第80話
海里達の第4リージョン滞在もいよいよ後半に入り、それぞれがやり残したことの無いよう、各自楽しみながら生活している。
ユメカはライブの準備に専念。
実はサウスビーチでの水着コンテストでは結局ユメカ(の水着)が優勝したのだが、それの反響が思ったよりも大きく、ユメカがネットワークにあげていたMVの閲覧数もかなり増えていた。
ハリュウは相変わらず任務と訓練が忙しく、セイガの家には戻ってきていない。
メイの新居はいよいよ完成といった所。
そんなある日、セイガはエンデルク邸にお呼ばれされていた。
3人の瞳が、エンデルクへ注がれる。
正しくはエンデルクの持つ、王杓に向けて、だ。
先端にある翼を持つ猫の小さな像。
視線の集まるその中、それは少しずつ大きくなると、すとっとエンデルクの肩の上へと飛び立つ。
「あんまり見られると照れるニャ」
灰色の毛並みが美しい、白い羽の空飛び猫、ミーコだ。
ミーコも再誕者で、人語を解し、『真価』も持っている。
『うわぁぁぁ、可愛い~~♪』
黄色い声を上げ、海里と瑠沙が早速ミーコを撫でまわす。
「我の横で戯れるな」
エンデルクがミーコの首を摘まむとソファーへと降ろす。
その間も海里と瑠沙はミーコを撫で続けていた。
「ウニャ、強引だけれど気持ちいいのニャ~」
猫の本能には抗えないのか、ミーコは喉を鳴らしながら力の抜けたようにころりと寝転がる。
「ああもう、愛いやつじゃ♪」
海里がミーコの首後ろをコリコリと掻いてあげる。
「ここも好きでしょ~~?」
瑠沙はミーコの尻尾の根元である腰を軽く叩くように撫でる。
「なぁ~~お♪」
ミーコは最早声にならない声を上げてすりすりしていた。
セイガはそんな光景を少し羨ましそうに眺めながらエンデルクへと声を掛ける。
「今日は本当にありがとうございます」
そもそも海里と瑠沙はエンデルク邸に住んでいるわけだが、今日は特別にセイガも加えてミーコを愛でる会を開いてもらったのだった。
「セイガ、お前がそこまで猫好きだとは知らなかったぞ」
セイガはミーコを優しく見下ろしながら
「俺の家でも昔、猫を飼っていたのですよ……姉と母と、よく洗濯物を干しながらあの子も戯れていたものです」
あれは人に好かれる猫だった。
たまにセイガの下にも甘い声を出しながらすり寄ってきていた。
「ふむ」
「ミィの前で他の猫の話はご法度だニャ」
いつのまにか、セイガの足下に来ていたミーコが髭元を軽くセイガにつけてから
見上げてくる。
「ははは、ごめんよミーコ」
セイガは慣れた手つきでミーコを抱き上げると喉を撫でてやった。
「ゴロゴロ……分かればイイのニャ~」
「みなさま~、お茶をおもちしましたよ~♪」
ドアが開き、ルーシアがいつものように木製のティートローリーを押しながら入ってくる。
ただ、いつもと違うのは、その後ろに3匹の猫が付いて来たことだった。
白毛のフィナ
虎毛のスタカ
三毛のルミィ
3匹ともいつの間にかエンデルク邸に住みついている半野良の猫だ。
そうして、まるで猫カフェのような様相を見せながら、セイガ達は席を囲む。
「それにしても、ミーコは凄いね」
海里が羨ましそうに呟く、その手にはフィナが収まっていた。
フィナは気性の荒いボス猫なのだが、不思議と海里にはなついている。
「どんどん褒めるのニャ」
ミーコは部屋の隅、テヌートの近くで毛繕い中、余談だがミーコが一番気に入っている人間はテヌートだったりする。
そんなミーコの頭上には『話』の『真価』が浮かんでいる。
彼女はその力で人と話すことが可能となったうえ、他の動物や植物たちとも会話ができるのだ。
「お陰で猫好きの夢、猫と会話が出来るようになるんだから……ホント嬉しいよ」
「あ~~~、うちに来て貰ってうちのこ達の気持ちも聞いてみたいにゃあ」
瑠沙は丸くなったスタカをぽんぽんする。
スタカはやや臆病なのだが、一度慣れるとかなりの甘えん坊だ。
「瑠沙さまも海里さまも、お家でねことせいかつされているのですよね?」
小さなルーシアの肩に、おっとりとしたルミィがちょこんと乗っている。
このふたりは不思議と雰囲気も似ていた。
「ああ、うちのこはふたりだよ~」
にやりと海里が微笑む。
「ルゥのよにんの子たちは今はパパとママが預かってるんだぁ♪」
瑠沙もどこか自慢げだ。
「ホントは直接会いたいけどね、今は猫成分を補充できて良かったよ」
海里がフィナのお腹に顔をあてて匂いを吸い込んだ。
「ほんとにね~」
瑠沙と共にセイガも頷く、セイガの前には猫はいないが、こうして同じ部屋にいるだけでも猫成分の補給は可能なのだ。
「セイガさまは、ねこさまのことを少しは思いだせたのですか?」
ルーシアが以前に聞いた時、セイガはまだその頃……前の世界に居た頃の記憶は思いだせないことの方が多かった。
「ああ、前よりは色々と思いだせた……と思う」
そう、ワールドに来て、様々な経験を積むのと同時に、ふとした場合にかつての記憶が蘇るのをセイガは感じていた。
それは他愛のない思い出だったり、ショッキングな事実だったりとかなり多岐に渡っているのだが…
実はそれがただの想像なのか、本当にあった自分の記憶なのか、セイガには確信が持てない所もあったりした。
だから、セイガは自分から昔のことを語ることは少ない。
「とても綺麗な雉毛の猫だったよ、確か『しーちゃん』と呼んでた」
美猫さんで、とても強い猫だった。
「そうですか、それはよかったです~♪」
ルーシアが優しく微笑む、彼女はセイガにとっても早い段階から知り合った存在だし、ユメカのことも含めて、色々とお世話になっている。
乳母という仕事がとても天職だなと、セイガは改めて感じた。
「それじゃあ、今度はうちのこの話も聞いてよ~」
海里の声、ルーシアも興味津々のようだ。
そのまま猫を交えた猫談義は続き、セイガ達は午後のひとときを楽しんだ。




