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第72話

 わたしには、何もなかった。

 物心ついた頃には両親はもういなかった。

 所謂戦災孤児というもので、この世界ではそう珍しくもない。

 わたしは物乞いし、時には盗み、危なくなったら飛んで逃げてという生活でどうにか生きていた。

 でも生きる目的なんてない。

 ただ、こうして何もないまま死ぬのが何故か怖かったから、死ななかっただけだ。

 そんなある日の夜、わたしはいつものように飛んで逃げていた。

 わたしは有翼人というらしいが、同族には会ったことがない。

 ただ、この翼は逃げるのに便利だった。

 しかしわたしはこの翼をくれた覚えてもいない両親を恨んでいた。

 その日、不運だったのは、飛び疲れて降りたのが、何もない荒れ果てた山の道の上だったことだろう。

 誰も通らない、何も食べるものもない、水もない。

 わたしはここで死ぬのだと思った。

 悲しくはない。

 ただ、何もないわたしが何も残さずに消えるだけなのだ。

 ゆっくりと目を閉じる。

 ……

 ………?

 何か遠くから近付く音がする。

 でも、もう意識も向けられない。

 ………

 ……

 いつの間に雨が降ったのだろうか、体が濡れている。

 ゆっくりと目を開けると、目の前には綺麗な服を着た女の人がいてわたしを抱いている。

 頭の上に特徴的な耳がある、犬耳人だ。

「ああ、よかった」

 わたしの意識が戻ったことを知ると、女の人はわたしを優しく抱き締める。

 あたたかく、いいにおいがした。

「こんな小さな子が……」

 女の人はぽろぽろと大粒の涙をわたしに落とす。

 よく見れば綺麗な服は泥とわたしの血で汚れてしまっている。

「あなた…は?」

「わたしは『ヒナキ・ゼンドウ』、この先にあるゼンドウ国の姫ですわ」

 女の人はわたしを拾い上げ、乗っていた馬車へと運ぼうとした。

 でも

「あっ」

 ぬかるみに足を取られて転んでしまう。

 それでもわたしを離さなかった、むしろわたしを庇って腕に擦り傷を作ってしまっていた。

「だいじょうぶ?」

「ええ、大丈夫よ、わたしったら昔からおっちょこちょいで、すぐ怪我したり服を汚してしまって、いつも世話係のメイドを困らせてしまうの」

 女の人は自分が困ったような顔をしている。

 その弱弱しい、けれど優しい笑顔は、わたしにはとても綺麗にみえた。

「今夜もそうね、あとできちんと謝らないとね」

 馬車の脇には男の人と女の人、何人かが無言で待っている。

 全員犬耳人だ。

「おこられるの?」

「ううん」

 女の人はしっとりと首を振る。

「怒りはしないけれど、落胆させてしまうかもしれない、わたしは近いうちにこれからのゼンドウ国を背負って立たないといけないのに……あまりに頼りなかったら悲しいでしょう?」

 わたしは気づいた、この人もひとりなんだ。

 世話をしてくれる人は沢山いるけれど、ひとりなんだ。

「わたしはかなしまないよ?」

 だから、わたしにできることを考えた。

 わたしはこの人に、返さないといけない。

「ありがとう、あなたはとてもいい子ね」

 汚れた服のまま、わたしを抱いて女の人は馬車へと乗り込んだ。

 わたしはいい子じゃない、なにもないただの子、だけど

「それじゃあ、わたしがあなたのメイドになる」

 メイド、いつか見た捨てられていた絵本にあった、主人を心から愛し、お世話をするカッコいい女性。

「わたし、かんぺきなメイドさんになる!」

 走り出す馬車、揺れる車内で女の人はわたしをギュッと抱き締めてくれた。

 これが、わたしと(あるじ)の最初の出会いだった。


「そんなコトがあったんですね」

 ユメカはもう涙目になっている。

 シオリはまるで今ここでその光景が浮かぶように語ってくれた。

「その頃の(わたくし)はおそらく8歳くらい、主は17歳でした」

 懐かしむ笑み。

「それから私はゼンドウ国の城内に住まわせて貰い、様々な事を教わりました、当時の私は無学でしたから文字の読み書きからはじまり、勉学・家事・礼儀作法に剣術まで、大変な日々でしたが……とても楽しい時間でした」

 今のシオリの完璧と豪語する実力はその時の努力の賜物なのだろう。

 改めてセイガはシオリのことを尊敬する。

「その後はヒナキさんのメイドとして生きていたわけですね」

 だからつい気安く聞いてしまった。

「いいえ……主は死にました」

『え?』

「私の目の前で、敵国の王の手で無残に殺されたのですよ」

「……」

 セイガ達には掛ける言葉が無かった。

「そしてその後、私も死にました、だから私はこのワールドに再誕した訳です」

 シオリの言葉は静かな部屋に残酷なまでに響いていた。


 その後は何となく皆気まずくなり、少ししてお酒の席もお開きとなった。

 ユメカとラザンは早々に去り、今は片付けるシオリと、心残りがあって離れられないセイガだけがいる。

 シオリがメイドになった理由はわかった。

 けれどもそれだけでは説明できないことがある。

「……」

 シオリは無言で片付けを進めている。

 セイガは酔った勢いもあったが、遂に……

「あの…シオリさんはJさんと、寝たのですか?」

 ずっと気掛かりだったことを聞いた。

 一瞬の空白

「ええ、J様が私を抱きたいと申されたのでお受けしました、もう何度致したかは覚えておりません」

 嘘であって欲しかった、否定して欲しかった。

 けれどもシオリは淡々と事実を語った。 

「そんな……どうして?」

「一時的とはいえ、お客人が望むのでしたら夜伽をするのもメイドの務めです」

 シオリは無表情、しかしその奥には何かを抱えているようにセイガには見える。

 シオリがメイドの仕事に誇りを持っているのは身に染みて理解している。

「セイガ様もご希望でしたら致しますよ?」

 けれども…

「俺は……シオリさんには夜伽とか、して欲しくないです」

「そうですか」

「嫌じゃあないんですか?」

「仕事ですから」

「仕事だったらどんなに嫌なことでもしなくてはいけないのですかっ?」

「……」

 さすがのシオリも言葉を詰まらせている。

「俺は、やはりして欲しくない、です」

「だったら!」

 キッとシオリがセイガを睨む。

「あなたが私の主になってくれるのですかっ!?」

 それは突然の吐露だった。

「……え?」

「私の心を本当の意味で自由に出来るのは唯一、心から慕う主だけです!」

 いつもは冷静で、ひとをからかうのが大好きな彼女が、真剣に叫んでいた。

「私は……セイガ様…あなたのメイドになりたいのです」

 セイガはあまりのことに何も言えなかった。

「……失礼しました!」

 シオリは涙を拭うと、そのまま部屋から走り去る。

 呆然とする、セイガだけが酒の匂いの残るこの場に残されたのだった。

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