商会を立ち上げる 4
ギルドに戻るとギルド長のベルクが腰を低くし、揉み手をしながら俺達を迎えてくれた。
いつもと違うギルド長の態度に、俺達が何者かとジロジロと見つめてくる。
「レンさんどうぞこちらへ」
俺達は奥の応接間に通される。その間もヘコヘコするギルド長があまりにも珍しいのか、ずっと見られていた。
「本当にこの物件で宜しいのですか?」
俺が選んだ物件が意外だったのか、本当にいいのか確認してきた。
「いいよ。問題ないよ」
しかし条件のよくない物件が売れることは、ギルドにとっては喜ばしいことだろう。
アリューシャが契約書を持って来たので、サインをして建物の所有権と譲渡の手続を済ませて、ついでに支払いも済ませてしまう。
「いやはや。レンさんとの取引は本当に気持ちがいいですね。これからも是非とも宜しくお願いします」
「こちらこそ、ベルクさんには世話になりました。また何かあれば宜しく頼みます」
俺とギルド長は笑顔で握手を交わして、取引を終えた。
ウィンウィンの関係とはこのことを言うのだろう。
恐らく俺の目的など誰も知りはしない。だがこれからあの家に住む人間だけが、その凄さを知るに違いない。
「あんちゃん、あの家がオイラ達のウチになるの?」
「そうだよ。今日は皆で掃除をしないとだね」
決めた物件は内覧を予定していなかったからか、掃除などは一切していなかった。
その辺の雑貨屋で掃除道具を購入して、その足で新居に向かう。
所有者も住んでいた訳じゃなかったらしく、中は埃っぽかった。あまり手を入れていなかったのか、雑草も伸び放題だ。
今日は手分けして掃除をしないとね。
当然ながら力仕事になる庭の草むしりは俺とユキだ。屋内はエスターにルシェリ、ミレーヌの3人で行うようにした。
「ねぇ、あんちゃん。オイラの知り合い達に手伝いさせたいんだけど駄目かな?」
「構わないよ。何人でも連れてくるといい。お金なら弾んで出してあげるから」
そういうとユキの顔が明るくなる。同じ境遇で育ってきたから、心配もしているんだろうな。
「じゃあオイラ呼んでくるよ」
俺の許可を取ると、すぐさま行こうとするが、ユキの手を掴んで止める。
前の汚い服装なら自由に動いても大丈夫かもしれない。だが今のユキの見た目なら、誘拐や襲われる可能性がある。
獣人が何されても誰も気にしないのがこの世界の常識なら、俺も一緒に行った方がいい。
「俺も行くから。案内してくれるか?」
「うん」
ユキと出会ったのはキャラバン隊がテント市を開いていた近くだ。
この街は大きいので、歩いて移動するとそれなりに時間が掛かる。
ユキが言うには個人ごとに縄張りのようなものがあって、その辺りを寝ぐらにしているようだ。
「オイラと一番仲が良かった子がこの辺りにいるんだ」
するとユキは鼻をクンクンして匂いのする方に向かって行く。
ユキの後に付いて行くと、突然ユキが走り出す。
「どうした?」
「オイラの友達がイジメられてる」
大きな広場から小さな路地へと入って、ユキは人気の無い場所に向かって行く。
こんなに離れているのに声が聞こえるのか。テント街はガヤガヤしているから、周りは雑音だらけだ。
「何すんだ。やめてくれよ」
「うるせぇな。お前が何されても誰も助けちゃくれねぇんだよ」
男は獣人の服を千切ると、胸が露わになる。
「お願いだからやめてくれよ」
「何だ。いい乳してんじゃねぇか。触らせろよ」
「やめ・・・」
「うるせぇ!!」
男は獣人の女の子を張り倒して服を全てはぎ取った。
獣人の女の子の裸が露わになる。痩せてはいるが、大人の女性に変わる少女の美しさがそこにあった。
「ヘッヘッヘッ。大人しくしてりゃあ、飯代くらい出してやるよ」
俺はユキの耳の良さに感心していると、その現場に到着する。
いかにもそうな男が獣人の服を破いて、下半身を突出させていた。
「やめろぉおおおおおおおおお!!!!」
ユキがキバを剥きだして怒りに震えている。
ユキの声に気付いて男は俺達の方を向く。
「何だお前らは。俺はコイツと一発やろうとしてただけじゃねぇか」
まるで悪い事はしてないよと言わんばかりだ。
しかしそれがこの世界の獣人に対する扱いか・・・
ユキを一人で行かせなくて正解だったな。
「大人しくここからいなくなるなら何もしない。そうじゃないならそれなりの報いを受けてもらう」
俺はユキの前に出て、ユキには手を出させないようにする。
「何だテメェは?俺様が誰か分かって言ってるのか?」
「お前なんか知らねぇよ。」
この前も同じようなセリフを聞いたな。そして男は有無を言わさず襲ってきた。
ハァ。全くこいつ等ときたら・・・
俺はみぞおちに一撃を加えるとその場に倒れ込む。
思いっきり殴ると内臓が破裂してしまいそうだ。手加減はしているが何とも難しい。
「ねえちゃん大丈夫か?」
獣人の女の子はユキのことが最初分からなかったが、匂いでユキだと気付いたようだ。
「あたいは大丈夫だけど、アンタはその恰好どうしちゃったのさ」
変貌と遂げたユキを上から下まで何度も見回す。
「オイラはあんちゃんに拾ってもらったんだ」
ユキは出会った時、奴隷よりも酷い恰好をしていた。
一度も洗われたことの無い服は、汚れてるし破れて所々穴が開いている。
そんな恰好をしていた仲間が、貴族の平服のような服装をしているのだ。
彼女を知っている人なら驚きもするだろう。
「そっか。いい人に拾って貰ったんだな」
「これを着なよ」
俺は上着を脱いで獣人の女の子に渡す。
「兄さんは貴族なんだろ?こんないい服、あたいが着たら汚れちまうし、弁償なんかできないから」
「そんなことはいいから着るんだ」
俺の真剣な言葉に獣人の女の子は大人しくなるが、やはり着ようとしない。
いつまでも遠慮するから、後ろから被せてあげる。
「ねえちゃん。あんちゃんはそんなこと気にする人じゃないから大丈夫だよ」
「・・・分かった。なら遠慮なく着させてもらうよ。兄さん、助けてくれてありがとな」
「気にするな。ところで名前はあるのか?」
俺が名前を尋ねると黙っていたが、口を開いた。
「・・・ネル」
「じゃあネル。俺の住む家で働かないか?」
「あんちゃん、いいの?」
「ああ。予想より大きい家になったからな。掃除してもらえるだけでも助かる」
「兄さん。本当に言ってるのか?あたいは獣人だぞ?」
「それを言ったらユキも獣人だろ」
「そっか。そうだよな。働かせてくれるなら働かせてくれ」
「やった。あんちゃんありがとう」
ユキが飛びついて顔を舐めてくる。もう慣れたよ・・・




