされるのに慣れてないんだ。アンタは優しいんだな」
「俺は俺だ。そいつ等とは違う」
ネルは俺達を連れて兄妹の寝ぐらに向かう。
「随分と入り組んだ所にいるんだな」
獣人の見た目はいい。だからそこにいれば排泄物を出すのと同じように獣人を犯そうとする。目がほとんど見えない妹など、あっという間に犯されてしまうに違いない。
そう考えれば見つかりにくい所を住処にするのは当然だろう。
それにしてもまるで迷路のようだ。薄暗く、目が慣れないと歩くことも大変だ。
入り組んだ先は行き止まりになっている。しかしよく見ると、立てかけられた板の隙間に真っ暗だが、そこに空間が存在していた。
「おーい。いるか?」
ネルが暗がりに声を掛ける。しかし声が帰ってこない。
「大丈夫なのか?いるんだろ?」
暗闇に殺気が漂いだす。
「・・・人間なんか連れてきて何しにきやがった。俺達を売ったのか?」
少し間を開けて返事が返ってくる。そこには憎しみの籠った感情があった。
「そんな訳ないだろ。仕事の依頼を持ってきたんだ」
「・・・・・・・・・」
ネルの言葉に返答はない。俺はネルの横から暗闇を覗く。俺には見えないが、暗闇の方からは見えているに違いない。
「俺が仕事の依頼主だ。俺は商会を立ち上げる為に屋敷を買った。買ったばかりの屋敷を管理する人材が足りないから人手を探している。今は庭と屋敷の掃除をしているから忙しいんだ。興味が無ければすぐに帰る。返答をくれ」
「なぁ。オイラはあんちゃんに助けられて、ずっと良くしてもらってるんだ。皆に仕事がもらえないかってオイラが話したんだ。信用してくれよ」
「・・・・・・・・・」
ユキの言葉にも返答は無かった。
「邪魔して悪かったな。帰ることにす・・・」
「待ってくれ。俺は怪我をしてすぐに動けないんだ。仕事がもらえるならやりたい。でも動けるまで待ってもらえないか?」
考えての言葉だったのだろう。色々と複雑な感情もあるのを、押し殺しているのが手に取るように分かる。
「いや。大丈夫だ。その気持ちだけあれば今動けなくてもいい。その代わり、動けるようになったら働いてもらうからな」
「すまない。治ったらどこに行けばいいんだ?」
「こんな所にいてどうする。良くなるものも良くならないぞ。俺がお前を背負っていく。妹もいるんだろ?ユキ。妹の方を背負ってくれるか?」
「うん。おいら力持ちだからな。大丈夫だぞ」
「・・・・・・・・」
しばらくすると目があまり見えない妹が兄に肩を貸して出て来た。肩から爪で裂かれた傷が痛々しい。ある程度傷は塞がっているように見えるが、動くと血が滲んでくるみたいだ。
「コレは酷いな。すぐに運ぶぞ」
「グッ!!!!」
俺は兄の方を背負うと痛みで体が硬直する。この傷でよく逃げられたもんだ。きっと妹を一人に出来ないという意思が体を動かしたに違いない。
ユキに背負うのを手伝ってもらって、妹の方を背負ってもらう。
「俺の名前はレンだ。名前は?」
「俺はマーク。妹はフェリシア。面倒を掛けてすまない・・・」
「気にするな。その代わり治ったらちゃんと働いてくれさえすればいい」
「分かった。俺頑張るよ」
「ああ、期待してるぞ」
痛みで額から脂汗が流れている。相当我慢しているようだな。
屋敷に入ると三人が俺達に目を向ける。俺が怪我人を背負っていたから、急いで駆け寄ってきた。
「ご主人様この子はどうしましたか?」
「怪我をしてるから横にさせたい」
エスターは掃除が終わった部屋に案内してくれる。マークを横にして服を脱がせてみると、思った以上に状態が悪い。膿も出ているし、化膿している。
このままではマークはあまり長くないだろう。
「これから見るものは絶対に他で喋ったりしないようにね」
俺は次元収納の中にあるタブレットで、抗生物質の薬と消毒用のアルコール、傷口を塞ぐためのガーゼと包帯を購入する。
突然何もない空間に見たこともない文字や光る物に、全員が唖然としていた。
「痛いけど男だからな、我慢しろよ」
何も無い空間からアルコールの入ったボトルとガーゼが現れる。俺はガーゼを濡らして汚れている部分を拭いていく。
あまりの激痛に暴れてしまうが、コレばっかりは我慢してもらうしかない。獣人の力は普通の人と比べるとかなりの力を持っている。ユキでさえかなりの力があるからな。成人間近の少年なら更に力があるだろう。
我慢してはいたが、神経に触れる度に体が反応したのは仕方のないことだ。
何とか拭き終わったな。
この世界の人々は衛生観念に問題がある。長く生きられない理由の一つだ。
更にアルコールで消毒をしてガーゼを取り出す。ガーゼは張るタイプとそうでない物があったけど、貼るタイプのものは俺の知っているガーゼでは無さそうだ。見た感じは大き目のシップに近い。箱の説明には傷口に張り付けるだけで、傷が塞がるまでそのままでいいと書いてある。コレって俺のいた世界よりも未来の物なんじゃないか?傷口を覆うようにベッタリと貼り付けると、体の熱で開いた隙間が収縮されていく。しばらくすると完全に密封されたようになった。包帯は必要無くなってしまったな。
「すげぇな・・・」
つい声が出てしまった。
だがマークも急に痛みが引いたのか、何が起きたか分からないといった顔をしている。
恐らく痛みを抑える為の薬の効果があるのかもしれない。
このガーゼだけでいいような気がしないでもないが、抗生物質の薬を飲ませることにした。
「俺、薬の代金を払えるお金なんか持ってない」
「気にしなくていい。これから俺の所で働いてくれるなら、生活に係るものは全て俺が用意する。妹もここなら安心して過ごす事が出来るだろ?」
その言葉に安心したのか、マークの目から涙が溢れる。
「すまない。俺、ここで頑張って働かせてもらうよ」
いきなり動こうとするから、俺は首を振ってやめさせる。
「治ってからでいい。そしたら頼むからな」
マークの治療を終えた俺は皆の方を向く。思った通り見たことに対して、頭が理解出来ていないようだ。
さてと。これからどう説明をしようかな・・・
何とか40話まで毎日投稿が出来ました。これからは更新ペースを少し落として更新する予定です




