第54話
セイガ達一行はまず、パラソルを確認してから、一斉に海へと向かった。
「うひゃ~、つめた~い♪」
海上にユメカの楽しそうな声が響く。
浜辺の熱気に比べると、海水はかなりひんやりとしていたが、少し慣れるとその冷たさがとても心地よい。
波が穏やかで、体が浸かるくらいの深さが続く遠浅の海は海水浴に適していた。
海辺にも人が沢山いるが、溺れたり流されたりする人が出ないよう、監視員がおり、安全性も高い。
さらに、遠くに目を伸ばせば、この海岸の特徴でもある大きな社が建っている。
かなり古い神社で、この海の神様がここ一帯の海域を穏やかで恵みの多いものにしているのだそうだ。
もしかしたらこの神社も誰かが再誕した時に出来たものなのかもしれない。
セイガはそんな気がしていた。
一旦それぞれが海から上がってからは、各自、自由に過ごしていた。
セイガは鍛錬も兼ねて泳ぎを満喫していた。
自分の記憶では海で泳ぐことはあまり経験が無かったので、海水に浸かっているだけでも楽しかったのだ。
ただ、何でだろうか、遠くの水平線を眺めていると、少しだけ寂しさを感じる自分がいた。
どこか遠い日に、失ったものを……そんな風の音と匂いをセイガは想う。
そしていいかげん疲れて海から上がり、パラソルに戻ろうとした時に、ちょうどメイもパラソルから出てきた。
「あ、セイガさん♪」
メイが首を傾げると、長い黒髪がさらりと流れる。
出会った頃よりもさらに伸びた髪、それは願掛けなのだとメイは語っていた。
「メイは今から海に入るのかい?」
「ううん、ボクは海の家に戻ってルーシアの分の飲み物を取りに行くんだ♪」
「? ルーシアに何かあったのか?」
「あ、大したことじゃないよ? ただルーシアって思ったより暑さに弱いらしくてちょっとパラソルで休んでるんだよ」
セイガはメイの気遣いに感謝すると同時に、自分が至らずに遊びまくっていたことを少し悔いた。
「……セイガさんはキチンとレイチェル先生と交代でみんなの様子を見てたんだから気にしない方がいいよ?」
前を歩きながらメイがセイガを見やる。
「はは、そこまで気付かれてたか、……ありがとうメイ、そうだ、どうせなら俺も海の家に一緒に行くよ♪」
いつも、メイには助けられている…そうセイガは改めて思い知った。
せめて、そのお返しを出来れば良いのだけれども……
そう考えていると海の家が見えてきた。
その海の家はセイガ達の貸し切りと言うわけではないので、テラス席にはカップルや家族連れなど多くの客が集まり、それぞれ寛いでいる。
セイガとメイは幾つかの注文をすると、木製の椅子に腰掛けて待つことにする。
「本当に、今日はいい天気で良かったなぁ」
セイガが晴れ渡る空を見上げる。
学園郷ではこの季節は晴天が多いようだが、場合によっては台風なども来るとのことで数日前からセイガは気にしていたのだ。
「そうだね♪ せっかくのみんなでの海水浴だもん、晴れてる方が絶対楽しいよ」
メイは、素直に喜んでいるセイガを、眩しそうに眺めた。
普段から鍛錬を怠らないから、その肉体は相当がっちりとしている。
適度に日焼けをした健康的で清潔感のある姿にメイはあてられていた。
「あはは」
「?」
セイガに気付かれないよう笑っていると、視界の先にハリュウをみつける。
なにやらジェスチャーをしていた。
(? 飲み物? オレ 持って行く?)
最後にウインクをしてハリュウは颯爽と去って行く。
(ルーシアの方は安心して この好機を生かせ?)
どうやら気を利かせてくれたらしい。
(てゆーか、アレで何を言っているか分かったボクの方が絶対凄いよね)
嬉しそうにふんすとしているメイをセイガは不思議そうに見ていたが、目の前の少女が楽しそうなのはいいことだと思った。
「そういえば、セイガさんは泳ぎも凄く上手なんだね、見てて絶対楽しそうだったもん♪ボクもあんな風に泳げたらいいのになぁ」
「はは、ありがとう、俺もあまり泳ぎはした覚えが無いから見よう見まねだったのだけれど思ったよりうまく進めたよ」
メイがぎょっとする。
「え?ずっと得意だったわけじゃないの?」
「ああ」
セイガは勉強熱心な部分もあるが、すべからく習得が早い。
それも才能なのだろうかとメイは改めて感心した。
「そっかぁ。それじゃセイガさんに教わったらボクも泳げるようになるかなぁ?」
「メイは泳げないのか?」
「うん、故郷には海は無くて、……川や湖はあったけれどそれだって泳げるのは真夏のほんの数日くらいだったから必要なかったんだよね」
北国の、しかも高地に住んでいたメイにとって水泳は特に行うものでは無かったのだ。
「そうか……それじゃあ泳ぎを学んでみるかい?」
「うん♪」
他にも泳ぎが苦手な人がいたら、集めて教えてみるのも良いかも知れない、そうセイガが考えていると、海の家の給仕が大きなお盆を持ってセイガ達の前に来る。
「ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
そこには飲み物やかき氷、焼きそば等が賑やかに並んでいる。
「はい、あ、ええと気分が悪いものがいたので水と濡れタオルも頼んだ筈ですが」
「そちらはお連れ様が既に持って行きましたよ?」
「そうでしたか」
セイガもそれで納得してお盆を受け取ろうと立ち上がる。
「あ、ボクが取るよ♪」
目の前のメイが背を向けて給仕からお盆を受け取ろうとする。
しかし
「あ!」
メイの手が滑り、お盆の重さでその体のバランスが崩れる。
「危ない!」
咄嗟にセイガが左手でお盆を、右手でメイの体を支え、難を逃れたわけだが…
「ごめんなさい」
「失礼しました!」
結果、メイと密着するというか、水着に触れてしまった。
給仕も慌てて被害が無いかおろおろと見て回る。
セイガもメイも、その視線が恥ずかしい。
「ええと……すまん」
セイガがゆっくりとメイから離れる。
メイの体は想像以上に華奢で、柔らかかった。
「こちらこそ……ダンケ…ありがと ございます」
メイは下を向いたまま両手でお盆を抱えている。
その表情はセイガからは見えなかったが、赤面しているのは明らかだろう。
「本当に失礼しました…それでは」
給仕が去った後も、なんとなく気まずい空気が流れている。
一旦セイガはお盆を預かり、席についた。
「ははは、落とさなかったのは幸いだったな」
色々な意味でドキドキしていて、少し休みたかったのだ。
「そだね……びっくりしちゃった」
メイも再びちょこんと座る。
「水着とはいえ、体に掛かっちゃったら絶対大変だったもんね」
ぺたぺたとメイが自分の肌を触って確認している、どうやら大丈夫そうだ。
「あ、と……すまない、メイの水着…体を触ってしまった」
「全然大丈夫ですよっ、そもそも事故だったんだし……」
セイガもいつもとは違うメイの姿、水着の感触を思い出してしまい、両者とも再び赤くなる。
「水着っていうのは、不思議なものだなぁ」
セイガが浜辺の方をみつめる。
男女ともに、普段の生活ではとても有り得ない恰好をしていて
だからだろうか、皆とても開放的な行動を取っているようにも見える。
勿論、それは自分達だってそうだ。
「そうですね、人によっては下着と殆ど変わらないのに、平然としちゃってますよね? あ、でももしかしたらそう見えているだけなのかも」
メイの言う通り、それぞれの内心は分からない。
「……少なくともボク……私は好きな人に海とか誘われても、水着になるのは恥ずかしくて断っちゃうんだろうなぁ」
ぽつりと、メイが声を零す。
それはきっと本心なのだろう、セイガは静かに様子を見守っていた。
「男性からすると、やっぱり女の子の水着姿とか見られるのは嬉しいんですか?」
ふと気になったのだろう、メイがセイガを覗き込む。
ここは正直に答えるべきだろうとセイガは思った。
「ああ、包み隠さずに言うと、嬉しい」
メイを直視できないので横を向きながら
「勿論あまり見過ぎるのも良くないと思うし、知らない女性に目を奪われたり、逆に知らない人に身近な異性の水着姿を見られたくなかったりと場合によって複雑な気持ちがあったりもするのだけれど、純粋に水着姿というのは興奮すると思う」
メイは、こんな風に自分のことを話しているセイガを見るのが珍しかったので、少しだけ嬉しかった。
「そういう意味で、メイの今の姿もとても可愛らしくて、いいと思う」
「セイガさん……」
勇気を出して、良かったとメイは心から思った。
「ありがとう、本当なら恥ずかしかっただろうに……海まで来てくれて、本当に感謝しているよ」
ようやく、セイガがメイの方を向く。
今度はメイの方がセイガを見れなくなって、お盆に手をやる。
「さ、それじゃあそろそろパラソルまで戻りましょう! 絶対かき氷とか溶けちゃいますしっ」
そうして立ち上がると、熱い砂浜に足を踏み出した。
「お盆は俺が持つよ」
「大丈夫です~!」
メイの嬉しそうな声が、一陣の風に交じった。




