第73話
私が主にお仕えして、6年が経っていた。
「上達したな、シオリよ」
目の前にいるのは私の剣の師匠であり、親代わりのアリサカ老だ。
ゼンドウ国の将であり、軍神の異名で周囲の国から恐れられている傑物だ。
しかし私にとっては優しい、父のような人だった。
「ありがとうございます、アリサカ老」
「ふふ、すっかり鉄仮面も板についたものだ」
私はこの国にとっては異種族の孤児、厄介者と罵られることも多い。
だからせめて誰からも舐められないくらい強く確かな実力を見せ続ける必要があった。
「鉄面皮とは育ての恩があるとはいえ酷い物言いですよ?」
「おおい、面の皮が厚いとは言って無いぞ、わたしは」
アリサカ老の言いたいことは分かっている。
私は主とアリサカ老以外の前では「完璧なメイド」という硬く無表情な仮面を被り続けているのだから。
「わたしとしては王に仕えるのもいいが、そろそろいいお相手をみつけて欲しいのじゃがなぁ」
刀の峰で肩を軽く叩きながら、アリサカ老は破顔する。
「私が愛しているのは主だけですから」
「おおい、わたしは愛していないのかい?」
おろおろと、アリサカ老が私に手を伸ばす。
「父として敬愛しておりますよ パパ♪」
「はっはっ、それに王もずっと伴侶を得ようとしないものだからお前達が本当にできているのではと噂が立っているんだぞ?」
アリサカ老の心配も尤もだった。
私としても主には早く婿を取って貰いたいのだが、主にその気は無いらしい。
主の父上、前王が崩御して2年、若いながらに主は必死に国王としての責務を頑張ってきた。
平和な時代ならば、善政と評されるのだろうが、今は諸国が領土争いに明け暮れる戦国時代、優しすぎる主には厳しい情勢だ。
せめて、誰か好い人がいてくれれば、心の負担も軽くなるだろうに……
「私は、私で主が癒されるのであれば、それでも構わないのですけどね」
「はっはっ、王はちゃんとお前を頼りにしているよ」
「そうですか?」
「ああ、あの方がここまで尽力しているのはきっと……お前が心の支えになっているからだよ」
「それならば、良かったです」
アリサカ老の言葉は、嬉しかった。
「さて、試合を再開しようか、そろそろわたしの技を受け継げるか、確かめないといけないな」
剣を構えるアリサカ老、出会った時よりだいぶ白髪が増えたが、その気迫に衰えはない。
「アリサカ老、もうお酒は程々にしないと腕が鈍りますよ?」
私も挑発しながら油断なく双剣を構える。
「はっはっ、お前と酒を組み交わす日まで酒は止めんし、負けもせんよ」
大酒飲みであるアリサカ老の今一番の楽しみ、それは私も良く知っている。
「それはあと半年ほどですが、耄碌する前に引導を渡してあげましょう」
私には誕生日が無かったのだが、主の提案で主の誕生日を私の誕生日として、毎年ふたりは一緒にお祝いをしている。
「出来るかな?」
アリサカ老が目を細める、そこにいるのはまさに軍神だ。
「見ていてください」
そうして、私達は全力で戦い合った。
あれはそう、とても輝いていた日々。
こんな日がずっと続けばいいのに、そう私は願って止まなかった。
(そうだ…これは夢だ、それも随分と質の悪い、昔の夢だ)
黒くて昏い闇の中、私は再び過去の夢へと落ちていく。




