第74話
墓前、これはアリサカ老の墓だ。
長らく病に苦しんでいたアリサカ老、発病から10年も生き永らえたのは寧ろ奇跡とも言える。
彼はゼンドウ国を守るため、最期まで軍神であり続けたのだ。
私は彼の好きだった酒の瓶を開けると、静かにその中身を墓に飲ませた。
「……父上」
父がとある放浪の剣姫から授かった剣技、「アマルテア流剣術」は私がほぼ全て継承している。
私はずっと主のメイドとして仕えていたが、軍神を失った今、私が戦に出て国内外にその力を見せつけなければいけない。
私はそう思っていた。
「……シオリ、あなたもここにいたのね」
「主」
はじめて出会ってから10数年、主はあの頃とほとんど変わらない。
優しい笑顔も、少し弱気なところも。
「あっ」
スカートの裾を踏んでしまった主が私に凭れかかる。
「ごめんなさいね」
おっちょこちょいなところもあの頃から全然変わらなかった。
「いつものことですから」
「そうね……ってわたし最近はあまり転ばなくなったのよ?」
「本当ですか?」
じっとみつめると、主は困ったように首をすくませ耳を閉じる。
「…多分、それより聞いて?近く近隣の三国による同盟案が決まりそうなの」
おそらく、主もそれをアリサカ老に伝えに来たのだろう。
「伝え聞いております」
「そうだっけ? だからシオリ、あなたが将軍にならなくても、戦争をしなくてもいい日がきっと来るわ♪」
たおやかに主が微笑む。
しかし、私はそう楽観は出来なかった。
「果たして、コクラン国が素直に大人しくしているでしょうか?」
三国同盟のひとつ、コクラン国の王は気性も荒く、非道も辞さない人物だと聞く。
「……信じるしかないわ、同盟はコクランにとっても悪い話ではないもの」
悪評の高いコクラン国は周囲の国から嫌われている、どんなに兵を集めても、孤立してしまえばいつかは滅びる。
それが分からない王でもないだろうが…
「だから、シオリは戦わなくてもいいの、わたしのメイドとして…ずっと傍にいてね」
慈愛を帯びた主の瞳、彼女は未だに私のことを大切に思ってくれている。
一国の王であるのに…
「わかりましたよ、そもそも行き遅れの粗忽女王のお世話が出来るのは今や私だけですからね、仕方が無いです」
「あ~~、シオリったら酷いわ、昔は『姫さま~姫さま~♪』ってわたしから全然離れない甘えん坊だったのに…お姉さん悲しい」
主の噓泣き、バレバレの演技だけれど、微笑ましい。
「私はそこまで甘えてません、ほら、さっさと城へ戻りますよ」
私は主の手を引きながら、どうかこのままの平和が続くようにと、父であるアリサカ老の墓に願うのだった。
(ああ、またこの時が……アレを見ないといけないのか)
追想の果て、既に結末は分かっている。
私はそれに抗えないまま、夢の続きに飲み込まれた。




