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VENOM  作者:
8/9

始まりはいつも終わりの後に DAY:07

 会場は煌びやかな装飾が施された"如何にも"な雰囲気だった。

 高級そうなスーツや礼服、ドレスに身を包んだ男女がグラスを片手に談笑している。

 その間を縫うようにして給仕者たちがトレイを持って飲み物の分配、回収を行っている。

 一言で表すのならば、金持ち連中だった。

 大門大和はため息をついた。

 入っただけで疲労が伸し掛かってきた。

 しかし彼の上司は優しくはない。


「とりあえずお前、適当に客になりそうな人に声を掛けとけ。何でもいいから目立って、営業しろ」


「マジっすか」


「ああ、行け。そのうち向こうから声を掛けてくる」


「誰がっすか?」


「行け。俺も会う人がいるから」


 そう言って背を向ける上司に大門大和は小声で「うす」と答えて、歩き出す。

 とは言え、彼はまたため息をついた。

 なんせこんな環境での営業行為など不可能に近いからだ。

 相手が何者なのか?

 どの業界の人間なのか?

 企業の代表なのか、代理なのか?

 事前情報が一切ない状況では営業も何もない。

 大門大和はため息をついた。

 だが仕事だ、やらない訳にはいかない。


「いやこれ給料出るのか?」


 などとこぼしながら彼は歩き出した。

 名詞は常に無駄と言われるほどに持ち歩いている、足りなくなることはないだろう。

 大門大和は名詞ケースを片手に会場を歩き回り始めた。

 会話が極端に盛り上がっている所には声を掛けない。

 それは水を差す行為であり、印象を落とす。

 会話が途切れがちなグループを探す。

 途切れていないまでも、少しぎこちないでも十分だ。

 そこの環境にストレスを感じている所に声掛けが入ると人間は矛先が変わるために人の言葉が身に入りやすくなる。

 顔を覚えてもらうきっかけになりやすい。

 もちろん横で会話を聞いているわけにもいかないし、会話が途切れているだけだと会話が弾んでいないのか、長く話した後なのかの判断は出来ない。

 長く話した後だとお互い疲れて口が減っているだけで、そこに声掛けをしてもメリットはない。

 一つの基準は目線だ。

 明らかに目の前の人間以外に目が行っているのなら他の要素を求めていると判断してもいい。

 端的に言えば。”飽きている”状態だ。

 大門大和は会場をまずは二週ほどし、目ぼしい組を探し、数分待機。

 もう一度確認してから声掛けを開始する。

 まずは二人組の男女。


「こんばんは。私も交ぜていただいても?」


 大門大和が声を掛けると男女は露骨に怪訝そうな顔をする。

 だが退屈そうにしていた口角が緩んだのを彼は見逃さなかった。


「失礼。私こういう者です」


 それぞれに名刺を差し出す。

 女性が声を出した。


「あら三山物産の方なのね。……その若さでプロジェクトリーダだなんて、立派だわ」


 女性は言う。

 少し大門大和よりは年上だろう。

 恐らくは三十には行っていない。

 白に金細工が施されたドレスを着ている細身の女性だ。


「まだまだ学ばせていただいている途中ですが」


 大門大和が苦笑いを浮かべる。そうしながらも

 そうしながらも男性の顔が一瞬歪んだのを見逃さなかった。

 大門大和は男性に向き直る。


「手入れの行き届いた靴ですね。靴磨きの道具は何を?」


 大門大和の言葉に男は自分の足元を見た。

 そのまま照れくさそうになりながら顔を上げた。


「いやいや、実は拘っていましてね。この靴は弊社自社工場で生産していまして、磨きも素材に合った物を用意していて」


 男は途端に話し出す。

 大門大和は心得ている。

 この手の話題に反応する人間は目立たない拘りを持っている事と、機会があればそれを表に出したい顕示欲が顕著であると。

 男も嬉しそうに大門大和の名詞を見直した。


「まだまだお若そうなのに、立派ですね。部門としては何を専門に?」


 食い付いてきた。

 やはり人間は顕示欲をくすぐってやれば気分がよくなり、相手への施しもしてやろうという気になる。

 大門大和は勝ち取るのではなく、相手が自ら与えてくる環境を用意することを商談の第一段階にしている。

 会話が成り立っていないというストレスを持っている状態でそれを与えれば向こうは謀るまでもなく落ちてくれるというものだ。

 一度でころりとなってくれたことは幸いだが。


「私は主に海外向けに商品を提案しております。エネルギー、機械、化学製品などが今の主な専門ではありますが、日用品は日本製は需要が高いので手を広げようと考えておりまして。もちろん、靴やメンテナンス製品、衣服や装飾品も過去には取引させていただいております。何かの一助になりましたらと思いますが、何かお困りの事はありますか?」


「いや弊社は国内向けにしか作っていなくてね。工場もそう大きくはないんだ。増産体勢を確保するにしたって直ぐには出来ない。海外の取引先と言っても私には心当たりがね」


「そこは私が代行いたします。工場は増設または、拠点の追加、後者がよろしいかと。独自のメンテナンス用品というのも強みです。革製品にはどうしても癖が出るので相性を皆さん気にします。その点御社はそれを自社で生産している。商品によってはセット販売することも出来ますね」


「だが弊社はセットだからと言って値引きする気はなくてね」


「値段ではありません。セット買い出来る事が重要です。値段は合計で構いません」


「と言うと?」


「セット買いの一番のメリットは値段ではなく、一度に購入出来る事です。国内在庫品を探す傾向にある日本人にはない感覚ですが、欧米、欧州は基本的に輸入商品が市場に多く流れています。だが優秀な商品は基本的には原産国への注文になります。靴とメンテナンス商品を別々に買うとして、例えば消費者が欧米人だった場合の懸念点はどこにあると思いますか?」


「ふむ。日付かな。別々に来られると困る」


「そうです。一日二日の差であればともかく、便によっては数週間からの開きが出ます。送料は倍です」


「ああ、送料。確かに」


「それに関税です。一度の購入ならその手間も減ります」


「なるほど。額面上の値下げよりも、却って顧客は得をする。いやはや、確かに当たり前すぎて失念しておりました。やはり国内向けだけですと知識ではなく経験の面で劣るかもしれませんね。是非別日にお話を伺っても?」


「もちろんです。ご相談だけでも結構ですのでお気軽にお問い合わせください」


「やっぱり若いのに立派だわ。私の会社が化粧品メーカーだというのもわかっているのでしょう?」


 ほったらかしになっていた女性が微笑しながら今度は声を掛けてきた。

 大門大和は頷いた。


「腰のポーチ。メーカーやタグがないですので非売品だというのはわかりました。それに加えて先程私たちが話している間にリップを取り出しましたね? その時に見えた化粧品もロゴやタグ、成分表のシールなどが見受けられなかった。それも非売品化と判断しました。なので余程コネのあるお方か、生産者であろうと考えました」


「驚いた。商談しながら私の事も品定めしてたの? すごい動体視力ね」


「目には自信があります」


「私はだめで。両目コンタクト」


「スマホを見る時は首を下げるのではなく、腕を上げた方がよろしいですよ」


「え?」


「首が曲がると血流が悪くなり、視界が悪くなったように感じるんです。首筋を触ってみてください。首の骨は元来曲がっていますが、真っすぐになっていませんか?」


「……なってる、けど」


「出来るだけ早く整体に。それでいてスマホを見る時は腕を上げてみてください。それだけで視力検査の結果が変わったという話もあります」


「詳しいのね。いいわ。これも何かの縁、後日秘書から連絡させていただきます」


「ありがとうございます」


 大門大和は内心ほくそ笑んだ。

 楽な仕事だと感じたからだ。

 もっと難儀な客はいくらでもいた。

 たったこれだけそれっぽいことを言えば話を聞いてもらえるのなら楽なものだと内心、拍子抜けのような気持ちになる。

 営業色の強いこの仕事は客の一喜一憂に振り回されていてはだめだ。

 こちらの行動で逐次調整していくのが常。

 これくらいは上手く行きすぎた事例と言ってもいいだろう。

 大門大和は深く一度頭を下げて感謝の意を示す。

 頭を上げてから問う。


「ところでお二人は先程までは何のお話をされていたのでしょうか」


 世間話も商談の一つだ。

 ここから別の商売にだって繋げられるかもしれない。

 しかしそれを聞いた二人は芳しくない表情を浮かべる。

 しくじったかと大門大和は背筋を強張らせる。

 だが、二人が小声になって大門大和に顔を寄せてきた。


「今回はあの方が来るのよ。一条財閥のご令嬢」


「一条財閥……ですか?」


「ご存じない? それでこちらにいらしたの? 変わった方ね」


 女性が言う。

 財閥、という部分に大門大和は疑問を覚えた。

 日本の財閥という制度は戦後解体されているはずだ。

 もちろんその家系や組織に属していた人間が自動的に消滅するわけではないのだから関係者はいるだろう。

 だがこの期に及んでまだ”財閥”という呼称を使っていることがさすがに違和感を禁じ得ない。

 大門大和は、この違和感に従うことにした。


「不勉強で。申し訳ございません。上司に詳しい話を聞いておらず」


「では、よく聞いておくことね。彼女は、敵に回すと終わるわよ」


 大門大和は苦笑いを浮かべてやり過ごす。


「一度上司に確認してきます。またお話ししましょう」


「ええ、後日秘書から連絡させるから」


 大門大和は二人と別れた。

 そして上司を探す。

 背中に妙な違和感が貼り着けられたような妙な感覚。

 それが脂汗となって体現される。

 わからない。

 何なのかはわからない。

 ただ大門大和は異常なまでの違和感に襲われていた。

 それは予感だった。

 関わっていはいけない何かがこの場に現れようとしているのを、彼は感じていたのだ。

 大門大和は小走りに会場を移動する。

 上司を探す。

 初老の男性二人と談笑しているのを発見した。

 大門大和はその背中に小声で話しかけた。


「帰る。腹痛っす」


「は? お前大丈夫か? おいちょっと待て」


 上司の制止を聞きもせず彼は小走りで走り抜ける。

 人を縫い、移動する。

 皆裕福そうな見た目で、品がある。

 会場を所狭しと並んでいるように見えてお互いの距離感を保っており、背に人一人分以上のスペースを開けている。

 それが習慣なのか、そう叩き込まれた物なのかはわからないが移動しやすく、大門大和は助けられた。

 背に汗が伝う。

 何故彼がここまで焦っているのか、彼自身にもわかっていない。

 ただ全身が否定している。

 良くない(・・・・)と。

 その時、大門大和の視界に異様な物が映った。

 大門大和の左側。

 人の隙間から透けて見えたそれは給仕者(メイド)だった。

 如何にもな恰好の、女給仕者。

 だが、雰囲気が異常だった。

 肩幅より広く開いた足で仁王立ちし、両腕は太腿の前で拳を握り込んでいる。

 意識しないとわからない程度に日焼けした健康的な顔と首筋。

 そして、目付き。

 大門大和を今にも殺さんばかりに睨みつけるその眼光はあまりにも鋭かった。

 反射的に大門大和は右側にも視界を送る。

 同じく女給仕者がいた。

 今度は柔和な笑みを浮かべて両手を腰前で組んでいる。

 だが、それも異様に感じた。

 何故か、彼女らを周りの人間は認識していないように感じたのだ。

 違和感。

 大門大和は速度を上げて走り抜けた。

 追っては来なかった(・・・・・・・・・)

 彼は受付に一言だけ言って会場を出た。

 後ろを振り返る。

 ガラス張りのビルはエントランスが外側からよく見える。

 あの二人の女給仕者は追ってきていなかった。

 大門大和はため息をついた。

 考えすぎだと彼は頭を振って懐から煙草を取り出した。

 火を着けようとする手が震えているのを自覚する。

 何故、そうなっているのかわからなかった。

 それを誤魔化すように彼はZippoの火打ち石を勢いよく落とした。

 煙草に火が付き、周囲を柔らかい光が照らす。

 一つ、紫煙を空に向かって吐き出す。


「逃げる必要はないかと存じますが、如何なさいましたか?」


 体が硬直した。

 足音が近付く。

 無理矢理その方向に振り返る。

 体が石のように重く、壊れた機械のようにゆっくりとした動きになる。

 振り返った先には女性が三人立っていた。

 二人は先程の女給仕者。

 もう一人は、派手ではない、品のあるドレスに、同系統の肩掛けを着た女性。

 年の瀬は、恐らく25程。

 胸程の長さの薄い茶髪を緩く巻いている。

 女性は深々と頭を下げた。


「ごきげんよう、大門大和様。私、一条真由美(いちじょうまゆみ)と申します。以後、末永くお見知りおきを」


 大門大和の意など一切解さず、彼女は、一条真由美はそう言った。

 彼の運命は、ここから大きく動くこととなった。

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