メディアの偏向
『何じゃそりゃインクレデブル』
ゴールデンタイムに放送されて民放の中でも高い視聴率を獲得する番組。
日本のみならず世界中から雑多な不思議なものや事件・事故などを紹介。再現VTRに有名お笑い芸人、大御所俳優などを起用。スタジオでは美形のタレントが嫌味なく起用され、どの年齢層や性別、思想を持つ人にも嫌われない番組作りをすることで、子供からお年寄りまで全ての層を取り込むことができた。動画投稿サイトのテンポの良さもふんだんに取り入れられ、1時間番組の中に脅威の5~6コーナーを設け、スポンサーCMもコーナーの切り替わりに短いものを入れるだけであったり、放送中に画面の隅に出し続けていたり、MCやゲストの着ている服に刺繍されて入っているというスポーツ選手方式。展開が早く飽きさせない構成から局の看板番組にまで成長した。
夏休み中の8月10日の夜にスペシャル特番が組まれて2時間生放送(LIVE)で放送される。1コーナーが8分から12分とやや長くなり、多く雑多なコンテンツが放送される。生放送とは言え、ロケや再現VTRは事前に準備されているので非常に生放送と相性が良い。スタジオゲストの台詞やコメントは少なく、かつ台本通りである。
3つ目のコーナーである『日本一VS世界一の狭い公園』のコーナーが終わって短いCMに入る。CM明けの4つ目のコーナーでは一つ前のほのぼのしたコーナーと打って変わって
『夏の心霊写真&呪物』のコーナーであった。照明が青に変えられてヒュードロドロとおどろおどろしい雰囲気。スタジオの俳優・女優がワーキャーと台本通り悲鳴を上げる。
手っ取り早く心霊写真を5枚紹介。尺を稼ぐためのクイズのようなものもなく出すと同時に撮られた状況や撮影後に撮影者に起こった不思議な出来事、霊能者の解説がテンポよく入る。
「撮影者のお婆ちゃんが映り込んでいます。」「この赤色はこの場所で亡くなった地縛霊が強い怒りを発している様子です。」「この首の無い人物の前を浮遊霊が横切っただけなので危険は無いでしょう。」
そして続いて呪物コーナー。隠岐で見つかった木彫りの仏様なのだが頭部だけである。大きさは10cm程とそこまで大きなものではない。オークションサイトにて3000円程で販売されていたところを動画配信者が購入。オークションの文言には
「仏様の目から涙が流れる」
「その涙を流す目を見てしまうと不幸な目に遭う」
と書かれていた。前に所有する2人の人物は若くして何故だか亡くなってしまったらしい。そして結局はその動画配信者も亡くなった3人目となった。死因までは分からない。その後その動画配信者の友人の手に一度渡ったのだが、顔にかかった布を一度も外すことなく気味が悪いと言う事で手離すべくオークションに出品したのだ。
以降ずっと布が被せてあり、オークションの写真は涙が出ていない状態で撮影された写真が用いられていた。何じゃそれインクレデブルのスタッフはネタになると思いそれをオークションで購入。特に競り合わず出品価格の500円で落とすことができた。
それをスタジオに発送された段ボールの状態で持ってきたのである。某動画配信サイトで人気の企画である、『開封動画』を生放送で行うらしい。スタジオMCが手早く段ボールを開けると、中から布に包まれた直径10cm程の物体が出てきた。それを見ていた霊能者が言う。
「隠岐に島流しにされた後鳥羽天皇や後醍醐天皇の時代に祀られていた仏様でしょうね。当時島流しにされた恨みを呪物を介して本土に送ることに使っていたようですね。ただ当時の隠岐に住む人にとっては信仰の対象にもされていたので様々な念や呪いが感じとれます。ただ今やその力も弱まっていますのでもう気をつけることも無いでしょう。むしろ時代背景を知る貴重な品ですので数百万円程の値が付くのではないでしょうか?」
「……え、、でも、布が濡れているんですけど…。」
「ははは。出品者のいたずらではないですか?スタッフの仕込みだとすると悪質ですね。あ、もしかすると外に置かれていたことで雨に曝されて木材の中に水が入っている可能性もありますよね。」
霊能者とスタジオMCがやり取りをしていると、
ぷるるるるる
じりりりりり
「おっと、失礼しました。スタジオで着信音が聞こえますね。生放送でお送りしています!大変失礼いたしました。」
TVに映る演者側ではなく、裏方でスマホ着信音が2件聞こえる。これは生放送ならではのミス。せっかくこれから布を外して盛り上がるというタイミングであるのに緊張感が台無しだ。
番組スタッフから巻きの合図。進行を急げという指示が出る。
「では気を取り直して、さっそく布を外していきましょう。」
スタジオMCが布を外す。
そこには、酷く悲しい顔をした仏様の顔があった。その目からは涙のようなものが流れている。
「…こ、これは凄いですね!撮れていますか?私には涙を流しているように見えます。」
「偶然とは言え、、、これは………確かに、、そのように見えますね。霊的にはほとんど何も感じないのでたまたまだと思いますが。」
そのくだりで夏の心霊コーナーが終わり次のコーナーに移る。
その時点で番組は残すところあと1時間程。残すコーナーもほぼほぼ時間通り消化していき、生放送でもいつも通り滞りなく終了に向かうかと思われた。しかし番組終了残り3分程。最後のコーナーのVTRを見て〆のコメントに差し掛かろうかという時に、スタジオのMCとゲストの5人が急に暴れ始めた。隣の人物と全力で殴り合い、首を絞め、顔面を思い切り踏みつける。生放送中でのその様子をカメラは撮り続ける。番組スタッフが多数近くにいるはずなのだが、何故だか誰も止めない。おそらくカメラの裏でも暴動が起こっていて、スタッフ同士でも殴り合いをしているのだろう。その様子が1分近く流された後で、画面が『しばらくお待ちください』に切り替わった。
…
「えぇ、、リビングの方から突然悲鳴が上がって。
私は自室でゲームしてたんですけど、、
リビングに行ってみたらお父さんとお母さんがお婆ちゃんを、
掃除機とか扇風機で思い切り殴りつけてて。
お婆ちゃんは痙攣していて血溜まりができていました。
私がそれを見て叫んだらお父さんとお母さんはこちらを振り向きました。
2人とも黒目が無かったんです…。
その目からは涙を流していました。
完全に正気を失っているように思いました。
すると今度はこちらに襲い掛かって来て、、
私は咄嗟に全力で逃げました。
リビングを出て廊下を走って、
玄関を開けて裸足で。
玄関までは追っかけられたけど外まで追って来ませんでした。
他の家からも同様に悲鳴や大声が聴こえてきて、裸足で飛び出してくる人が何人もいました。
助けて! 殺される! お父さん! たっくん! 助けて! どうしてぇ!
皆が助けを求めて家を飛び出してきました。
外は混乱した人達が集まり何があったかを話し合いました。
『突然、家内が襲い掛かって来て…』
『包丁を振り回しながら走って来て…』
『子供同士が全力で喧嘩を始めたと思ったら、お父さんも…』
共通していたのは『何じゃそりゃインクレデブル』を見ていたということでした。
更に気づいた事を言っている時に、皆が皆、
潮の匂いがした。
という証言していました。あれは涙ではなく、潮だったのでしょうか?
外に出てから2~3分程した頃でしょうか?
そこら中から聞こえていた悲鳴や大声、ドタンバタンという音は消えて、
辺りは気味が悪い程に静かになりました。
これは
『正気に戻ったのではないだろうか?』
と外にいた皆が自宅の様子を確認に戻りました。
私も自宅の玄関を開けて、中にいる両親に声をかけましたが返事はありませんでした。
リビングに行くと父も母も亡くなっていました。
特に外傷などはありませんでしたが、
もう二度と目を開ける事はありませんでした。」
本物に当たってしまったのだ。
呪物を電波に乗せて日本中に。
生放送を見ていた全国にいる本物の霊媒師達はTV局に急ぎ電話を掛けて、
布を外さないように打診したのだが遅かった。
家族や知り合いに視聴を辞めるよう伝えるだけで精一杯だったという。
直接視聴した人物は全員死んだ。
後の調査にて呪物が画面に放送された時間からちょうど60分後に視聴者が一斉に狂いだし、そして3分間周囲の人間を殺そうと大暴れする。そして3分経ったら電池が切れたかのように死んでしまっていたという事が分かった。僅か3分程で日本国民の約3000万人が亡くなった。消防警察の機関への通報の多さから機能は完全に麻痺。スマホ基地局もパンクし、生き残った人達も気が気でない一晩を過ごした。
しばらくしてTVというメディアそのものが完全に潰えた。その後に細かく愉快犯のように動画投稿サイトに、TVで放映された呪物の映像があげられて、興味本位で閲覧した人物+αが世界中で数千人単位で亡くなる。
死を助長したとしてその動画投稿サイトも完全に閉鎖された。
その仏像の頭部は放送局のごたごたの末に紛失してしまっていた。
時代の節目節目に人々に混沌をもたらし多くの変革に関わってきたその仏像の頭部。
長い歴史の中で何を見て、その涙の意味はどのようなものであったのだろうか…
仏T
↑目鼻目の泣いている顔に見えます。仏の頭部(Tohbu/Top)