第88話
「ナニこんなところでぼやぼやしてるんだい?」
アンコール前、セイガの方へと海里が近付いて来た。
いつの間に着替えたのか、いつもの赤いドレス、戦闘服姿だ。
「や、ぼやぼやはしてないですよ?」
右手を振り上げながらセイガ、会場はずっとコールと拍手で暗転した世界を動かしている。
「こんな端から見てないで、欲張りなよ、ファン第一号なんだろ?」
がっしりと、腕をセイガの首へと回す海里、とてもいい匂いがした。
「ああ、でもそれは……」
「そうだね、望まないと手に入らないものだって、争わないといけないことだって……世の中には沢山あるからねぇ」
キナさんも面白そうにセイガの肩を揺らす。
「ええ!?」
「ボクも、たまには強引なのもいいと思いますよ♪」
ノエくんまでもが手を振り、セイガはまだ暗い会場の中を海里に引き摺られ、最前センターまで連れてこられてしまった。
「セイガさん、ここ、特等席です……絶対違う景色が見れますよ♪」
セイガの隣に、一歩早かったのかメイが入り込む。
「そう、やっぱりセイガ氏には特等席で見て貰わないとね、ここからは☆」
海里の口ぶりは何かまだ隠していることがありそうな感じだ。
セイガがそれを問い質す前に、会場に照明が灯った。
「アンコールありがとうございます!
……ぁ」
夢叶がステージへと舞い戻る。
本公演とは異なり、白地にプリントの入ったTシャツに、羽根のように布に切り込みを入れた白いミニスカート姿。
前半の黒と今回の白、どちらも夢叶に似合っていた。
ちなみに、セイガは一瞬夢叶と目が合った気がして
さらにちょっと照れているようにも見えたのだが、おそらく勘違いだろうと思うことにした。
そもそも自分の方がずっと照れているからだ。
「折角アンコールも頂いたコトですし
もう少しだけ」
『ちょっと待ったぁぁ!!』
突然、マイクを介した大きな声が会場に響く。
何かの演出かと会場がざわつく中、海里がステージ上へと颯爽と現れる。
「海里!?」
『折角って言ったよね?
だったらここは特別に私と勝負をしようよ!』
当然、そんな展開は夢叶達の予定にはなく、バンドメンバーや舞台袖のスタッフを含め、大いに慌てることとなった。
その隙に海里が夢叶に近づき
「ユメカさんってあの時の『コトコ』なんでしょ?」
そう小声で耳打ちすると夢叶はさらに狼狽した。
以前ユメカはレイミアのいる枝世界で謎の新人歌手コトコとしてレイミアと一緒に歌ったことがあるのだが、それを海里が知っているということだった。
「え?え?」
「だったら……私とも一緒に歌ってよ」
『私は『夜明けの青月』で歌の勝負を挑むわ!』
海里の高らかな宣言に会場も一気に沸く。
レイミアとコトコが歌ったこの曲についてはワールドでも人気で結構な人間が知っていたのだ。
(勿論、コトコの正体が夢叶であることを知っている人間は殆どいないのだが)
「ええと……」
「いいんじゃね、面白そうじゃん」
まさかのラザンがその挑戦を認めていた。
実はそもそもアンコール一曲目は夜明けの青月にする予定で、そこでこっそり偽名の件の口止めをするつもりだったのだ。
「お、ラザン分かってるじゃん♪」
「折角のデュエット曲だ、ふたりで歌う方がイケるだろ?」
この展開に会場の熱気も跳ね上がる。
セイガもまさかの対決に心が熱くなっていた。
「……わかったよ」
「よっしゃあ!」
「それじゃあ私が『コトコ』パートで」
「私が『レイミア』パートだね
負けないよ!」
「私だって……
絶対負けないもん!」
ふたりが距離を置きながら前を向く。
拍手と歓声が荒れ狂う戦場で、ふたりの歌い手が戦闘態勢を取る。
間近でそれを見上げるセイガも息を飲む。
これは熱い戦闘になる、そう確信していた。
決戦は、ラザンが奏でるギターの演奏がはじまりの合図となる。
イントロの流れる中、夢叶は目を瞑り
海里は天井を見上げた。
そして……
ふたりの競演が始まる。
夢叶の歌は、まっすぐに人の心に届くような鮮やかな声だった。
以前に聴いた時よりも、格段に上手くなっているのがセイガにも分かった。
それにテンションが最高潮なのだろう、会場全体を圧倒するような、そんな迫力も見せている。
一方海里もまた、本家に挑むだけあり、とても熱い歌声だった。
朝日というよりは、真昼の太陽のような激しく、聴く者の心を燃やすようなとんでもない歌だ。
そんなふたりの掛け合いは続き、お互いに引かない。
全力の歌が、会場へと放たれ、そこはまるで音の嵐のようだ。
ただ、激しくも美しく。
熱くありながらも、調和の取れた最高の状態だった。
ふたりの実力はほぼ互角、ここまで海里が歌がうまいのを知らなかったので、セイガもまたふたりに圧倒されていた。
そうして、完全に振り切りながら曲が終了。
その達成感に歌ったふたりだけでなく、会場全員が感動した。
「あははっ
スゴイね、海里……サイコーだよ♪」
「……ま
こんなもんよ?」
満面笑顔の夢叶に対して、海里は右手で王冠を支えながら軽く俯く。
セイガには分かる、海里は本当に夢叶のファンだから……
おそらく泣きそうなのを必死で堪えているということを。
「勝負なんてどうでも良くなっちゃったね?
どっちもサイコーだったよ!」
「ああ、今回は引き分けだね」
改めて、ふたりが握手を交わす。
その美しい光景に会場の拍手と歓声も鳴り止まない。
しかし
それは突然現れた。




