第84話
いよいよ、明日の今頃はユメカの初ライブ、というその夜の帳が降りる頃。
セイガはユメカの家のドアの前に立っていた。
一応、前もって額窓で連絡をしていたとはいえ、緊張する。
誤魔化すように横を見ると、ちいさな緑色のユメカの愛車、カエル3号が停まっている。
これに乗せてもらったのもだいぶ前のことで、セイガはとても懐かしく感じた。
とはいえ、今はするべきことがある。
セイガは意を決すると、呼び鈴をゆっくりと押した。
「は~~~い♪」
ドアの向こうからバタバタと音がする。
セイガがその胸の鼓動を抑えていると、ドアが開いた。
そこにはちょっとだけ息を弾ませた、ユメカの晴れた笑顔があった。
それを見ただけで、セイガは嬉しくなると同時に緊張が高まる。
「うふふ、こんばんは~ わざわざ来て貰っちゃってありがとうね~」
「いや、用事があったのは俺の方だし、明日はライブで大変だろうから俺が訪ねる方がいいだろう」
ユメカは既に入浴を済ませているのか薄紫色の部屋着姿だった。
服と近い薄紫色の毛先もしっとりと潤っている。
「まあまあ、ここじゃ何だしお紅茶でも淹れるよ?……ふふ」
「あ、いや今日は渡したいものがあるだけだから玄関でいいよ」
手を振りながらセイガがユメカの家の中を見る。
綺麗に掃除された廊下、微かにユメカの生活の匂いも感じる。
ユメカは特に警戒をしていないようだったが、セイガとしてはふたりきりでユメカの家にいて、理性がもたない可能性を確かに感じていたのだ。
「ふ~~~ん、そっか、うふふ、渡したいものってコトはプレゼントなのかな?」
プレゼントの方に興味が行ったのか、ユメカはわくわくしながらセイガの次の行動を待つ。
セイガは懐から何かを握り取り出す。
そこには白い羽根のような意匠を施した短剣があった。
「わぁ、綺麗だね☆」
ユメカは渡された短剣をそろりと抜く、鞘の部分は軽く、本当の羽のようだ。
「はは、刃の部分も白いんだね♪」
ユメカが指で刃先をなぞる、思った通りそこまで鋭い切っ先ではない。
あくまで護身用のナイフと言ったところだろうか。
「これは『幸運の羽根』と言って、このウイングソードと同じ作者が造った短剣なんだ」
セイガの手には翠色のウイングソードがある、確かにデザインなど類似点が多い。
「名前の通り、持っている人に幸運を与えると信じられてきた剣で、それもあったから今回これらの剣を新しく作ろうと思ったんだよ」
飛行能力を持つ剣は、他にも幾つかあったのだが、双剣という珍しさと、この幸運の羽根という由来をもつ短剣がセイガの琴線に触れたのだ。
「へぇ~~」
「だからその、ユメカに受け取って欲しい……明日のライブの成功と、これからの幸運を願って」
セイガの真っ直ぐな気持ち、それは視線と共にユメカに注がれている。
ユメカの方は少しむず痒い気持ちもあったが、セイガの気持ちを素直に受け取ることにした。
「あはは、本当にありがとう♪ ……大切に、するね?」
そう告げた時に、ちくりと少しだけ心のどこかが痛んだユメカだったが、それは気にせずに笑顔のまま短剣を抱き締める。
「明日のライブ、期待しててね、絶対に面白いステージにするから♪」
「ああ、楽しみだ」
セイガ他、近い関係の人には既にチケットを渡してある。
「それでは、長居してはいけないから、俺はそろそろ帰るよ」
「うん……それじゃあ、また明日ね」
「ああ、ではまた」
軽く手を振りながら、セイガがドアを閉めていく。
ユメカはそんな姿を見てから、少しだけ、いつもより長く息を吸った。
明日は頑張ろう、そう心に刻みながら……




