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VENOM  作者:
6/9

始まりはいつも終わりの後に DAY:05

 翌日、そのまま眠ってしまった大門大和は、早朝に目を覚ました。

 出勤時間までは時間が十分にあったためにシャワーを浴びる。

 濡れた髪にタオルを当てながら煙草を吸う。

 湿った手の水分が煙草のフィルターに移ってふやけていく。

 吸い込む煙にも水気を感じる。

 昨日、綾瀬紬生(ブルべ)と通話した時を思い出す。

 川崎誠(パイセン)の話をしなかったのは、怖かったからだ。

 もし昨日綾瀬紬生にその話をして、綾瀬紬生からの連絡には応じていると答えられたら、立ち直れないと感じたからだ。

 彼からすれば、今はもう自衛隊時代の繋がりは綾瀬紬生しかない。

 そこにまで抵抗感が生まれる事も、間接的に拒絶した。

 彼は、これ以上の孤独感に苛まれたくはなかったのだ。

 煙草を消し、髪を乾かす。

 垂れた前髪は顎にまで届く。

 全体的に長髪だ。

 硬い頭髪が、彼の理知的な雰囲気を後押ししている。

 だが、逆に見れば俗世から外れた雰囲気も醸し出している。

 168㎝と小振りながら、しっかりと鍛え抜かれた肉体と、顔つきや背筋の伸びた姿勢から生まれる印象が、彼を実際以上に大きく見せている。

 世間では、彼のような人間とは極力関わりたくないと感じるものが多いだろう。

 有り体に言えば、ヤクザ然としている。

 髪を乾かし、スーツに袖を通す。

 ネクタイを締め、整髪料で長い髪をまとめて後ろに流す。

 ぴっちりと固めるのではなく、軽く押さえている感じ。

 そんな状態で彼はまた煙草を咥えた。

 鏡に映る彼の姿はまさに、堅気には見えない風体だった。

 スマホを確認する。

 時刻は朝の5:48。

 だがこの時間でもメールは五十件を超えて入っている。

 国際貿易にも携わっている彼には時間など関係がない。

 時差もあるのでどの時間でも連絡が入る。

 彼はタブレットを開き、ニュースチャンネルを流す。

 それに聞き耳を立てながらメールを確認し、急を要するものには返信し、あとでも問題なさそうなものはマークを振っていく。

 そうしている間に6時を超えた。

 彼は鞄の中を確認していく。

 出勤時刻は8時。

 今回の出張先には7時半には到着しておきたい。

 近場のホテルを借りたので15分程度で到着する。

 荷物に漏れがないことを確認し、彼は電気を消した。

 近場の早朝から営業しているカフェを検索し、小さな喫茶店を発見。

 モーニングとランチだけをやっている個人店のようだった。

 見た目は小奇麗で、かつ、奥まったところにある、混み合うことはなさそうだとマップでそこを選択し、案内を開始する。

 五分ほどで到着した店舗に入ると、古びているが小奇麗な内装で、手入れが行き届いていることがわかった。

 白髪で痩身の店主が一人でやっているようで、店内が静かなJAZZと店主がコーヒーを入れる音だけが響いていた。

 検索した時に出てきたモーニングセットを注文する。

 無言で頷いた店主はカウンターで作業に入った。

 大門大和は席についてスマホで経済ニュースを見る。

 英語の学習も兼ねるために文面は全て英語だ。

 英語の学習は学生時代より続けているために今更日常会話文はもちろん、ビジネス英語や専門性が高い文面も難なく読めるようになった。

 仕事柄いつ海外勤務が入るかもわからない、その備えのためであったがこうも自身の生活に馴染むとまでは思っていなかった。

 大門大和は、株価のチェックに入る。

 動向を常に把握しておくだけで、物流の把握の手助けになる。

 大門大和はこれを朝の日課にしている。

 コーヒーとトースト、程よく焼かれたスクランブルエッグが運ばれてきた。

 ミルクと砂糖は入れない。

 大門大和は、ブラック派というわけではない。

 彼は、コーヒーを香りで楽しむ人間だった。

 株価を見る事を止めずにカップを取り、一口流し込む。

 香りを鼻腔内で転がして飲む。

 大門大和は目を細めて頷いた。

 気に召したらしい。

 スクランブルエッグとトーストを順に食し、コーヒーがぬるくなった頃に、店主が次のコーヒーを持ってくる。

 頷くとカップを下げて次のカップを差し出し、そこにコーヒーを淹れた。

 それと一緒に灰皿とマッチの箱を出してくる。

 今時珍しく禁煙ではないらしい。

 会釈をし、箱から一本マッチを取り出す。

 煙草を咥えて、マッチを箱に擦り付ける。

 着火された、マッチ棒を手で覆い煙草にその日を移す。

 軽く振って火を消したマッチ棒を灰皿に入れて、煙を吐き出す。

 天井を見上げて、顎に手を当てる。

 咥えた煙草を支えているような姿勢だ。

 大門大和は、考えている。

 仕事の事ではない。

 そんなことは、彼は仕事をする前に考える質ではなく、前日の業務中には既に翌日の動きを全てシミュレーションし終わっている。

 今の仕事を続けて、一年になった。

 貿易関係と一言で言っても、通常よりも極めて国際色が強く、動く金額が一企業の枠を超えていることが多く、それこそ国際問題を常に横に置いているような仕事だ。

 故に彼の仕事先は外国の政界にまで及ぶ事が多い。

 あくまでも、まだまだ彼は一年目だ。

 まだそこまで踏み込めているわけではない。

 だが彼をこの仕事に誘ったのは高校生時代の知人だ。

 その知人は、彼が今勤める会社の役員である。

 その知人は次期高級役員としての立場が約束されており、大門大和はその補佐となる前提の入職だったと、半年前に聞かされた。

 今までは外回りや電話対応、現地視察など足で働くことが多かったが、一年が経つのだからともっと踏み込んだ事をするべきだとの事で、もっと上位階級の人間とも接点を持つべく、会食等の機械が今後増えていくのだそうだ。

 大門大和はその手の事が嫌いだった。

 動いている方が気が楽だ。

 多忙は悪い事ではない。

 キャパを超えさえしなければそれでよいのだ。

 それこそ明日の夜がそれだった気がするが、だが彼はスケジュールは開かない。

 大規模案件などを扱うことがどうしても多い彼は歩く機密と言ってもいい存在だ、不用意にスマホで仕事の関係する要素を確認するなどしないようにしている。

 そこまでする必要は恐らくないのだろうが、それでも彼は強迫にそれを自身に強いている。

 カフェでラップトップを開いて仕事をしている連中の事を羨ましいとさえ考えている。

 煙草の煙が天井に上っていくのを眺めている。

 明日の会食だったか、パーティーだったかにはそれこそ、良い所のお嬢様が来るからしっかりとした服装で、と言われたが、そんな事を直前に言われても困る。

 ある物を着ていく以外の選択肢がそもそもないのだから前もって言ってほしいものだ。

 仕事の都合もある。

 分かっているのなら一か月前とか。

 言っても栓の無い話だと分かりつつも彼は頭の中で知人、もう知人ではなく、上司になるのか、に対して少しだけ腹を立てる。

 だが拾ってくれた恩がある以上文句もそう強くは言えない、我慢するしかない。

 その時、私用のスマホが振動したのを感じ、画面を確認した。

 メッセージアプリの通知だった。

 交際相手だった。


『次いつ帰る』


 ?すら付けない淡白なメッセージだった。

 彼女らしいと思い、煙草を消す。


『日曜日の朝。午前中だけ帰れそう』


『やめれやその仕事』


 送った瞬間と言ってもいい速度で返信が帰ってきた。

 気が強く、噓を付かない女だ、彼女の本音はこうなのだ。

 それが心配してなのか、普通に帰ってこない事を怒っているのかはわからないが。


『すまん』


 既読は付いたが、それ以降の返事はなかった。

 大門大和はため息をついて煙草をもう一本咥える。

 今度はジッポで火を着ける。

 彼女の言い分もわかるのだ。

 朝も比較的早く、夜は日付が変わっても帰れない事の方が多い。

 16時間勤務くらいの時で早く帰れると感じるくらいだった。

 労働環境は、業務内容を考えると仕方ない。

 労働時間はどれだけ効率よくやった所で膨大過ぎてほぼ何も変わらない。

 休日もあってないようなもの。

 土日祝休み、という自衛隊時代は楽だったなと考える。

 給料は高い。

 同年代で見ると三年分くらいの給料を一年間でもらっている。

 だが、それを使う時間などはほとんどない。

 日常生活など、寝ているか煙草を吸う以外に割けていない。

 週末は何とか時間を作って、何かを買って機嫌を取っておかないとまずいな、などと不穏なことを考えて、そこで考える事を辞めた。

 彼は考える事があまりにも多すぎる。

 私用のスマホをしまい、時計を確認。

 もう出るかとコーヒーを飲み切り、代金を支払った。

「またのお越しを」と、静かにそう言う、店主。

 初めて声を発したなと驚いた。

 伝票も無言で置いていったのに最後だけ話すのかと、だがそれを言葉にはせず、会釈をして店主に背を向けた。

 扉を開けて、店を出る所で女性とすれ違った。

 大門大和が扉を押さえてやるとサングラスをかけた女性は「やあどうも」と軽く言って、店内に入って行った。

 どうも、奇抜な格好をしていた。

 どこかの民族衣装なのかわからないが、色とりどりの布を何重にも羽織っていて、露出した腕には金属の腕輪を何本もしている。

 右手に持っているのは今時珍しいガラパゴス携帯。

 それも、ストラップが何本も着いた物だった。

 ただの、ストラップが何本もだ。

 それに何より、その肩に目が行った。


「ハムスター?」


 彼は小声で言った。

 すれ違った女性の左肩には、ハムスターがいたのだ。

 ぬいぐるみではない。

 明らかに生きているハムスター。

 何かの固形物を齧っているハムスター。

 大門大和の脳内が?で埋め尽くされた。

 何に悩んでいたかが一瞬消える程の衝撃だった。

 関わらぬが吉かと大門大和は扉を閉めて出社した。

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