第86話
会場には小さめの音量で、軽快な曲が流れている。
これもユメカがセレクトしたものだと、セイガは事前に聞いていた。
この日に向けての様々な準備、ユメカは勿論仲間に協力して貰いながらも自分自身の希望でライブを作り上げることに拘っていた。
そんなユメカの想いに満ちたステージが今……
始まる
流れていた曲が不意に止み、静寂が会場を包む。
観客とステージを仕切っていた緞帳がゆっくりと上がり、準備を既に終えたユメカ以外のバンドメンバーが待ち構えている。
この時点で会場からは大きな拍手と歓声が鳴り続いている。
それに応えるように演奏がスタートする、これはセイガも聴いたことのある曲目だった。
そして、舞台袖から跳ねるように軽やかな足取りで夢叶が登場する。
黒と紫を組み合わせた黒鳥のようなドレス、髪は後ろでひとまとめにして肩から前へと流している。
アレンジされたイントロが一旦止まると、静寂の中、夢叶に皆が注目した。
「さあ、新しい世界に!」
右手を振り上げる
「行っくぜ~~~~!♪」
演奏が再開、これは彼女が敬愛する歌姫…
『レイミア』の代表曲、「NEW ∞ WORLD」だ。
激しく、それでいて綺麗なメロディ、それに乗せて、夢叶の歌声が炸裂した。
彼女の歌は、見上げるセイガの心に直接突き刺さる。
はじめての出逢い、その歌声を聴いた時からセイガはその美しさと、心揺さぶられる音に感動していた。
そして今、この初の舞台で改めて見る夢叶の姿……
これが、本当の夢叶なのだとセイガは実感した。
そうして、大きなミスも無いまま、一曲目が終わり、夢叶が一歩前に出る。
「皆さん!”夢叶”1st LIVE 『DREAM』へようこそ!」
夢叶が大きく頭を下げる。
そう、今の彼女はアーティスト『夢叶』なのだ。
アーティスト名をどうするか、彼女なりに色々考えた結果……
大切な人が名付けてくれた本名の漢字そのままにすることを決心し、使うことにしたのだ。
「こんなに沢山の皆さんに迎えられて、私は本当に幸せ者です
その期待に応えられるよう
全力で最後まで歌いたいと思います!
さすがに全曲オリジナルは難しくて
まずはカバー曲だったけど
次は初披露の曲になります!」
再びの歓声、夢叶は大きく息を吸うと
「いくよっ♪」
と可愛く囁いた。
続いてのオリジナル曲は疾走感の強いものだった。
ステージ全体を動き回る彼女もまた疾走しているようで、観客も腕を振り上げ、間奏中は掛け声を上げたりして大いに盛り上がった。
さらに次の曲も可愛らしいナンバーで会場のボルテージは確実に上がって行く。
「あはは♪
ライブって本当にいいですよね
私もよく好きな人のライブに行くんですけど
その度に幸せとパワーをいっぱい貰って
生きてて良かった~って実感するんです
続いてはそんな私の大好きな人達の曲を
カバーさせて頂きましたので聴いてください♪」
そして流れたのは軽快で楽しそうな曲だったのだが、それを聴いた途端、瑠沙が大きく驚いた。
「コレって私の曲じゃん!」
予想もしていなかったので驚きも尚更だ。
「あはは、ワイは打診に気付いてたから知ってたけどね」
アーティストとしての瑠沙のプロデューサー兼作曲者の海里が微笑む。
元々瑠沙を驚かそうと学園経由でこっそり許可を取っていたのだ。
そんな夢叶の可愛らしい声と仕草に合わせて会場の面々も振りに合わせて楽しく踊った。
さらに次の曲は
「うわ、今度はあたしの曲っすか」
別の枝世界で活動しているセスのものだった。
颯爽とした雰囲気で高速のメロディを歌いあげながら夢叶がこっそりウインクする、小悪魔のようなその笑顔に会場も魅せられていた。
続いては打って変わってレイミアの曲、しかも
「これは『鎮魂と再生の歌』……か」
セイガが息を飲む。
夢叶の歌は、曲によって色が全て違う。
まるで魔法にかかったような歌声にセイガは驚嘆するばかりだった。
見上げる夢叶の美しい横顔、どこか遠くの世界を見据えるような視線。
セイガは憧れと共に、寂しさのようなものを胸の奥に感じた。
それは歌詞の内容ともリンクしていて、ついセイガの瞳には涙が……
沁みる目をタオルで拭きながら、セイガは無言で曲を聴いたのだった。
「ふぅ……
ありがとうございました」
拍手の中、夢叶がゆっくりと頭を下げる。
その後はレイミア他、曲の紹介を改めて夢叶が行い、この場にいた瑠沙とセスも驚きと共に歓声を受けることとなった。
「さあ
ここからはオリジナル曲が続きますよ~♪
聴いてください、『夕雲色』」
静かで温かい演奏、綺麗な夕暮れの情景が浮かんでくるような、歌声。
じんわりと、心が癒される。
しかし、次は全くイメージの異なる、ハードで突き刺さるような歌詞とメロディを感じる曲になる。
オリジナル、ということは夢叶の想いが直接現れているのだろう。
セイガも確かに、夢叶に対して闇のような、心の中にある黒い一面を感じることもあった。
可愛いだけじゃない、明るいだけじゃない。
よく笑う、その笑顔は勿論嘘ではない、本心の発露
でもきっと彼女の笑顔の土台には、人には言えない色々な感情が詰まっているのだと、思わせるような曲たちだった。
最後の曲もまた、とてもカッコいいのに、不思議と憐憫や皮肉を織り交ぜたような曲調だった。
でも、セイガの心には、すっとその歌詞が入り込んできた。
何故だか、それが嬉しくて、セイガはその曲が終わった時、これまでで一番大きな拍手を送ったのだった。




