第49話
「瑠沙、どうした?」
セイガも瑠沙の異変に気付き、声を掛ける。
先程までの紅潮とは違う、汗が流れている姿。
「ええとぉ……なんでもないお?」
瑠沙の足は固く閉じられているが、微かに震えているようにも見えた。
(まずいっ……夕食の時、ワインを飲み過ぎたよぅ)
そう、瑠沙の尿意は限界に近かった。
(アレをするのは覚悟していたから我慢できるけど……コレは…)
最悪の結果を想像して、瑠沙は急に怖くなる。
「やっぱり、体調がおかしいんじゃないかい?」
素直に心配したセイガが近付いてくる、しかし
「来ないでっ!」
瑠沙は切羽詰まった声を上げた。
(やだ……やだよう)
瑠沙の中の、心の奥底……本当の自分が目を覚まそうとしている。
「……ごめんなさい、私は大丈夫だから…こっちに来ないで?」
(怖い……きっと本当の私を知ったらセイガさんも私を嫌いになっちゃう)
セイガが優しいのは知っている、しかし瑠沙は自信が無かった。
考えれば考えるほど怖い想像が頭を巡ってダメになる。
涙が先に、頬を流れた。
「!」
セイガが心配そうにこちらを見ている、それさえも辛い。
「セイガく……」
瑠沙が震えながら首を振る。
「セイガさん、お願い……こっちを見ないで」
か細い声でそれだけ瑠沙が呟く、セイガも様子をみてか、後ろを向いた。
少しだけ、心が落ち着く、けれどもう一方は我慢の限界が近い。
「わたし……ルゥね、ホントはつまんない人間なんだ」
震える声、崩れ落ちていく自信
「周りが期待するから、明るいキャラ、みんなに好かれるキャラを演じてるけど、ホントのルゥは何も出来ない、臆病で無意味で儚い子、なの」
今だって、もうこのまま消えて無くなってしまいたいくらい、恥ずかしい。
「……だから」
「でも、俺はそんな瑠沙も魅力的だと思うな」
セイガの言葉、そこに嘘は感じられなかった。
「……え?」
涙ぐみながら、背を向けたままのセイガを見上げる。
「確かに瑠沙を見ていると、多分周囲のことを気にしているような感じがしていた…けれどそれはきっと瑠沙が気遣いのできる本当に優しい子だからだと思う」
瑠沙は、自分が演じていることをセイガが気付いていたことに驚いた。
「臆病だって悪いことばかりじゃない、だから自分が無意味だなんて、儚い存在だなんて言わないで欲しい」
セイガの優しい言葉
「ルゥがこんな子でも……嫌いにならない?」
瑠沙の縋る言葉
「ああ、絶対嫌いになんて、ならないよ」
セイガなら信じられる、そう瑠沙は実感した。
「う……う……」
涙が止まらない、このままだと色々なものが全部流れ出してしまいそうだった。
「…もう、大丈夫かい?」
そんなセイガの言葉に
「……うん」
それを聞いたセイガが振り返る、しかし
「見ないでっ!」
「え?」
てっきり振り返ってもいいのかと思っていたセイガはビックリする。
「だって……だっておしっこ漏れそうなんだもんっ!!」
そうして、セイガは瑠沙の異変、そして現状に気付いたのだった。
「どうしよう!?」
おろおろとセイガが部屋を見渡す、当然そこにトイレは無い。
「とにかくセイガさんはルゥから離れてっ」
もう、瑠沙は声を出すのも辛い状況だった。
「やはり力づくで壁を破るしか!?」
「そんなコトしたらその瞬間に我慢できなくなるよぅ」
セイガは部屋の角、瑠沙から一番遠い場所に真っ直ぐ立っている。
「……、………!」
もう、限界だった。
「セイガさん、後ろ向いてる?」
「ああ」
ベッドに隠れるように座り込む瑠沙
「…目を瞑って」
「ああ」
「……耳を塞いで」
「ああ」
「………聞こえてるっ?」
「……」
その数秒後、室内に細やかな音が流れ落ちる
室温が1度上がったような気配、止まらない飛沫
それは実際よりももっと長い、悠久のような時間だった
衣擦れの音がする。
瑠沙の顔は真っ赤に染まり、いつもなら自分の意思で自由に顔色を変えられるのだが、全然今は治まりそうになかった。
「……もう、いいよ?」
瑠沙が消え入りそうな声でセイガを見る。
しかしセイガは両手で耳を塞いでいるので気付いていない。
仕方が無いので瑠沙がセイガに近づく、とその気配を読んだのかセイガが振り返った。
「うわっ」
「ああっ すまない」
驚いて転びそうになる瑠沙にセイガが手を伸ばす。
「………あんがと」
「いえいえ」
セイガの目の前には顔を赤らめた瑠沙、それにベッドと、何故か床に置かれた毛布の姿が見て取れた。
瑠沙は恥ずかしすぎて消えてしまいそうな面持ちでセイガをみつめる。
ふたりの視線が絡まり、無言の時間が過ぎる。
しかし、それは突如、終焉を迎えた。
『!?』
ファンファーレと共にボードの文字が消え、新たな文字が浮かび上がったのだ。
そこには
『恥ずかしいコトしないと出られない部屋
クリア♪』
そう書かれていた。
そして、出口である扉も、ひっそりと出現する。
「はぁ!?」
瑠沙が声を上げる。
「ほほほほほ、実はエッチなコトじゃなくてもクリアは出来たんだよね~」
カラメッテが満面の笑みを浮かべていた。
「中々面白いもんを見させて貰ったわい」
ウブスキーも満足気に何度も頷く。
『あんの……クソ博士~~!!』
モニターには全力で怒っている瑠沙の姿が映し出されていた。
『瑠沙? 博士って一体』
最後まで事情を知らないセイガが何が起こったのか分からないまま瑠沙を宥めている。
「おおう、こりゃ後が怖そうや、わいはそろそろウエストアカデミアに帰ろうかな?」
「お~い、ぽっくんだけに罪をなすりつける気かい!?」
『ふたりとも、絶対許さないんだからね!』
瑠沙が指を突き上げて睨んでいる、これはもう、逃げられそうにない。
そうして、瑠沙の目論見は失敗に終わったが、ふたりにとって特別な夜は過ぎていったのだった。
余談だが、後日、瑠沙により実験室及び両博士はメタメタに破壊されていた。
そして学園からも両博士に厳重注意が送られたのだった。




