もちろん、真実の愛ですわ
「タチアナ!俺は真実の愛を見つけたんだ、だからお前とは結婚できない」
「ご機嫌ようアロイス殿下。今日の放課後は生徒会の活動がありますので忘れず集合してくださいね」
「少しは話聞く姿勢見せろよお前」
そうは言っても最近何度も聞かされている内容で目新しさもないからこれ以上反応の仕様がない。
アロイス殿下は私の婚約者で、五歳からの付き合いだ。幼少時から向こうみずで直情的、突飛な言動を度々するからいちいち驚いていられない。
ぐぬぬ、と唸った後、ハッと形の良い碧目を見開いてポンと手を打つ。何か思いついたらしい。
「そうだな、ちゃんと説明しないと分かってもらえないもんな。あのな、お前も知っているだろうが、リヴィアはオーバン男爵の娘でな、小さい時から親の手伝いをしていて…」
解説のフェーズに入った。どうやら「愛する人の魅力を知ってもらって納得してもらおう」という結論に至ったようである。
既知の語りではなかったのでとりあえず耳を傾けてみる。
が、五分でリタイアした。
「ごめんなさい殿下、私これから用事がありますので、そのお喋りは側近のロドリグ様にでもお聞かせ願いますわ」
「あっこら人の話は最後まで聞かないか!」
「時間の余裕がない相手を引き止めるものではありませんわよ」
それはそうかと頷く殿下に微笑んで「ではまたいずれ」と別れを告げる。
後ほど殿下を見かけた際には、提案通りロドリグ相手に嬉々として愛を語っていた。ロドリグが恨めしそうな目を送ってきたので見なかったことにしておいた。
しかし嫌な予感というものは当たるものである。
その後、何度となく私は殿下に「リヴィア・オーバン」という少女についての話を聞かされるようになった。
親想いで気立てがよく、誰に対しても態度を変えることはない、芯の強い娘。ストレートの髪は彼女の心持ちを体現しているかのようで、手触りも良い。
髪に触れたのかと聞けば「彼女の両手が塞がっている時に髪留めが弾け飛んだので結び直してやった」とのこと。どんな状況だ。
気軽に女性の髪に触れるものではありませんわよと懇切丁寧に叱ると、「今度から気をつける」と頷いていた。今まで髪を結わせようとする女に出会わなかったのが裏目に出たか。なりふり構わぬ女の発想というのは実に斬新だ。
気丈な娘ではあるが、体格は華奢で非力、守ってやらねばという印象を抱かせる。実際後ろ盾もないのだ。だからこそ俺がどうにかしてやらねば…。
切々と語る殿下は思っていたより重症だった。加えて何かにつけて「真実の愛」「真実の愛」と連呼してくる。どこでそのワードを刷り込まれたのか聞けば、娘が教えてくれたとか。「運命の人」「真実の愛」「こんなに優しくしてくれたのはあなただけです」全くもって男心を擽る台詞だ。実に面白い。
しかし初回は新鮮でも何度も聞かされればうんざりするのは当然の摂理というもの。
「タチアナ。真実の愛を見つけた以上、俺はお前と結婚することはできない。故に…」
「ところで殿下。殿下は彼女に真実の愛を抱いていらっしゃるようですが、私に対してはどうなのです?」
「ん?どうって…お前のことは好きだけど真実の愛ではないから仕方ないというか…真実は一つしかないし…」
「殿下の仰る真実の愛とは、具体的にどういうことです?」
「どうって。男が女を守ることだろ。それ以外にあるのか?」
「なるほどなるほど。よく分かりました」
「おお。では婚約を…」
「ですがその前に。これまで、私は殿下のお話を何度となく聞き逃して参りました。関係を分つ前に、是非存分に殿下の愛のお話をお聞かせ願いたいですわ。なので、会を開きましょう。とめどない想いを言葉にして表現する会を」
「おお!よくぞ言ってくれた。正直もっと話したいと思っていたのだ」
「ですが、条件があります」
「なんだ?」
「愛を語るのは、殿下だけではありません。皆で、一緒にお話しましょう」
そうして、「真実の愛を語る会」が開催される運びとなった。
参加者は私の知人の中でも口の固い、特に信頼できる面々が集まってくれた。
殿下の側近ロドリグ。宰相の息子エルベール。私の親友メリザンド。伯爵令嬢コレット。騎士見習いヨハン。バズ、レグ、フィルの男仲良し三人組。
貸切の談話室の扉近くには警備の人員もいるから赤裸々な話をするにはバッチリだ。
殿下はワクワクソワソワと話し始めるのを待っている。私が「お集まりいただきありがとうございます。本日は無礼講。ですが、何があろうと、否定したり、蔑んだりするのは禁止させていただきます。では、まずはこの会の発端である殿下から、お話し願います」と振れば、嬉々として語り出した。
例によって、リヴィア・オーバンがいかに健気で、純粋で、応援したくなる少女であるかという力説。
参加者たちは頷いたり、相槌を打ったり、決して邪魔をすることはない。彼らが今何を思っているか、私にはよく分かっている。だから招集したのだ。
殿下は何に阻害されることなく思う存分に愛を口にしている。
しかし時間にしてみればそれほど経過していない頃に、殿下は話を結び終えた。
「…というわけで、ご清聴いただきありがとう。いや…なんというか良いものだな。何にも邪魔されず自分の話ができるのって…」
「良かったですわね、殿下」
「うむ。ありがとうタチアナ。全ては会を発案してくれたお前のおかげだ」
「礼には及びませんわ。だって次は私の番ですもの」
「…ん?番?」
「言ったでしょう。皆でお話するって」
そうして、私は話を始める。
「私が今からお話する、真実の愛。その対象は、ロドリグ様です」
「えっ」
「うわあ」
巻き込むなよ、と小さくぼやいてロドリグが頭を抱えた。対して殿下は呆然と目を瞬かせていたが、やがて衝動的に立ち上がって叫び始めた。
「お、おま、ロドリグのことが好きだったのか!?そんな素振り全然なかっただろ!?」
「まあ。そんなことはありませんわ。これからするお話を聞けばご理解いただけるはずです」
まずは落ち着いて、と諭せば、首を振りながらも殿下は席について傍聴の姿勢を取る。
素直でよろしい、と褒めつつ、私は語り出す。
「ロドリグ様と初めてお会いしたのは、私達が六歳の時でしたわね。殿下の婚約者である私に、殿下をお支えする役目を担ったロドリグ様が、ご挨拶しにきてくださいました。
多少粗はあったけど真摯な礼儀作法。ちょっと反感は見えたけど頑張って保っていた笑顔。端々に対抗心が覗いていたけど丁寧だった口調。思うところはあれど、嫌悪するほどではありませんでした。
それから十年ほど経ち、今も付かず離れず、友達の友達のような関係で居させていただいております」
「それを脱却して結ばれたいってことか…」
「殿下、結論を急いではいけません。ちゃんと最後までお聞きくださいませ」
「す、すまん」
「とはいえもう語ることもございませんので、結論を出しましょう」
「えっ?」
明らかに、熱量のない文面。殿下と比較しても圧倒的に短い尺。
戸惑う殿下に、私は微笑んで告げる。
「私はロドリグ様を愛しています。殿下を共にお支えする―――同輩として」
殿下は、先ほどと同じく形の良い碧眼を見開いて、長い睫毛を何度か瞬かせていたが、先ほどと同じく愕然と立ち上がった。
「ど、どういうことだ、それは!?同輩…同輩…?想い人ということ、ではなく?」
「はい」
「いや、それ…ええ…?ちょっと待て、真実の愛の話だよな?」
「はい。それはもう、私は間違えようもなくロドリグ様を愛しています。同輩として」
「いやだから…ええ…?つまり、友達として好きとか、そういうことでは…?」
「はい」
「それは…愛と呼べるのか…?」
「まあ殿下。会の冒頭に言ったではありませんか。他の方の愛を否定するのも、蔑むのも禁止だと」
「そ、それはそうだが、ううん…」
首を捻り目を回しながら腕を組む。必死で思考を巡らせている時の仕草だ。頑張っていっぱい考えているのだろう、何度見ても温かい気持ちになる。
それでは、私の話は終わりましたので、次の方お願いいたします、と、沈黙して成り行きを見守っていた彼らに話を振れば、目を輝かせ、ついに語りが開始された。
次の話の番は、私の親友メリザンド。深窓の令嬢と評される、優等生。
次こそは、真実の愛として、彼女の婚約者である男の話をするのだろう、と殿下が期待しているのが手に取るように分かる。
しかし、その予想通りには進まない。
「百聞は一見に如かず。こちらをご覧ください」
「これは…写真…?」
「可愛いでしょう!?」
「いや…うん…」
殿下は優しい方だ。真面目にリアクションを取っている。他の者達は自分がこれから話す内容しか頭になく他の者の話などろくに聞いていないというのに。
「だが、これ…犬…」
「そう、もう八歳になるんです。私の誕生日に父上が飼育を許可してくれて、それから学園で寮生活になるまでずーっと一緒で!今でも休日は必ず家に帰って触れ合っているけれど、それでもやっぱり足りないんですよ見てくださいこの毛並み!フワッフワのモッフモフのこの世で一番上等な手触り!ご覧くださいこの綺麗な黄金色!どんな繊維も敵わない、どんな小麦畑もこの色には勝てない!ジゼルちゃんは私が帰ってくると必ず迎えにきて体を擦り付けてきてくれるんです、その多幸感があなたに分かりますか!?」
「いや…」
「分からないでしょうねえ!だってジゼルちゃんのことを一番分かっているのは私ですもの!ジゼルちゃんはね、飼い犬用の餌をあんまり好まないんです、私達と同じものを食べたがるんですよ、でも油分が多いからあんまり良くなくて、結局ジゼルちゃん用に薄味にしたものを調理するんですけれど、それを待っている間のジゼルちゃんの喜びようときたら!フワモフの尻尾をブンブン振って足元に寄りついてくるジゼルちゃんを見下ろした時の満たされる気持ちといったら!」
「おお…」
日頃秘められてきた真実の愛を語るメリザンドに、殿下は心を揺さぶられたようだった。うんうんと頷いて話を聞いている。
しかしちょっと予想より熱量が高かった。このまま行ったら軽く一時間は超える。申し訳ないが、この話の続きは後日請け負ってもらおう。
私は咳払いをして合図をする。我に返った彼女は「…ですので、私は飼い犬ジゼルに真実の愛を抱いているのです」と普段の冷静さを取り戻して告げた。
うむう、そうか…と殿下が腕を組んで呟く。既に絆され始めているが、念には念を。
私は次の番の人に話を振った。
次は、騎士見習いヨハン。
「いやまあ正直理解されるとは思ってないんすけど、こいつの魅力を理解ってやれるのはオレだけだし?でもまあ語ってほしいって言われるならやぶさかではないっていうか?」
彼が懐から取り出したのは、
「…な…ナイフ…?」
「出会いは、そう、三年前。親父が鍛治師から依頼品のついでにもらったもので、別に高価でもなけりゃあ上質でもない。ただ…見て分かるかもしれないけど、この刃の美しさは、煌めきは、他の何も及ばない。オレの手に馴染み、オレの使い方に文句も言わず従順に動くその素直さ…正しく名刀」
「いや…物なんだから文句を言わないのは当然では…」
「アアア!?テメエ何も分かってねえなあ!?手に合わねえ武器とか使い手に反抗心満々の剣とかアんだろうが!?」
「殿下、否定は禁止です。あと無礼講だってこともお忘れなく」
「お、おお…すまん」
良かった。不敬とは捉えなかったらしい。まあ元々そんなに気位が高い性格ではないから大丈夫だとは思っていたが。
ヨハンの勢いに押され、殿下は大人しく話を聞いている。当初その顔には「もはや生き物ですらない」と戸惑いしか浮かんでいなかったが、彼の滔々とした語り口に引き込まれたのか、次第に「ほうほう、それでそれで」と続きを促す姿勢になっていた。
ヨハンもヨハンで興味を示されるのが嬉しいと同時に気恥ずかしかったのか、「まあ、そんなところっす」とキリの良いところで終わらせる。ありがたい見極めだ。
続いては、宰相の息子、泰然としたエルベール。
彼については何の心配もしていない。
私に話を振られ、悠々と頷き、彼は身を乗り出した。長い銀髪が揺れ、殿下より色の薄い青の瞳が細められる。
「…?なんだ…?」
「一目で、分かるだろう?」
「分からん。教えてくれ」
大変素直でよろしい。
率直な殿下に、エルベールはフッと鼻で笑うと、顎を上げて首を傾げた。
「私は、美しい」
「…お、おお」
「私は私を愛する。それが真実の愛でないと、誰が否定できるだろうか」
「な…なるほど…」
口数の多かった先の者達を経て、殿下も慣れてきたようだ。すっかり受け入れの態勢に入っている。
以上だ、と優雅に締められて、私は笑顔でエルベールに感謝を述べた。
続いては、伯爵令嬢コレット。
彼女は、愛を捧げるものを持参していた。
小さな鉢植えにあるのは、棘のたくさん生えた珍妙な緑の塊。
「えと、遠い他の国にしかない珍しい植物なんですけど、一年前にお父様が輸入した品の中でこれを私に賜ってくださいまして…なんと水やりも月に一回程度でいいんです。み、見た目もとても不思議な植物なんですけど、他にも不思議なことがあって…人の言葉が分かるんです。当初私がお世話に慣れなくて、元気をなくしてしまったことがあったんですけど、その時、必死になって応援したら、なんと息を吹き返してくれたんです。本当に、本当に嬉しくて、その後お花が咲いた時なんかは…」
対象が人間でないことももう気にならなくなったらしく、殿下は「へえ〜」と感心して聞き入っている。
人前で話すのをあまり得意としない彼女だが、喋る内容を事前に整理していたのか、一生懸命に演説し、「とっても、おすすめです」と結んで終えた。他の者と違い人にお勧めする意思がある辺り、良識がある。話し終えた後、手元の植物に対して絶えず小声で語りかけ続けているのは微笑むしかないが。
次は、男仲良し三人組。バズ、レグ、フィル。
「おっぱいが好きです!」
「足が好きです!」
「お尻が好きです!」
「女人の前でなんてこと言うんだ貴様らァ!」
殿下、突っ込むところはそこではないです。
キレ気味の殿下を前にして「で、でも好きなように話していいって」「普段は教室の隅っこでヒソヒソ話するしかないから」「今日楽しみにしてたのに」と怯えて三人は私に助けを求める視線をよこす。
「勿論、お好きなように語っていただいて構いませんわ」
「「やったあ!」」
「いや良くないだろ!」
「殿下、大丈夫です」
他の皆、自分の愛に夢中で誰も聞いてませんから。
私に制止され、殿下は首を振りながら渋々口を閉ざす。
「おっきいおっぱい、いいよね!」
「ムッチムチの足、いいよね!」
「でっかいお尻、いいよね!」
「これを我慢しなきゃいけないのか…?!」
愕然と殿下が私に訴えかけてくる。
「というかこれは愛なのか!?ただの性欲じゃないのか!?」
「無礼講ですから。それと、お忘れなく。否定は禁止ですわ」
私の言に調子に乗った三人組が和気藹々と話をエスカレートさせていく。頭痛がするかのように殿下が額を手で押さえた。
「他人の嗜好とかいう興味のない話を延々と聞かされるのがこれほど苦痛とは…!…ん…?他人の話…?延々…?」
何かに気づきかけているようだ。
それを横目に、三人組は声高に語り合っている。
「やっぱり服装によって段違いだよ!」
「俺さあスカートよりボトムスから見える足のが好きなんだよね」
「分かるお尻の線がくっきり見えるやつ」
「礼服姿の時の殿下の尻良かったなあ」
「……おいちょっと待て今なんか変なやついたぞ!?」
三人組に混じってしれっと発言されたものを、殿下は聞き逃さなかった。
「こら!今発言した奴、名乗り出ろ!」
「……年貢の納め時、かな…」
「お…おま…」
殿下が絶句する。
手を挙げたのは、側近である、ロドリグ。
「勘違いしないでほしいが。俺は殿下が好きなんじゃない。殿下の尻が好きなんだ」
「き…聞きたくなかった…」
「そういうもんさ。他人の愛の話なんて」
観念したようにため息を吐き、ロドリグはじっとりとした視線を私に送ってくる。提案したのは私とはいえ自白すると決めたのは自分自身なのだから恨まないでほしい。
「えっボクらの番もう終わり!?魔女っ子シリーズ(著・小説家マルセル)のジャンヌちゃんの挿絵が至高だった話は!?」
「もっと語りたい!歌劇団のパトリシア姫が最高だったとか言いたい!」
「いつもヒモ呼びで甘やかしてくれる三年生のロズリーヌお姉様ぁ!お慕いしています!」
(コレット様をお慕いしています)
「おいちょっと待て今言った奴誰だ」
よく聞き逃さなかったものだ。傍観に徹していた私ですら微かにしか聞き取れなかったのに。
例によって三人組の騒がしい発言の後にこっそり付け足された文言。殿下が発言者を探して見回す。
メリザンドは犬の写真を、ヨハンはナイフの手入れを、エルベールは鏡を覗き、コレットは植物から目を離さず、三人組は好き勝手に話し込んでいる。
ロドリグは肩をすくめ、私は黙って微笑む。
最後に、殿下は彼に目を留めた。
「…先の発言は…お前か?」
「……」
ずっと、談話室の警備として、扉の前で直立していた青年。
穏やかな顔で、彼は、植物を手に俯くコレットに目線を投げると、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「そ、そういうことはもっとはっきり言わないか。聞こえないだろう?さあ、コレ…」
「殿下。どうかおやめください」
「しかし」
「私はただの雇われの身。あなた方とは、身分に大きく差があります。決して成就することはないのです」
「そんなのやってみなければ分からないだろう。愛しているのだったら、何としても…」
「殿下。想いを告げないのは、私の愛の形なのですよ」
「な…」
「かの方は、とてもお優しい。私のことを知れば、きっと心を割いてくださるでしょう。ですが、私はそれを望みません。かの方が、毎日を健やかに、幸せに過ごす姿を目にできるなら…その隣に私は必要ないのです」
「…それも…愛だというのか」
「はい。私にとって、紛れのない真実。ですから、どうか…ご内密に」
「…そうか」
愛を秘めるのも、また愛である。
そう学んだ殿下は、口を閉ざして腕を組み、視線を落とす。
「真実の愛」という言葉の意味を、鑑みているのだろう。
目的を達成した私は、会の終結を宣言するべく、挨拶に入った。
後日。
殿下は、男爵令嬢リヴィア・オーバンに問いかけた。
もし結婚する場合、己は王太子という地位を放棄することになる。一緒になるにはそれしかない。それでも構わないかと。
すると、彼女は否定した。
王妃の座に就けないのなら、あなたと生きることはできないと。
そうかと頷いて、殿下はリヴィアとの関係に区切りをつけた。
「結局…彼女は俺を愛してはいなかったのだろうな」
「いいえ。そうとは言い切れませんわ」
「その心は」
「彼女は殿下の王太子という地位を愛していた。対象が人でなかろうと、愛という感情に違いはないでしょう」
殿下の方にしても、リヴィアに対しての感情で主に占めていたのは「応援したい」とか「親のために頑張る彼女の力になりたい」とかで、性的対象というより支援に重きを置いた感情だったのだし。本人が自覚していたかどうかは曖昧だが。
「…お前はいつも俺を支えてくれるな」
殿下は苦笑してから、ふと表情を真面目なものにする。
「…タチアナ。お前には迷惑をかけた。先の会に参加して気づいたが、確かに、自分が好き勝手に話すのはとても心地良い。しかし、聞き手からしてみれば。興味を持てない他人の話に付き合うのはとても辛いことだし、場合によっては相手を傷つける。だから皆、どれほどの熱量の愛を抱いていたとしても、不必要な時は表に出さないようにしている。不適切にならぬように。相手を、思いやるために。それでもお前は何だかんだ俺の相手をしてくれた」
「お気になさらず。いつものことでしょう」
むしろ成人前にこういう経験をする場を与えてくれて彼女には感謝したいとすら思っている。
そうか…と頷き、殿下は「改めてにはなるが」と言い出した。
「これからもお前には苦労をかけると思う。しかしその度、二度と同じことは繰り返さぬよう努める。こんな俺で良ければ、将来を共に生きていってほしい」
「言われるまでもありませんわ」
五歳の時から、形の良い碧眼と初めて目を合わせた時からずっと。変わることはない。
王子で、幼馴染で、私を王妃の座に就かせてくれる、向こうみずで直情的で、でも素直で、扱っていて実に微笑ましい、私の婚約者。
「…ところで…先の理論を踏まえると。今更何をと思うかもしれんが、俺は、お前を愛している。俺を見離さず教え導いてくれるお前は、かけがえのない人だ。間違いなく、真実として」
「あら、嬉しいお言葉ですわね」
「それで、一応聞いておきたいが…お前の方は、俺を愛しているか?」
「まあ。それこそ言うまでもないでしょう」
私は微笑んで、殿下への答えを口にした。