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VENOM  作者:
4/9

始まりはいつも終わりの後に DAY:03

 後期教育の三か月はあっという間に終わった。

 部隊配属されてからの一年半もあっという間で、すぐに任期満了の日が近付いてきた。

 その間ずっと、大門大和(だいもんやまと)川崎誠(かわさきまこと)に毎晩電話していた。

 だが、それに彼が出てくれることはなかった。

 神谷真理には、その後一度も連絡はしていない。

 綾瀬紬生(あやせつむぎ)からは、くどいくらいに電話が来た。

 彼は面倒見がよく、仲間思いだ、恐らく大門大和以上に他のメンバーへこまめに連絡をしているだろう。

 とある日の夕刻、中隊長から電話が来た。


「課業後にすまないな」


「……任期ですよね」


「ああ、満了か、継続か。君だけ回答が得られていない。まだ期日があるとは言え、君はこの駐屯地一の優秀者だ、継続の意思があるのなら、より良い環境へ身を置くことだってできる。答えは早い方がいい」


「中隊長、自分は……」


「気を遣うな。君が何かを悩んでいるとは君が配属された時から気付いてた。どちらを選んでも、君を責めはしないさ。だが、正直な意見を聞かせてほしい。人生の先輩として、出来る事があるかもしれん」


「ありがとうございます。……お時間はよろしいですか?」


「……直接が良さそうだ。風呂と食事を済ませたら部屋へ来てくれるか」


「わかりました」


 通話を切って、自室のベッドに腰を下ろす。

 部屋の入口を振り返る。

 もう一年半も前だ。

 いつも彼を迎えに来るのは、例えば煙草や売店などに誘いに来るのは、川崎誠だった。

 時々考える。

 部屋の扉の向こうからまた彼が来てくれるのではないかと。

 また、煙草に行こうと呼んでくれるのではないかと。

 だがもうそれは叶わない。

 彼はもう自衛隊を退職してしまった。

 自分が原因かもしれない。

 そうではないかもしれない。

 神谷真理がいないあの駐屯地にいる理由を見出せなかったのかもしれない。

 電話に出てくれない彼の意志を探る事は、もう出来ない。

 メッセージにも、電話へも、なにも返事をくれない彼の考えなどはもうわからない。

 風呂の準備をして、喫煙所へ。

 夕日が見える。

 課業後の体力錬成の声が聞こえる。

 確か、もう少しで各国参列の大型合同演習が行われると聞いた。

 そして、そこに、偵察部隊として大門大和ではなく、神谷真理が補充要員として参加するとも。

 大門大和は、もうとっくに勝負にすらなっていないにも関わらず、またしても敗けた。

 煙草に火を着ける。

 神谷真理は、第一空挺師団へ配属された。

 異例の成績を残し、もう既にレンジャー教育を二種修了したと噂で聞いた。

 そして、その後の彼は、途端に噂が消えた。

 聞き耳を立てた所、与太話だが特選群への選抜課程を卒業したとまで聞いた。

 大門大和は今現在で一等陸士だ。

 神谷真理も、それは同じ。

 だが大門大和は、与えられた訓練の中で、それも情報科の中で好成績を収めただけだ。

 神谷真理はその垣根すらも超えている。

 特選群課程など、曹以上でないと受けられないはずなのに。

 火のないところに煙は立たない、必ずそれに近い事実があるはずだ。

 大門大和は、煙を吐いた。

 その上で、神谷真理は他国が参加する演習にまで参加するように命じられる実力。

 大門大和では、どうにもならない所にまで行ってしまった。

 大門大和は、一年半が経過しても彼に対する劣等感、いや嫉妬心を払拭出来ずにいた。

 煙草の火を消して、風呂へ。

 あまり長風呂をしない彼は、15分とせず浴場から出てそのまま食堂へ。

 今日は、チキン南蛮だった。

 チキン南蛮で思い出す。

 やはり思い出したのは神谷真理だった。

 綾瀬紬生の声掛けで、いわゆる合コンに参加したことがあった。

 神谷真理、綾瀬紬生、川崎誠、そして大門大和。

 相手は大学生4人。

 神谷真理は、そもそも興味がなかったようでずっと食事にばかり集中していた。

 綾瀬紬生が場を取り持とうとする中で、各々自由に過ごすので女性陣は露骨に苛立っていた。

 神谷真理がそんな中言ったのだ。


「すみません、チキン南蛮もう1個お願いします」


 店員を呼び止めて言ったその一言で、女性陣の一人が激昂した。


「お前何しに来たんだよ!」


 そう言って彼女はコップの水を彼に向かってぶちまけた。

 頭から水をかぶった彼はしかし、動じなかった。


「飯を奢ってくれるって言うから」


 言いながら彼は、チキン南蛮を一切れまた食べたのだ。

 結局その日は解散になった。

 当然だ。

 だが、だというのに彼は、一人の女性に声を掛けていた。

 合コン中も、あまり興味が無さそうにちびちびと酒を飲んでいた女性に声を掛けていた。

 その後の二人は、どうなったのだろうか?

 そんなことを思い出しながらチキン南蛮を食べる。

 物思いに耽りたい所だったが、陸上自衛隊の食堂は回転率が大切、長居は出来ない。

 食堂を出て、喫煙所へは寄らずに中隊長の部屋へ。

 ノックをするとすぐに返事が来た。


「大門一士、入ります!」


 扉を開けて、気を付けをする。


「良い。課業後だし、誰も見ていない。今日は世間話をする気持ちでいてくれ」


 言われた通りに、大門大和は気を付けを解き、案内された席に座る。

 中隊長は缶コーヒーを差し出してきた。


「自衛隊、辞めるか?」


 コーヒーのプルタブを開きながら中隊長は、軽い感じで聞いてくる。

 気負わせないための気遣いだろう。

 大門大和は、考える。


「辞める辞めないで答えられないなら、自衛隊に思う事でも構わない。私の中隊長任期はあと1年だ、その一年間で、出来る事もあるかもしれないからな」


 コーヒーを一口飲んだ中隊長は言う。

 頷いて、大門大和もコーヒーのプルタブを開いた。


「俺は、今の自衛隊では国家、この日本国を守る事は出来ないと考えています」


「……諮問しているわけでない。無理に理屈をこねずにそのまま率直に話してくれ。続けて」


「ありがとうございます。……まだ自衛隊は二次大戦で止まっています。神谷真理を知っていますか?」


「もちろん」


「彼は9.11経験者です」


「それは……知らなかった。それで?」


「あの日から世界は対テロ戦争に向けて戦争のベクトルを変えています。しかし、今の日本は対テロ対策が前時代的過ぎます。その上で古いやり方で競争してそれを誇らしげに語り、自分たちを強いと驕っています。中隊長もわかっているでしょう? 射撃検定で参加している米軍人は三軍以下です。それに一軍選手をぶつけてようやく勝てているんです。八百長です。リムパックも同じです。そして何より、戦争は、長く戦うものですが自衛隊、いや日本は金がありません。自衛隊は戦闘には強いかもしれないが、戦争には劣ります」


「……続けて」


「人手不足をごまかすために少数精鋭を謳います。しかしどれだけ優秀な人間でも一度に撃てる弾丸は引き金を引いた回数分だけです。一人で三人を相手にするなんてのは強さではありません。一人を倒しても残り二人に二発撃たれて終わりです。日本は、敗けます。せめてスパイ防止法や対テロ法などをもっと確立すべきです。自衛隊で出来る事は」


「人員の確保か」


「違います。それは次の課題です」


「ほう」


「今最も優先すべきは次世代を育てられる(・・・・・)人材の確保です。軍隊の年齢層を考慮すればわかるかと思いますが、特殊部隊として活躍できる程の技術、経験を得るには平均で28歳以上からです。だが戦場で実力を十分に発揮できる年齢は35歳が限界と言われています。その年齢になると教育に回るしかないという現実。これはキャリア形成としては選択肢ではなく、流れというしかない。給与だけではなく、もっと別の待遇や、教育の地盤に金銭を掛けるべきです」


「具体案はあるか?」


「実弾訓練をもっと増やします。弾丸は高く、かつ射撃場は限られます。だが、人の命はそれ以上に高く、限られている。時間をかけていいものではない。動かない的を撃つのではなく、人を撃つ事をしっかりと実感させます。狭所戦闘(CQB)の練度を跳ね上げます。加えて装備。あれは半世紀以上ラインナップが更新されていませんね。米軍は五年ごとに刷新しています。技術の代謝は組織の若さを保ちます」


「ふむ。組織の若さか、いい考えだ。だが、予算の問題もある。それは政治家の承認次第だが、中隊としてできる事はないだろうか?」


「あります。情報科の役割は斥候で、かつ、情報の伝達にあります。しかし、同様の役割を持つ空挺との接点があまりにも薄い。もっと協同するべきです。それがきっと練度にも繋がります。加えて、狙撃手としての能力を持っている人間が少なすぎます。情報科は観測主としての技術を持つ隊員が他の職種と比較すると桁違いに在籍しています。なのに、それを生かす環境や状況が限定的すぎる。この二つにもっと力を入れていくべきです」


「だがそれだと業務量や訓練数が増える。どこかが中途半端になると思うが」


「そこで先程の話に戻ります」


「次世代育成の人材の確保か。時系列としては今いる隊員を教育者に育て、その上で技術を使用する幅を拡大していく。自制代の新隊員の技術の幅を増やし、経験も増やすのか。育てるのには時間がかかるが、いやしかし。訓練予算はその後か。やるとしたら今から予算引き上げを打診しながら、教育者を育てる教育隊を発足する準備をするべきだな。時間はかかるが考えとしては正しいか。だが自衛隊は君の言う様に少数精鋭の考えが強い。これはつまり予算不足だ。その考えを情報科で推し進めると恐らく空挺と統合される。予算を単一として設定出来るからだ。そこはどう見る?」


「空挺にはない技術を強化するんです」


「計器類、通信能力か」


「そうです。そこを保ち続ければ情報科としての役割は失われず、逆に言えば空挺と並べるだけの能力に加えて通信技術を持っている部隊に十年以内で育て上げられると考えます。加えて情報科は任務の特性上KLX250(バイク)の操縦訓練を行います。空挺資格がない代わりに走破能力という強みがあります。情報科という確立した部隊を設立できます」


「……いや、君の不安や不満を話をしに来てもらったはずなんだが、忙しい時に済まないが、もう少し詳細に君の意見を聞きたい。正式な書面にまとめてくれないか。必要なら辞令を出すので通常の訓練を休んでもいい」


「了解しました」


「……で、本題だ。君は今後どうする?」


「神谷真理なら、どうするんでしょうね」


「……同期だったね。彼と勝負をしているのかね?」


「勝負になった事なんて一度もありません。いつも背中を追っていました」


「今後も追うのか? 君だってこの前レンジャーを卒業しただろう。まだ勝負を挑むのか?」


「……いえ、もう、しないでしょうね」


「諦めてしまうのか?」


「違います。ただ、少し違うベクトルから世界を見たくなりました」


「警察官を再受験するのかい」


「声を掛けてくださってる人がいまして、そこで世間勉強でもしようかなと」


「そうか。では更新無しだな」


「気にかけてくれたのに、申し訳ないです」


「君の人生だ。気にするな。書類は別日に」


「了解しました」


「うん。大門一士、下がって良し。ご苦労」


「大門一士、戻ります!」


 敬礼をする。

 中隊長も返礼する。

 双方頷き、敬礼を下ろす。

 大門大和は部屋を出た。

 後に彼は自衛隊を任期満了として退職した

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