第5話
セイガは途方に暮れていた。
「ああ……ええと、なんて言ったらいいか、はは」
その後ろからユメカがそっと肩を叩いた。
「まあ、形あるものは何時かは滅びるんだよ」
「あの、……もし良かったらセイガさんも家を作るとかどうかな? ちょうどここにはボクん家もあるから当分お泊まりも出来るし…ね?」
ハリュウとメイも励まそうとしてくれている。
(悲しいけれど、みんなが無事だっただけで良かったと思おう)
そう、セイガが考えていた時、突然セイガの額窓が明滅した。
「?」
その項目を呼び出してみると、そこにはこう書いてあった。
『建築物、聖河・ラムル宅 復元しますか?』
「え!? コレって直せるってコト?」
横からユメカが覗き込む、急なその仕草にセイガはどきりとした。
「う~ん、ここでは確かにやろうと思えば簡単に建物だって作れるけれど…復元ってどこまで可能なんだ?」
ハリュウも首を傾げている。
メイに至っては全然状況を飲み込めていなかった。
セイガとしては、メイみたいに一から家を作り直すのもアリかもとは考えていたが、もし元の家が返ってくるのなら……
とても魅力的な提案だった。
「それじゃあ、復元してくれ」
セイガが声にすると、額窓から青い光が放たれる。
それはセイガの家があった場所、その一帯がキラキラと光ると…
少しずつ何かを形作り、なんと数分後には家が出来上がっていた。
セイガは堪らず走りドアを開ける、そして隅々まで見て回る。
驚いたことに、本当に…寸分の狂いも無く今まで生活していた我が家が見事に復活していた。
洋式二階建ての邸宅も、隣りに作っていた和風の平屋建ての道場も、天然温泉の露天風呂までもきちんと元に戻っていたのだ。
「あああああ……」
この感覚はいつぶりだろう…そうだ、あの時だ。
セイガは涙ぐみながらユメカの方をみつめた。
「…良かったね☆」
ユメカも恥ずかしそうに微笑みながらセイガを見返す。
こうして、無事に復活したセイガの家に、4人は帰ったのだった。
「話によると、この家はセイガが再誕した時に一緒に発生したものなんだろ?」
「ああ、そうらしい」
復元されたセイガの家のリビングに4人は揃って座っている。
テーブルの上には借りていた本まで、綺麗に戻っていた。
「だとしたらこの家自体も何か特別なものなのかもな」
ハリュウの指摘は当たっているような気がする。
セイガとしては、また一つ、この世界について驚かされた気分だった。
そう、ここはセイガ達が元々生まれて生きていた世界では無い。
ここは『もうひとつの真なる世界』、ワールドとも呼ばれている特別な場所だ。
セイガ達はそれぞれ、理由は分からないがこのワールドに呼ばれた存在だった。
それは再誕と呼ばれ、セイガ達は再誕した際に『真価』を授かったのである。
4人はそれぞれ別の世界、ここでは枝世界と呼ばれているがそこからワールドに来たのだが、元の世界の記憶はやや曖昧で覚えていないことも多かった。
それでも、不安にならなかったのは、きっとこうして近くに気の合う存在がいてくれたから、それに世話をしてくれた人達や場所があったから…
そしてきっとこのワールドが、全てを包みこむような世界だったから、そうセイガは思っていた。
「いいところだよな、ワールドって」
しみじみと、セイガはここに来てあまり長くは無いのだが、そう呟いた。
「うん、そうだね……大きな戦争とか伝染病とかも無いもんね」
「ボクのいたエルディアでは夏とか冬とか自然も厳しかったけれど、祟り神なんて危険な存在もいたから……大人になるまで生きられる子は大事だったんだよね」
うんうんと女性陣が頷いている。
メイはこの中では一番自分のいた世界について覚えているので実感が大きいのだろう……
「ま、必ずしも平和ってわけでも無いんだがな……少なくともオレ達デズモスが健在な限りは大きな災厄は起きないだろうぜ☆」
デズモスというのはハリュウが所属している私設軍隊の名称で、世界平和のために色々と活躍している団体だ。
「……そうだな」
セイガ自身も何度かその存在には助けられている。
「うふふ、そういう意味では『世界構成力』で簡単に分かり合えるってのも争いが起きない理由かも知んないね♪」
ユメカが指を振りながら微笑む。
無限ともいえる枝世界、言語も、文化も時間の流れや魔法形態、物理法則さえも様々なのである。
それでもこのワールドでは各自が自分のいた世界での理のまま生活が出来るし、他の世界のことも自然に自分の世界の情報として変換することが出来るのだ。
それが『世界構成力』、この力が強ければそれだけ自分の影響を大きく世界に及ぼすことが可能だった。
「話ができるだけでも違うもんね」
メイは漢字を知らなかったが、『世界構成力』があるから理解しているのだ。
今までの会話も実は4人それぞれ自分のいた世界の言葉を使っている。
セイガとユメカはかなり似た文化圏のようでそのまま聞こえるが、ハリュウやメイとは即座に変換されながらコミュニケーションを取っているのである。
「ボクもあちこち旅をしてたけど、『世界構成力』のお陰で色んな人に出会えて助かったもん」
「勉強しなくても知らない世界の文字が読めちゃうし、らくちんだなぁ…あはは」
「ま、どういう仕組みなのかはまだ誰にも分かっちゃいないがな」
「異なる世界を結ぶ力……それが『世界構成力』だって、先生は言ってたよ」
セイガの言葉に全員が頷いた。
「さて、話が逸れてしまったけれど、今日集まって貰った本来の話をしようか」
そう、本日セイガが3人を呼んだのには理由があった。
それは
「ふふ……今後の活動方針、だよね?」
ユメカが人差し指を口元に当てながら嬉しそうに囁く、
4人は、単純に仲が良いというのもあるが、最近は各個予定が無い限りは行動を共にしていた。
なので、機会がある度にこうして集まって各々の希望とかを聞きつつみんなで活動をしているのだった。
「本当なら次に行きたい場所とか楽しい話をしたかったのだけれど…」
まさかのキメラ襲来でそう安穏としていられない状況だ。
「とはいえ、誰がアレを差し向けたのか、全然分からないからなぁ」
ハリュウが腕を組みながら首を傾げる。
「一応デズモスでも調べてみるが、オレや組織狙いならここで襲う必要は無いしおそらくセイガか、ユメカさんを標的としているんだろうな」
「ボクは?」
「無いだろ、大体メイ坊を襲うとしたら例の祟り神……名前は言わねえ方がいいよな、アレだけだろ?」
「むぅ」
メイはちょっと心外そうだが頷く。
祟り神、それはその名を口にするのも憚られる…セイガ達にとってそんな存在だ。
「セイガの可能性が、一番高い……よね?」
ユメカがそっとセイガの顔を下から覗き込む。
自然と上目遣いになるため、セイガは一瞬言葉を飲み込んだ。
「ん…ああ、そうだね……目的としては狙い通り、なのか」
「うふふ、『スターブレイカー』だもんね☆」
セイガは以前、その働きから『スターブレイカー』という称号を授かり、その存在はワールド全体にまで噂が広がっていた。
今はその名を冠するに値する力は失ってはいるが、ユメカの持つ秘密を守るために、矢面に立ちその名を甘んじて名乗ることにしたのだ。
「まあ、用心は怠らないとはいえ、こちらからは特に行動が取れないなら」
「気にし過ぎは良くないか」
「そゆコト♪ 折角だから楽しい予定を立てよ~ぜ~?」
ハリュウが暗い雰囲気を払うような大きな声を出しながらセイガの背中を叩く。
「ボクはせっかくの夏なんだから山に行きたいなぁ♪」
「馬鹿野郎、夏と言ったら海だろ!?」
ハリュウの鼻息が荒い。
「え~~? 海だったらこの前も行ったじゃん」
「あの時は僻地だし水着じゃなかっただろうが、そうじゃなくて人気のビーチにでもみんなで行って楽しもうぜ!」
「やだよ、ボク水着になりたくない……だなんて、恥ずかしいもん…」
後半は聞こえない程の声でメイが非難する。
「うはは、私もあまり水着はちょっとNG……かな? 日焼けしたくないし」
肌を隠すように腕を組みながらユメカ、
セイガもそれを見て苦笑いする。
「悪くはないが、誰かに狙われているのにわざわざ人の多い場所に出向くのは良くないと思う……ぞ?」
「ホントはセイガもユメカさんの水着姿がみたいくせに」
「その話はぶり返すな!」
「あはは」
「?」
事情の知らないメイだけが首を傾げていた。
「そういえば、ユメカの例のアレはどうなったんだい?」
あれやこれや、色々今後の話をした後、セイガが気になっていたことを尋ねる。
それは
「うふ、よく聞いてくれました♪」
ユメカは喜びが滲み出るような笑顔になる。
「ついに! 新曲含めてのレコーディングが全部終了しまして、おひろめライブの準備に入ったんだぁ♪」
『おお~~!』
ユメカは元々、歌が大好きでとても上手く、歌手になるのが夢だった。
ワールドに再誕してからは長らくその夢は隠していたのだが、少し前に一念発起して歌手活動を開始することにしたのだ。
このワールドでは大抵の人が生活には困らず、「なりたい自分」になれる。
だから職業としての歌手に大きな意味は無いのだが、自分を表現するためにユメカは歌手という夢を再び追い求めることを決心した。
「日程はまだ決まっていないけど、ライブをするにはまず、周りに広く知ってもらわないとだから、今度MVを作って額窓のネットワークに流すつもりなんだよね♪ ふふ、みんなもプロモーションに協力してね?」
「ああ」
ユメカなら、きっといい歌手になる、そうセイガは確信していた。
そしてそんなユメカをずっと守っていきたい…それが……
「プロモーションってどんなことをしたらいいの?」
「そうだよねぇ、私もそんなに詳しくはないんだけれど、色んな人に話して宣伝したり、広告?みたいなのを出したり…う~~ん……」
メイとユメカが揃って頭を抱えている。
セイガも、そこまで友人が多い方では無いので、チラシや張り紙を使うなどそういうイメージしか沸いては来なかった。
沈黙が4人の中で流れる中、ふわふわと浮いていたマキさんが
『まずは「学園」か「楽多堂」にでも相談に行くのは如何でしょうか?』
そう提案した。
『学園』というのはこのワールドで再誕した人達の扶助と教育を目的とした組織、及び場所のことである。
セイガもワールドに来てから、何度もお世話になっていた。
「そうだな、学園で大きな看板を出したら目立つだろうし、レイチェル先生にどうすればいいか聞いてみるのは良いかもしれないね」
ユメカは、自分の写真が大きく載った広告が学園の広場に掲示されている光景を想像して……大いに照れる。
「うわ……あはは」
体がムズムズとして、何か動かないと落ち着かない…そんな気分。
「そうと決まれば早速連絡をしよう♪」
ユメカの不自然な動きには気付かなかったセイガが、額窓を広げて通信をしようとする……
すると、丁度そのタイミングで誰かからの着信が点灯する。
それはまさに今話そうとしていたレイチェルからだった。