第82話
学園の一角、防音で機材の揃った部屋にユメカ達はいた。
「さあ、今日のリハも張り切って行くよ~!」
『お~~!』
各自セッティングは済んでおり、いつでも準備OKだ。
「なあなあ、今夜はメンバーみんなで食べに行こうぜ?俺っち新市街で美味しい唐揚げを出すお店をみつけたんだよね~」
ベースのシンクロウは背の低いホビット族、陽気でお調子者だがその演奏は意外と繊細で堅実だ。
「いいですね、からあげ……美味」
眼鏡をくいと上げながら、白髪、白い瞳のキーボード担当、フラジールが頷く。
彼女は雪女という種族(妖怪?)であり、独特のセンスを持っていた。
「ザンギいいよね☆」
ユメカも乗り気になりながらマイクを振るう。
「食べるのは構わないけど、飲み過ぎには注意してくれよ?お前さん達」
ドラムのマギーが釘を刺す。
イケおじの獣人(虎)で、バンドのまとめ役でもある。
普段は虎耳と尻尾くらいでしか獣人と判別できないが、感情が昂ると虎に近い姿に変化するタイプだ。
「わかってるよ~♪」
「ユメカ、おめーは特に気をつけろって言ってんだよ」
ピックを持ちながらラザンがツッコむ。
作曲家のラザンだが、今回はギターとしても参加しているのだ。
「え~?ソコはシンクロウでしょ?」
「俺っちはオチ担当じゃないっしょ」
「ううん、同類」
「あ~も~!さっさと始めるぞ!」
「はいはい、それじゃ行くよ?……」
そんな5人だが、演奏が始まると一気に息が揃い、素晴らしい音を聴かせてくれるのだった。
そんな風にユメカの初ライブのリハも順調に進んでいた頃……
港街ファルネーゼのとある場所では、不穏な空気が流れていた。
「アルザス、さん……ありがと、ここまで来てくれてフラン嬉しい」
風がコンクリの床を撫でる防波堤の上、フランとアルザスが向かい合いながらお互いにまっすぐみつめあっている。
「構わない、それで用件は何だ?」
アルザスは愛用の肩当をして、絶剣アウグストゥスを取り出している。
まさしく戦闘態勢だ。
そしてそれはフランにも分かっていた。
フランが送ったのは決闘の申し込みだったからだ。
「自分と違って、ただ戦いたい、そういう訳では無いのだろう」
アルザスの声には少しだけ自嘲が込められている。
「アルザスなら、フランの望みを叶えてくれるかも…そう思った」
フランは普段着の白くて薄いミニスカートのワンピース姿。
しかしその表情はいつもの無頓着なものではなく、必死さが伝わってくる。
「望みか……それならば言うといい」
「フランは……自分の子供が欲しい」
ぽつりと、自らの『真価』、『子』を出現させながらフランが続ける。
「フランたちは子孫が残せない、そういう存在だって聞かされた。自由に姿や性別さえ変えることが出来ても、それは形を真似るだけで生殖能力は無いんだって」
フランのいた世界、そこにはフランの他にも幾つもの種族が暮らしていたが、フラン達は「魔獣」と呼ばれ恐れられていたという。
「ひとりで生まれ、人から恐れられたまま、ひとりで消えるそれがフランたちだって……そんなの、嫌だ」
フランの歪んだ性癖にはそんな事情があったのだが、アルザスにはその辺は伝わっていないので彼は何も知らない。
ただ、目の前の相手が本気で何かを欲しているのだけは、理解できた。
「でも、このワールドでならばきっと、フランにも子供が作れる、今はまだ無理だけれど、きっと、絶対フランは手に入れるんだ!」
フランの渇望、そこまで聞いてアルザスはある程度状況を把握した。
「フランは……アルザスに勝って、アルザスとの子供が欲しい」
別に相手が望むならアルザスは自分の子種を差し出すのは厭わない。
それでも、戦い……勝ち得たいという想いは尊重したかった。
「条件を聞こう」
だから、それだけ確認する。
「今から全力で戦って、フランが勝ったらアルザスはフランのもの」
ずっと一緒にいて欲しい、そうフランの瞳が告げていた。
「自分が勝ったら?」
「フランはもうアルザスの前には現れない」
それは諦めるということ。
「それだと自分に利が少ないな」
「む……」
アルザスならばそれでも勝負を受けるとフランは思っていたので、フランは少し不満そうな表情に変わる。
「自分からお前にひとつだけ言うことを聞いて貰う、これでどうだ?」
予期せぬ提案だったが、フランにとっては寧ろ別れるよりも楽かもしれない条件だったので、喜んで頷いた。
「うん、フランもそれでいい」
アルザスは油断なく大剣を引きながら
「勝負はどちらかが戦闘不能になるか、降参するまで、それでいいか?」
フランを威圧する。
圧倒的な殺気、命を賭けなければ、この勝負は務まらない。
そうアルザスが語っていた。
「……いいよ」
だが、それはフランも覚悟している。
フランの体がみるみるうちに変化する。
巨大な、緑色の長い毛を蠢かせる、人型のモンスター
それが目覚めようとしていた。
「コノマエト オナジジャナイヨ?」
魔獣の本性を全て解放すると、喋ることも出来なくなるのだが、その手前、なんとか会話ができる程度でフランは留める。
パワーとスタミナだけではアルザスに及ばない、それは前回の戦闘で思い知っていたからだ。
フランは触手のように長い体毛を巻いた両腕を前へと突き出す。
それが戦闘開始の合図となった。
アルザスが一気に間合いを近付ける。
しかし、フランはそれよりも早く、目的を果たす。
『コワレロッ!!』
フランが両腕を防波堤に打ち込むと同時に、コンクリートが亀裂を起こしながら壊され、弾け飛んだのだ。
衝撃と破砕、その暴風が周囲を包む。
立っていた足場を失ったアルザスとフランは、共に衝撃で荒れる海へと投げ出された。
「……」
海中でアルザスは冷静に状況を分析する。
おそらくフランは最初から水中での戦闘を狙っていたのだろう。
一般人では剣を持つことすらできない環境。
一流の剣士であるアルザスでも、その行動はかなり制限されてしまう。
その手に大剣は握られたまま、アルザスは浮遊の応用で海中に潜んだまま、フランの気配を追う。
それはさらに深い場所、海藻のようにゆらゆらと緑色の体毛が彼へと迫る。
これに捕まればただではおかない。
しかしアルザスは静止したまま、それが近付くのを待つ。
「!」
スピードを一気に上げて、フランの太い体毛がアルザスを襲う。
しかしそれが到達しようとした瞬間、アルザスの強烈な突きが炸裂。
周囲を水泡が満ちる中、フランの体毛は千切れ飛んだ。
「ツキ、カ」
フランもそれは予測していた、抵抗の大きい水中で剣を使うならば、突きが一番有効だろう。
ただ、その予想よりも遙かに強力な攻撃にフランは恐れた。
フランは海中深くへと逃げるように降りて行くと、続いて額窓から魚雷を複数取り出し発射する。
海中での戦いを想定して購入したものだ。
魚雷は勢いをつけながらアルザスへと迫る、これならば断ち切られても爆発の余波で大きなダメージになる筈……
しかし、アルザスはその気配を察知すると、一気に泳ぎ出し、なんと補足される前に全速力で魚雷を抜き去ったのだ。
海中で動きも視界も遮られているというのに、恐ろしい能力だ。
フランの方は、夜目も利く高性能な黄色い目と、感覚器でもある緑の体毛のお陰で海中でも殆ど問題無く動ける。
さらにフランは酸素をそこまで必要としない為、長時間呼吸しなくても平気なのだが、アルザスはそうでは無い筈、なのにそれを気にしない程の動きだ。
(やはり、アルザスは強い、予想で動いちゃダメだ)
近付かれると、フランの方が不利になる。
フランは急いで、後方深く、タコのように触手状の体毛を動かしながら潜り続けた。
さすがのアルザスも先程の高速移動は一瞬しか使えないようで、少しずつ両者の距離は離れていき、遂にアルザスも諦めたのか海上へと転進する。
(さすがに、アルザスも息継ぎは必要だよね)
フランは次の一手を打つために体内で、ある物を精製する。
それは神経毒、体内に摂取されれば、即効で麻痺を引き起こす。
フラン自身は耐性を持っているが、アルザスに気付かれなければ充分な効果が得られる……
けれども想定だけでアルザスに挑むのは危険、フランは解毒剤を体内で別に精製しつつ、さらなる一手を考える。
遠く逃げたフランは既に水深50m程の海底に届いている。
岩場に身を隠すか、位置を悟られないよう機雷を撒くか
しかしどちらもアルザスに対しては有効手には思えなかった。
水中戦ならば絶対勝てると踏んでいたのに、やはりアルザスは別格だ。
フランの思考中にもアルザスはゆっくりとだが確実にフランに迫っている。
おそらくこちらの気配がわかるのだろう。
フランは焦りを抑えつつ、先程とは別の魚雷を取り出す。
こちらはタイミングを決めて炸裂し高電圧を発生させるものだ。
アルザスの動きはある程度把握している、逃げられる前に炸裂させる。
「イケ!」
幾つもの魚雷がタイミングをずらしながら発射される、これも突破されるのを警戒しての策だ。
それでも、油断はしない。
フランが体毛を蠢かせ、アルザスの動きを察知しようとする。
その時、遠く見上げる先にある筈のアルザスが消えた。




