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VENOM  作者:
9/9

始まりはいつも終わりの後に DAY:08

 場所は変わり、車内。

 高級感あふれる黒の車の中は広く、小さな机と、コの字型の座席が後部にあり、大門大和は運転席側に座っている。

 ガラス越しに見える運転席には白髪の初老男性が座っている、

 相当な腕なのだろう、フロントガラスの向こうの景色は動いているのに、車が動いていると感じない。

 加えて、車の脚部の性能がいいのか振動もほとんどない。

 遮音性も高くエンジン音などの走行音も聞こえない。

 如何にもな、高級車だった。

 大門大和の正面には先程の女性が座っている。

 緩めに巻いた胸程の長さの薄い茶髪。

 色白だが、決して不健康さを感じさせない整った肌。

 全身を衣服で包んでいてなお、その肢体が整っていることがわかる座り姿。

 洗練されていると、大門大和は感じた。

 そして大門大和の右側、コの字の縦線部分には二人の給仕者(メイド)

 会場であった、あの二人だ。

 大門大和は背に滝汗を流しながら目の前の女性を見る。

 小さく微笑んでいるがしかし、大門大和はその笑顔に恐怖心を抱いている。

 自分が知る人間とはまるで違う、同じ形をした別の生命体を見ているような感じ。

 別に何かをされたわけでもない。

 凶器を突き付けられた訳でもない。

 この車にだって乗車を求められ自ら乗車したのだ。

 もちろん、二人の給仕者もある。

 二人の雰囲気は、異常だ。

 一人は大門大和に明らかな敵意を向けている。

 片やもう一人はにこにこと愛嬌のある笑顔を大門大和に向けている。

 その二人ともが、普通の気配ではない。

 恐らくだが、何かしらのプロだ。

 格闘技か、武術。

 または、戦闘のプロか。

 にこやかな給仕者が座席に座る際に妙な金属音を鳴らしたのを大門大和は聞き逃さなかった。

 足首まであるフリルのついたスカートの中から金属音だ、普通じゃない。

 それも恐らく、その音を鳴らしたのは意図的だ。

 大門大和に、自身が護衛であることを示すためだ。

 柔和に笑んで細めた目の端で、彼女は大門大和を確りと視認している。

 それとは違い、もう一人、薄く焼けた肌に高めの背丈の彼女は顔を大門大和に向けている。

 怒りを隠しもせずに口角と眉根を釣り上げて大門大和を見ている。

 左手は膝の上に乗せている。

 だが、大門から見ると視覚になっている方の腰に右手を引っ込めている。

 にこやかな給仕者がそれを軽く叩き、窘める。

 だがそれを聞きもせず彼女は大門大和を睨みつけている。

 茶髪の女性がわざとらしく拳を口元にやって咳払いをする。


「大変失礼いたしました。彼女はまだ見習いでして、礼儀作法がまだ身に落とし込めていないのです。主である私が、謝罪いたします」


 言って彼女は深々と頭を下げる。

 きっちり三秒間経ってから彼女は頭を上げる。

 大門大和は軽く首を振って見せる。

 彼女もそれに頷く。


「大門大和様。改めまして、突然のご招待にも関わらずご対応いただきありがとうございます。私、一条真由美と申します。一条家当主をしております。とはいえ継承したばかりですが」


 一条財閥……。

 大門大和には聞き覚えがあった。

 先程の会場で女性が言っていたものが、それではなかったかと考える。

 大門大和の背の汗が更に溢れ出した。

 彼は懐から名刺入れを取り出した。

 が、それを一条真由美は制した。


「失礼。あなたの職場も立場も他経歴全て把握しておりますのでお名刺の方は結構です」


 にこやかな給仕者が少しだけ腰を浮かせ大門大和の机の前に小さな紙を差し出した。

 名詞のようだ。

 ただ

 一条家と一条真由美とだけ記載されたシンプルな名詞だ。

 電話番号もメールアドレスも何も記載されていない。

 名詞というよりは、名札だ。

 大門大和はそれを一度手に取り、机の端に丁寧に置く。


「それで、お話というのは」


 大門大和は冷静を装いつつそう問う。

 窓の外の景色は夜の街に染まっている。

 一条真由美は背筋を整え直し、頷く。


「大門大和様、あなたにはこの世の()と戦っていただきたいのです」


 彼女が真面目を字に書いたような表情で大門大和を見ている。

 だが、大門大和は間の抜けた表情でその言葉に何も返す言葉が浮かばなかった。

 悪、と彼女は言った。

 何だそれは、と考える。

 助けを乞う様に給仕者二人を見る。

 二人とも、表情一つ変えていない。

 一人は変わらず柔和に笑んでいて、もう一人は大門大和を睨みつけている。

 救いはないか、と大門大和はため息を吐いて一条真由美に顔を向け直した。


「何を言ってるんですか?」


 あまりにも直球な質問だった。

 しかしそれも無理からぬ。

 いきなり「悪と戦え」など言われてはそうなってしまって当然だ。

 昔、川崎誠が見ていたアニメを思い出し、複雑な感情になる。

 だが一条真由美は興味を持たれたと受け取り姿勢を正す。


「失礼ながら、あなたの経歴は調べさせていただいております。高校卒業後陸上自衛隊に所属、第四十三普通科連隊にて前期教育を受講。その後は神奈川県に移動し、情報科にて後期教育を受講、そのまま情報科に配属され斥候隊として訓練を続けた。一任期終了後に退職、二週間ほど、知り合いの鉄工会社にアルバイトとして勤務後、現在お勤めの三山物産に就職、現在に至ります。優秀な営業成績をお持ちのようで、何でも社内トップにも届きそうだとか。三山物産でトップが取れるのならそれは実質日本トップですね」


 手元に資料もないが、暗記してるようにすらすらと話す彼女に大門大和の眉がピクリと反応した。


「同期である神谷真理様は現在フランス陸軍に在籍されていますが詳細は追跡出来ませんでした。現れたり消えたりを繰り返しています。特殊作戦部隊にいるとだけは確認が取れました。綾瀬紬生様、現在は服飾デザイナーの見習いとして勤務されています。川崎誠様はご職業を転々とされていますね。今は……何もされていないようです」


 彼の同期の現状まで把握している。


「大門大和様。あなたは端的に言ってあまり素行が良くなかったようですね。補導歴と、保護歴がかなりあります。高校生時代、それが理由で警察官になれずに、自衛官ですか。……残念としか言えません」


「何が言いたいんですか」


「ええ、ですから、「残念です」と」


 彼女は大門大和の催促にただ同じ言葉を発するのみ。

 意図が伝わっていない。


「出来れば、本題に入っていただきたい。あと、どこに向かっているんですか」


「そうですね。でも、心から残念だと思っているんです。あなたは、警察官のように正義に背を押されてこそ活躍するというのに」


「正義、ですか」


「あなたは、人を殺すことに躊躇しないでしょう?」


「は」


「正確にはそうせざるを得ない(・・・・・・・・・)と判断した時、ですか」


「……」


「日南工業、あなたが三山物産に就職される前に勤務されていたアルバイト先ですね」


「……」


 大門大和は、押し黙った。

 彼の額に大量の汗が噴き出した。


「あなたはここで一人の男性に対し殺人未遂事件を起こし、逮捕、起訴されている」

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