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魔羊ネエネエと獣人さんの国  作者: 豆ははこ
第二章 黒、白、青。モフモフ三人組、獣人王国へ。

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22-モフモフ三人組、宮中医師と会話をする。

「では、国王陛下、皆様、ご退出をお願いします。宮中医師殿にはお残り頂きたいのだが、よろしいかな」

「わたしたちにお伝え頂きたいことなど、なにかがございましたときには、邸宅宛に紙の蝶をお願いいたします」

「こちらからも、必要なときには紙の鳥さんを送りますですねえ!」


 ガウガウ、ピイピイ、ネエネエ。

 獣人王国の王族の密談用の小部屋。

 モフモフ三人組は、それぞれらしい言葉で国王陛下、王妃、姫君を見送っている。


「畏まりました。この度は誠にありがとうございました」

「どうぞよろしくお願い申し上げます」

「明日の朝、必ずや皆様をお待たせしませぬときにうかがわせて頂きます」

 国王たちの姿は、御使い様方への謝意に満ちていた。


 通常であれば高位が先で下位があと、となるのだが、魔女様方の御使い様である三人組は依頼という形で国王たちに先に退出をしてもらったのだ。

「はい、こちらに控えてございますので、後片付けは私が」

  国王たちの退出後、御使い様たちにこうお答えした宮中医師には、在室のご指示の理由は分からなかった。

  むろん、残らないということはあり得ない。そこで、せめて、と思うことをお伝えしてみたのだった。


「いや、手……肉球などは足りているのだよ。この背嚢に入れ、邸宅にて皆で片付ければあっという間であるのだ」

 肉球を振り、こう答えたのは、ガウガウだ。


 御使い様方が、当たり前とばかりに黙々と卓の片付けをされ、清浄魔法をかけるなどもなされている。

 この光景をただ眺めているというのは、魔女様方の偉大さを知るものにはなかなかに苦しいものであった。


「ええ、すぐに終わりますからね。そうしましたらわたしたちの話にお付き合いください」

 歌うように華麗にこう話すのは、ピイピイ。 


 しかし、御使い様方にこのように仰られては、お待ち申し上げるしかあるまい。

 獣人王国一の医師であり魔法医師。それ以外には自分に誇れることはなく、先祖が大罪人であるという自覚を強く有する人族の宮中医師、斑雪(はだれ)


 彼は、ただひたすらに緊張をしていた。

 その背筋をぴしりとさせているもの、それは、皆様方をご案内するという任務を必ず果たすのだという責任感である。

 敬愛する姫君から託され、尊敬する国王陛下、王妃様から許された責務。必ずや、だ。


「わたしたちはのんびり動きましょう」

 実際は、ピイピイの言うとおりであった。

 国王に促され、遠くに位置していた宮中騎士団員たちも下がっているため、三人組と宮中医師は緩やかに移動すればよい。

 しかも、茶器などをそのまま入れても形状の変化が見られない不思議な背嚢の存在。

 恐らく、御使い様方の御為にと偉大なる魔女様方がご用意なされた品々なのであろうと気付いた魔法医師であった。

 室内の整えについては皆様方にお任せするべきと理解でき、ようやく安堵をした、そのとき。


「壁の穴さんはちゃんと塞がっていますねえ。精霊さんがさようならをしたときもでしたが、壁に魔力で穴をあけて、ある程度の時間がきたら塞ぐ、でも、音は漏らさないのですからねえ。王女様、女王陛下。すごい魔法を使われますねえ」

 ネエネエからの、声がけである。

 丁重にお答えをいたさねばと、宮中医師はたいへん丁寧に答えた。


「はい。ほんとうにご立派で、魔力も知力も体力も、それ以上にお心が卓越しておられたと聞いてございます」

 小部屋に残された、魔力を通すことで精霊の通路ともなる穴。排煙のためという本来の用途と同時に、防音の魔法をも生じ、時がくればその穴がしぜんと塞がるのである。

 しかも、千の時を超えたであろう今も、魔力が現存しているのだ。素晴らしきことである。


「宮中医師殿、二人が言うように既に国王陛下とともに皆が下がり、穴も塞がった。そして、ここには我らのみ。よって、姫君の真のお姿、それに関連するのであるが、お体に呪いの症状らしきものが初めて現れたときのことを宮中医師殿に確認いたしたいのだが、よいだろうか」


 これが、主眼であられたのか。

 そう感じた宮中医師は、姿勢を正す。


「なんなりと。最初に症状がお出になりましたのは、我が先祖、と敢えて申し上げますが、王女殿下でいらした初代女王陛下に呪いの薬を処方した魔法薬師の生国、花の国のご使者が我が国にみえた日にございます。姫君も小柄ながら真のお姿になられ、式典に臨んでおられたのです。そして、あれは、あまりにも突然でした。主産業たる花の束を頂くという、大事なとき。まずは、(くしゃみ)。さらに、鼻水、涙。小柄とは申しましても真のお姿であられましたために、量や音も多大。姫君はそれでも花の国のご使者に伝わることのなきよう魔力にて隠匿をされまして。ご立派にございました」


「それは、まこと、王族として称賛されるべき素晴らしき姿勢である。素晴らしい。あちらの国の主産業は国の名のとおり、花の生産であるのだな」

 ガウガウが姫君を褒め、宮中医師は会話を続ける。


花卉(かき)農業が主産業で、薬草と、魔法薬のための魔草も。国の紋章も百合にございます」

「百合。宮中医師殿の香りですね」

「左様にございます。こちらは、この国では我が一族のみに伝わります百合の花で、ある場所にて育てております。特別な百合の香なのであります」

 そう、ほのかに香る百合の香。

 それは、王国においては、宮中医師の一族のみが育て、好むもの。ゆえに、一族のみが用いる香りである。

 百合の花の成分が身体の毒となる種族の獣人もいるため、万が一のことがないようにと、宮中医師の一族が細かな配慮にて調香をしたものでもあった。

 医師であり、また薬師である人物も多い一族ならではの、(ほの)かな香りの水だ。


「女王陛下の御代に獣人王国と生国との交易が再開されましてのち、時を経まして、我々の一族もあちらの国との行き来を認められたのです。それ以来、一族で使用しております。特別な百合はもともと一族がある場所にて育てておりまして、香としましたのは初代女王陛下の崩御なされました頃であるようです」

「人族の王子様のお花の国には、百合さんがたくさんなのですねえ」

「もちろんこの百合とは異なりますが、百合は、花の国を代表されます花にございます」


 ネエネエには何か思うところがあるようだった。

 然しながら、大丈夫ですねえ、とガウガウとピイピイの二人へと羊蹄を振る。  

 これは、このまま会話を続けてほしいという意味だ。

 二人には、そのことは、すぐに通じた。


「失礼、続きを」

 そこで、ピイピイが促す。


「それでは。姫君は一時下がられたのち、真のお姿でいらっしゃるのは難しくなられましたため、人型のお姿で事なきを得られました。その後は私ではなく宮中薬師殿がおそばに」

「姫君のその症状が初代女王陛下のそれと近いものであることに気付いた宮中薬師が適切な治療を行わなかったということかな」

「可能性はございます、が、あの方は薬師としてはたいへんに優秀な方。矜持(きょうじ)からも、そのようなことはなさらないと思いますが」

「あのようなことを言われましたのに」

 ピイピイがこう言うと、二人もうなずく。


 だが、宮中医師はとくに問題はないという表情をしている。

「お気持ちを想像できるところはございます。女王陛下に呪いを放ちましたものの末裔を忌避されますのは、仕方ないことかと。あの方は、人族に対しても女性と子どもはもちろん、男性であっても、病人にはお優しいのですよ」


『嘘偽りのない言葉だ』

『あのとき、ぼーん、と兎さんを飛ばさなくてよかったですねえ』

『そうですね。それでは続きをうかがいましょう。次はわたしが』

『はいですねえ』

『うむ』


「そういえば、百合は猫族の獣人殿には危険なお花では?」

「はい、そうです。ですから、式典に列席する方に猫族の方はおられないかという照会は先方からもございました。此度の機会に出席されました獣人王国の皆様には猫族の方はおりませんでしたので、百合も式典会場に飾られましてございます」

「ありがとうございます、質問を続けますね。確か、呪いの症状と似たものが王族方から発症されましたのは王女殿下から数えまして約百年後。そのあとは十年後、などに数回でしたか。当時即位しておられましたのは、初代女王陛下。獣人といたしましてもご長命な竜の獣人であられましたので、陛下の在位中でいらっしゃいました。そして、今回は何代も変わられまして、数百年ぶりの発症。さらに、女王陛下ではない八代目国王の御代に、陛下が王女殿下でいらしたときのごとき強い症状が、ということでよろしいでしょうか。まさに、陛下のご症状の再来と言うがごとくに」

 ピイピイの知識は、すさまじい。


 ネエネエもガウガウもかなりの知識は学んできたが、さすがは山の魔女様の従魔、ピイピイである。

 宮中医師の表情も感嘆そのものであった。

「そのとおりにございます。女王陛下の御為の薬でこれまでは対応ができておりましたそうです。我が国のことをよくぞ斯様にお調べくださいましたこと、誠にありがとうございます」


「薬は確かに効いていたのですね。そして、初代女王陛下のような極端なご症状は、今回の姫君が初めてであり、竜の獣人がお生まれになりましたのは獣人王国におかれましても、女王陛下以来の慶事なのでは? もちろん、後者につきましては、ですが」

「ご明察にございます。竜の獣人にはあられませんでしたためか、王族の皆様は嚔、鼻水、涙、痒みなど、いずれか一つの症状が苦しいというご症状にあられました」

「ならば、その一つ一つに合わせた対応での対処が可能であったと」

「仰るとおりにございます」


 ここで、ピイピイが少し言葉を休み、ネエネエが質問をした。

「そのときは、お花の国の人たちはいなかったですかねえ」

「はい、先に申し上げましたとおり、商売上のやり取りは早期に再開されましたが、大きな交流が復活いたしましたのは女王陛下が身罷(みまか)られましてのちのことにございますので」

「分かりましたですねえ」


 これに続くのは、ガウガウである。

「王族以外には、竜の獣人はおられず、歴史的にも女王陛下と姫君だけという認識でよいか?」

「間違いございません。私も宮中医師の拝命までに図書の館の歴史書など、すべて閲覧いたしました」

「ほう」

「素晴らしいですね」

「ですねえ」


 竜の獣人。

 それは、極めて稀な存在である。

 竜と竜から生まれるのではないため、卵ではなく母体より生まれる存在。人型への変化が可能であることも、獣人と呼ばれる所以だ。

 他の種族とかかわることが少ない竜たちと親しくしていた獣人がかつての王国に存在していて、体内の魔力に竜の影響を受けたのかも知れない、とする学者もいるが、詳らかにはされてはいない。とにかく、それほどに少ない存在である。


 また、竜人は、竜の姿を尊いものとする。

 よって、人型となる場合には、自身の姿を残した人型ではなく、ほかの人族へと変身、変装をするかたちで変化をするのだ。

 竜人が自身の姿を残した人型になるのは、よほどの事情があるときのみである。


「当時の王女殿下が飲んでしまわれた呪いの薬を再現することは、いかがかな」 

 宮中医師は、首を振る。

「それは、かないませぬ。すべての薬、記録など、魔法薬師自身が灰にしておりましたそうでございます。また、ほかの記録につきましても、王子殿下のご指示により焼却対象とされたそうです。ただし、魔法薬師の遺骸とごくわずかな遺品は、初代女王陛下のご恩情により獣人王国にて埋葬させて頂いております」

「遺骸と遺品を。初代女王陛下のお心の、なんと素晴らしきことでしょう。それならば、調べられますものは当時からこれまでの獣人王国の対応でございますね。やはり、図書の館に連れて行って頂くのがよいということでしょう。そうでした、謹慎中の宮中薬師殿が姫にお出しした薬は?」

「まことに。そして、そちらは確保してございます。調薬方法も確認できます。また、姫君ご自身も保管をしておられました」


『なるほどですねえ、遺品もなのですねえ。初代女王陛下のお心遣いはすごいですねえ』

『ええ、ほんとうに。さて、これだけお話ができましたら』

『うむ、図書の館へと移動をする、でよいのではないか?』

『はいですねえ、大丈夫ですねえ!』


 それならば、とガウガウが確認をする。

「宮中医師殿。図書の館に向かうのはこの小部屋を出て、このまま外に出ずに進んでもよいのだろうか」

「御使い様、そのとおりでございます。邸宅にも、図書の館から通路を繋いでいらして頂けますので、皆様にたいへんにお似合いの藁沓は、そのままお召しくださいませ」

 ガウガウは、その説明に満足をした。


 そこで、宮中医師にこのように伝えたのである。

()()殿()、今この時より、我々のことは名前で呼ぶことを認めたいのだが。獣人王国の方々は役職がある方はそのようにという取り決めがあるならば無理にとは申さぬが」

「いえ、役職で呼び合いますのは、かつての獣人王国の獣人たちは毛の色や目の色、魔力の気配から個人を識別しておりました名残にございます。ですから、皆様に名をお呼び頂くことには些かの支障もございません。多大なる名誉にございます。ですが、私が皆様を、といいますのは……」

 あまりのことに、狼狽をする宮中医師。


「じゃあ、ネエネエたち偉大なる魔女様方の御使いが、獣人王国宮中医師にして宮中薬師代理であられる斑雪殿にネエネエたち三人の名を呼ばうことを許しますですねえ!」

 やはり、このネエネエの明るさは、周囲を照らす。

 二人も、ネエネエに続くようにして、言う。


「うむ。同格たるガウガウと」

「ピイピイも、許可をいたします」

 ネエネエは、笑顔。

 そして、二人もまた、笑顔である。


 魔女様方の御使い様から名呼びの許しを頂いたこと。これは、宮中医師が宮中薬師の代理を務めると決定をしたことに異を唱える者がいたときに、大きな後ろ盾となることだろう。

 獣人王国に潜む人族の差別主義者よけということにも、三人組は考慮をしているのかも知れない。特に、白き魔熊、ガウガウは。

「では」

「はい」

「ですねえ」


「畏まりました」


 宮中医師斑雪の心は決した。


 感謝の気持ちを込めて、深く、深く一礼。

 そして、三人組の魔力を背に受け、小部屋の側壁に触れ始める。

『こちらでございます。宮中医師が医学書を持ち出す際には図書の館への秘密通路を使用することを許されておりますので、この側壁を宮中医師の秘密通路にお繋ぎいたしました。本来の入り口は、宮中内の私の私室からとなりますものです。先ほどお話がございましたとおり、邸宅からの秘密通路は存在いたしませぬが、御使い様方であられましたら、図書の館と邸宅に到着なされましたのちに、転移陣をお描きあそばされましたらよろしいかと』


『ありがとうですねえ! じゃあ、これ、あげますねえ!』

 ネエネエが背嚢をおろし、羊蹄を入れる。そして、宮中医師へと、二枚の魔法陣を差し出した。

 魔法店の店主とともに再現をした、あの魔法陣だ。


『これを使うと、宮中の門の近くに飛べますですねえ。裏に返して使いましたら、商業街の近くに飛べますですねえ。二枚あげますから、何かのときに使うといいですねえ。もとはお姫様が描きました転移陣ですから、御使い様の陣ではないので大丈夫なのですねえ』

 獣人王国の姫が描き、魔法法律家と御使い様が復元なされた魔法陣。

 当然だが、かなりの価値である。


「よろしいの、ですか?」

 ひじょうな価値の魔法陣。

 こういうときはこの御方だ、と宮中医師はガウガウを見る。

「ふむ。斑雪殿ならば大丈夫だろう。ネエネエはきちんと相手を見ているのでな。ちなみに、返してもらったとしても、もう其方以外のものには使えぬぞ。御使い様が宮中医師殿に差し上げたことを、魔紙がそう認識をしたのであるから」

「そうですね。そちらは服の隠しに入れても大丈夫ですよ。丈夫な魔紙ですから」


「ありがとうございます、ネエネエ様、ガウガウ様、ピイピイ様」

 力強い言葉で礼を言う宮中医師が隠しに手をやるのを見たピイピイは、改めて念話で伝えた。

『斑雪殿が既に隠しに入れておられます()()()()()、そちらを包むとよいですよ』


「皆様、誠にありがとうございます」

 宮中医師は、特にピイピイの青い姿に向けて、深い礼をした。


『宮中医師さんに何かお話をしたのですねえ?』

『はい、お二人にもいずれ、お話ができますときに』

『うむ、では、そのときに』 

『ですねえ!』


 きっと何か大切なことを伝えたのだろう。そう、ピイピイなのだから。

 ガウガウもネエネエも、それ以上は聞かずにそれぞれの背嚢を背負う。

 ピイピイの背中には、もとから小さな青い背嚢がのせられている。


「では、お願いいたそうか」

 ガウガウがこう促す。


「承知いたしました」

 宮中医師斑雪は、その言葉に、強い意思を込めた声で答えた。



 ※花卉……鑑賞の対象とされる草花のことです。

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