第76話
遂に、明日は学園郷、つまりこの学園の隠れ亭とも別れ、皆で家に帰る日となっていた。
その間にも、海里達は研究室を周ったり、美味しいものを食べに行ったりして、それぞれ楽しんでいた。
セイガ自身も、極力周りには気付かれないように、平然と過ごしている。
しかし、内心は迷っていた。
「セイガ様、少し宜しいですか?」
ドアがノックされ、いつもの調子でシオリが入ってくる。
「どうしました?」
「今日の鍛錬ですが、最終日というのもあるので、少し趣向を変えたいと思うのですが、如何ですか?」
シオリはスカートを摘まみながら優雅に一礼する。
セイガの目から見ても、シオリの様子はいつも通りに見えた。
「ええと、はい、いいですよ」
そのまま、セイガも準備をして、外へと出る。
「これは?」
裏庭に出る、シオリの手には拳大の球体が握られていた。
「密かに制作していた『携帯型戦闘フィールド』です♪これを使えば狭いスペースでも様々なシチュエーションで戦闘訓練が出来るのです」
どうやら、デズモスの地下基地にある特別訓練室と似たようなものらしい。
そんなものまで制作できるシオリの才能にセイガは舌を巻く。
「凄いですね、それを今回使うというわけですね」
「そうです、それと最終日なので折角なら賭けをしませんか?」
シオリが装置を起動させると、世界が歪み……
いつの間にか学園の隠れ亭の食堂にセイガ達はいた。
「あれ?ここって食堂?」
「厳密に言うと、ここは学園の隠れ亭を忠実に再現したフィールドです」
なんと、すごく精巧だが、ここは疑似空間だった。
「うわぁ」
「自信作です♪ 学園の隠れ亭を壊されると困りますが、これなら建物内など特殊な戦闘でも全力で戦えますよね」
なるほど、今回はここで戦おうということか。
セイガはかなりワクワクしてきた。
「それで、賭けというのはどうするのですか?」
セイガの疑問、シオリの意図が読めなかったのだが…答えは簡単だった。
「はい、私が勝ったらセイガさんには私の新しい主になって頂きます★」
「え!?」
シオリを見る、彼女の目は本気だ。
「俺が勝ったらどうしますか?」
「その場合はひとつだけセイガ様の言うことを聞きましょう、仕事だからって好きでもない相手とセックスしないでくれとか何でもいいですよ?」
セイガが噴き出す。
「どうです?お互い悪くない条件でしょう?」
シオリの表情が読めないけれど、彼女は本気でセイガを主にしたいようだ。
「どうして…俺が主なのですか?」
シオリが自分のことを高く評価してくれていることは聞いていたが、セイガは自分がシオリの主を務めるほどの立場だとは思っていなかった。
「さあ、どうしてでしょうね」
どうやら、これ以上は教えてくれないらしい。
セイガは覚悟を決めた。
「わかりました、その条件で行きましょう」
そして、ウイングソードを取り出す。
「今回は本気です、武器を変えて貰ってもいいですよ?」
シオリもいつもの双剣を構える。
確かに練習中のウイングソードよりも狼牙やShield Sword(盾剣)の方が勝率は高いかも知れない。
けれども
「俺はこのままでいいです」
セイガは、この翼剣でシオリに勝ちたかった。
「その意気やよし、ですね……それでは早速始めましょう!」
いつも食事を取っていた馴染みある食堂、まさかここで戦うことになるなんてセイガは思わなかった。
空間に突如、カウントが表示される。
どうやらそれが合図のようだ。
『レディ……ゴー!』
セイガはまず、間合いを確認する。
しかし、その前にシオリがテーブルを登り蹴りを仕掛けてきた。
「うわっ」
それは何とか躱すが、シオリはその動きのままセイガに剣撃を浴びせる。
セイガも翼剣で応戦するが、部屋が狭いので全力で振るうことができない。
シオリは片方の小太刀を不意に投げる。
「くっ」
それを交わした直後、背後の棚に刺さった小太刀がシオリの手に戻るように動き再びセイガを襲い、なおかつ酒の入った棚がセイガに倒れ掛かってきた。
「くそっ」
体勢を低くして、逃げるセイガ、しかし当然それを見逃すシオリではない。
「流星刃!」
片手の小太刀から放たれた幾重もの水晶の光がセイガへと降り注ぐ。
転がりながら廊下に逃げるが、足に一撃入ってしまった。
「……うう」
防戦一方、セイガは廊下からシオリの気配を手繰る。
視界的に見えない時はすぐに気配を見る、それがシオリの教えだ。
「よく出来ました♪」
壁の向こうから、黒い闇の波動がセイガを捉えようとする。
しかし
「ヴァニシング・ストライク!」
セイガは赤い奔流と黒い重力を纏いながら一気に上昇すると、天井を突き破って二階へと移動した。
狭い場所での戦闘には慣れていないセイガ、けれどもだからと言って相手に合わせる必要なんてない。
「行け!」
鮮やかな剣閃ファスネイトスラッシュ、それは迷わずシオリを貫こうとする。
実はセイガも使い慣れた一部の技ならば、名前を呼ばずとも使いこなせるようになっていた。
「黒翼星」
シオリは黒い残像を残しながら回避、と同時に再び流星刃を繰り出す。
「うおおおお!」
セイガは再びヴァニシング・ストライク!を使って裏庭へと飛び立った。
「……なかなかやりますね」
翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと裏庭に移動するシオリ、セイガはようやくシオリと相対した。
「いい師匠に鍛えられましたからね」
セイガは再び翼剣を構える。
「聖河・ラムル……参ります!」
そして一気にシオリへと斬りかかった。
「北辰羅斬!」
それを見切っていたシオリが渾身の攻撃を放つ。
両手から繰り出される七つの斬撃がセイガを補足しているが
「ブレイク!」
セイガもまた双剣による連撃でそれを受け止めた。
そしてその勢いのままヴァニシング・ストライクでシオリを吹き飛ばそうとする。
「まだですよ!」
シオリの殺気が膨れ上がる。
セイガは咄嗟にウイングソードの飛行能力を使い、外の木の上へと掴まった。
「……危なかった」
何が仕掛けてあったのかは気付けなかったが、あのまま突っ込んでいたら、みすみすシオリの餌食になっていただろう。
間合いが開いてしまったので、お互いに様子を見る形となった。
「ふふふ、精が出ますね、セイガさん」
褒めているのかどうなのか、シオリが手を叩きながら近付いてくる。
セイガは地面まで降りると、ウイングソードをひとつにまとめた。
そして
「シオリさんは、自分のことをもっと大事にしてください!」
そう叫んだ。




