第85話
そして、記念すべきユメカの初ライブの当日。
空が茜色になり始めた港街ファルネーゼの新市街、会場のライブハウスの前には公演を待つ様々な人達で溢れている。
その中のひとり、セイガは思った以上の来場者に驚いていた。
「あはは、こーゆー場所は初めてかい?」
セイガの様子を気遣って、隣りにいたリチアが声を掛ける。
「ええと、らいぶ?というものは何度か来てみてはいるのですけれど、この場所に来たのは初めてです、ファルネーゼにもこんな場所があったのですね」
ただ、いつもなら傍にいる筈のユメカが、演者側ということで近くにいないのがすごく不思議な感じで、嬉しくも寂しいセイガだった。
「ボクもこっちの方まではあまり足を伸ばさないから知らなかったなぁ」
ユメカの晴れ姿ということで、ちょっとだけオシャレをしてきたメイも微かに心細そうにしながらセイガの傍から会場を見上げた。
「ああ、こちらは新市街だからね、アタイらのいる旧市街と比べると新しい感じ、だろ?」
リチアのお店、オリゾンテや上野下野の楽多堂はオリゾンテの中心地である、旧市街の方にあり、セイガ達も自然とそちらを馴染みとしている。
中世から近代の雰囲気を持つ旧市街に対して、新市街はもう少し新しい、ネオンライトに照らされた姿をしていた。
「そうですね、どちらの街並みも素敵だと思いますが、ここを会場にしたのはユメカらしいなぁ……と思いました」
どことなく、雰囲気が以前に4人で行った場所に近かった。
「うん、ゆーちゃんっぽい」
「この街は元々あった旧市街と、街が大きくなって新しく人が増えてから出来た新市街に分かれていて、街全体は有力者である5人の顔役が治めてんだよね」
言われてみると、確かにこの街には町長がいない。
きっとその顔役という人達が代わりに尽力しているのだろう。
「ちなみにリチアどんはその顔役のひとりじゃぞい」
いつの間にか上野下野がリチアの後ろにいて、その肩を丁寧に揉んでいた。
「ま、そうなんだが『リチアどん』ってのは一体なんだい?」
「やあ、街のボスである『ドン』とかけてみたんじゃが、可愛くてよかろ?」
「ふふふ、私も今度使ってみようかしら? リチアどん?」
さらにレイチェルまで楽しそうに輪に入ってきた。
セイガの聞いた話では、この3人はかなり昔からの知り合いらしい。
笑い合う3人の姿を見ると、その片鱗を感じるし、セイガも嬉しくなる。
「あ、そろそろ開場するようね、みんなちゃんとチケットは持ってる?」
レイチェルが紙片を取り出す。
今回はユメカがデザインして印刷、整理番号は直接ユメカが書いて、サインまで付いた特製のチケットだ。
ユメカの力の入り様がここからでもよくわかる。
因みに、今回は完全な抽選ではなく、良番はメンバーに近い人物に直接本人から渡されている。
なので、
「1番……」
「2番、絶対前から見れちゃうね♪」
セイガとメイが最初の入場者で、レイチェル達やシックストからの客人、海里達もいい番号となっているのだった。
セイガは胸を高鳴らせながら、会場の入口へとメイを守りながら進んだ。
一方その頃、楽屋内では落ち着かない様子でユメカがぐるぐると歩いている。
「わ~~~わ~~~わ~~~!」
しかも奇声を上げているので周りの人間もなかなか冷静になれない。
「静かにしろよ、こっちの気も散るだろうがよっ」
額窓で動画を見ていたラザンがキッと睨む。
「だって~、ドキドキが止まんないんだよ~!」
マギーとフラジールは気にしていないようでそんなふたりの様子を見守っている。
「そーだそーだ、俺っちも叫びたいぜ!」
シンクロウが立ち上がるが、即座にマギーに止められ椅子に落とされる。
「ははは、シンクロウ可哀そう、でも私も落ち着きゃなきゃだね」
大きく深呼吸、怖さもあるけれど、それよりもこれから起こる様々なことを期待して爆発しそうなユメカだった。
(セイガも大きな戦いの直前とかは、こんな気分なのかなぁ?)
ふとユメカは、セイガが誰かに挑む前には、いつも同じ名乗りを上げていたことを思い出す。
(沢渡夢叶、参る!……とか?)
そんな自分ににやけながらも、少しだけ冷静になる自分にも気付いた。
「どうしよう、このテンションだとライブ中におだっちゃうかも?」
「おだつなよ?」
ラザンが釘を刺す。
『おだつ』というのはユメカが生まれ育った場所の方言で
『調子に乗る、テンションが上がり過ぎている』などの意味を持つ。
ユメカ的には所謂『嬉ション』みたいなニュアンスも込めて使っているのだが…
そんな言葉をラザンは何故かユメカに会う前から知っていたそうだ。
ユメカは改めて、バンドメンバーを見渡す。
ラザンとは作曲の以来をしてから、他のメンバーはラザンの紹介でそれぞれ初めて出会い、まだ数か月……それでも今では心からこのメンバーで良かったと思えるほどの信頼関係をユメカは感じていた。
「みんな、本当にありがとうね♪ うふふふ」
「その笑顔は終演まで取っておいてくださいよ~」
フラジールが眼鏡をかけ直しながら頷く、クールな印象の彼女だが、意外と涙もろいのか、目の端にきらりとしたものが見えた。
「絶対最高のステージにする、それが前提だ」
それだけの自信があるのだろう、ラザンが動画を見ながら腕を組む。
「今夜だけのステージ、楽しみましょうや」
足でリズムを取っていたマギーが立ち上がる。
そろそろ開場する時間だ。
セイガが、ほぼ無人の会場へと足を踏み入れる。
静かで、でも熱い、そんな空気が広い会場を包んでいた。
セイガは何となく、一番中央は行けずに、最前とはいえ、下手側のスピーカーの前の方へと陣取った。
「セイガさんもコッチに来ればいいのに~」
メイと、海里と瑠沙が特等席ともいえるセンターからセイガに手を振る。
セイガは少しはにかみながら手を振り返すのみだった。
ちなみにこっそりその集団にはお呼ばれしていたセスの姿もあった。
そうこうしているうちにも、人は次々に入ってくる。
気付けば結構広かった会場は人々で埋められていった。
「お邪魔するよ♪」
セイガが振り返ると、そこにはキナさんとノエくんがいた。
「楽しみですね」
ぺこりと頭を下げる彼氏を守るように、キナさんが立つ。
「やっぱなんていうかさ、あんまり大きいのが中央をどしっと占領しちゃうのは気が引けるよね」
キナさん達もかなりいい番号の筈だ、会場の上手側には『女性専用エリア』が設けられており、ユメカの友達の女性陣などはそこに集まっているが、背の低くて華奢なノエくんはそうもいかない。
「でも、セイガさんは1番だから気にせずに中央に行けばいいのに」
「この場所からでも充分、ステージが見えますからそれだけで幸せですよ」
ノエくんを横と後ろから護衛する形となった3人はそのまま、開演まで会話を楽しんだ。
一方、最後方のバーカウンターの近くにはレイチェル、リチア、店主の3人がいる。
お酒を楽しみつつ、まったりステージを見られる、ある意味ではこんな場所もいいのだろう。
「ま、前は若いもんに譲らんとな」
早速ビールを飲み干しつつ、店主が会場の盛況ぶりに頷く。
その少し離れた壁際にはエンデルク達3人が、会場内は段差があるとはいえ、ルーシアの身長ではステージが見えなくなってしまうので、こっそり壁に台を用意して貰っていた。
2階にもスペースがあり、そこには関係者席ということで、Jとフラン、その他バンドメンバーの知り合いなどが静かに見ている。
ちなみに今回、アルザスやシオリは不参加だった。
アルザスの方は何となく予想していたが、シオリ曰く
「私がセイガ様とキャッキャウフフしながら参戦しているとユメカ様も歌に集中できないかも知れませんからね★」
とのことだ。
それから、ハリュウはデズモスの気の合うメンツと交じって、上手の中盤の方で大笑いしていた。
デズモスと言えば、ユメカの護衛はハリュウかサラの担当なのだが……
「そろそろ皆さん、準備をお願いします」
スタッフのひとりに変装したサラが楽屋のメンバーに声を掛ける。
デズモスの術次長がわざわざ近くで護衛をすると、寧ろ周囲に警戒をされてしまうので、基地以外でサラがユメカを護衛する時は大体距離を離すか、変装をすることになっている。
今回も、ライブを会場で見たいというハリュウのワガママに付き合って、サラが護衛になったのだが……
(あいつら、地下基地に帰ったら特訓してやる)
今夜も大佐は用事があって来られず、悔しさに身を震わせるサラはそう心に誓ったのだった。




