第4話
網の中、γは4つの瞳でセイガ達を睨んでいる。
双頭の唸り声、油断のならない状況だった。
「ユメカ……気を付けて」
「うん! 分かってる」
ユメカは網の強度を上げようと力を込める。
未だに黒豹の方は鳴いている。
そんな中、最初に異変に気付いたのはハリュウだった。
「! しまった、コレは呪文だ!」
その声をきっかけにγは大きくジャンプする、ユメカが作ったのは虫取り網だったので大きな網ごとγは空へと抜け出したのだ。
そしてくるりと体勢を捻ると
「ガァァァ!」
一気に地面にいるセイガの方へと突進した。
セイガは極壁を貼り、ダメージを防ぐが、同時に放射状に雷が発生してハリュウ達にも攻撃が届いた。
そればかりではない、雷霆の幾つかはセイガの家も壊し、たちどころに家屋が燃え始める。
「なっ!?」
セイガは一瞬我が家に向かおうか迷ったが、心を殺してジャンプで逃げるγを追う……心算だったのだが体が異様に重くてうまく動けない。
よく見ると、ハリュウ達の動きもどこか緩慢だ。
「こぅれは『かんいぃまほう』(簡易魔法)、『スロウ』だぁ!」
ハリュウの呂律の回ってないような声、不審に思う暇もなくγがセイガに向けて銀狼の左爪を振るう、するとそこから斬撃のような衝撃波が飛んできた。
動きが鈍るのを意識しながらもギリギリでそれを転がり避ける。
ユメカはずっと自分用のシールドを作っているのでその方は大丈夫そうだがこのままでは誰かが大ダメージを受けるかもしれない。
セイガは起き上がると、目の前に青い半透明な板状のものが出現した。
これは額窓という情報端末で、様々な機能があるが、例えば自分の状態や色々なものを調べることもできる。
セイガは『スロウ』の情報を探した。
「スロウ(疑似)、簡易魔法、対象の行動に負荷を掛けることにより動きを遅くする、強力なものは人を動けなくさせる」
なるほど、時間を操っているのではなく、行動に邪魔が入っているという…
どうりで空気が重く纏わりつくように感じるわけだ。
まずは黒豹の呪文を止めないといけない、セイガは大きく剣を振り上げると、気合を込めた。
ハリュウもまた、同じ考えのようで黒豹の頭に向けて赤い炎の波動を放っていた。
それは銀狼が吐き出した氷のブレスに阻まれたがその隙をセイガは逃さない。
「雷王天地元!」
剣を振り下ろすと同時に凄まじい落雷が黒豹の頭を撃つ。
「口が重かったけどようやく完成っ…ニダガン マンシャフト ヴィント ウント ドナ !」
『降陣風雷ですぞ!』
上空に急激に黒い雲が発生する。
スロウのせいで詠唱が難しかったのだろう、ようやく御業が完成した。
メイとマキさんが同時に大きな風とγへと浴びせ、その動きを制限、さらに
「いけぇ!」
メイが額窓から弓矢を取り出すと、その矢を黒豹へ向けて放った。
それは狙い違わず黒豹の目へと刺さり
「ガァ!」
その矢に導かれるように複数の雷が落ちた。
「……うわぁ、自分でやっといて何だけど絶対痛々しいね…ヤダなぁ」
スロウの効果は消え、γは黒豹の首をだらんと下げたまま大きく上空にジャンプした。
そして
「イイイイイイィっ」
何かが大きく嘶く、と同時にγの背中から黒い羽が現れ、蝙蝠の顔が銀狼の頭の隣りに生え、腰からは緑色の大きな蛇が伸びてきた。
「うわぁ……グロいな」
「うん、…ふふふ、でもちょっと面白いかも」
ハリュウとユメカが其々の思いを込めながらγを見上げる。
γは滞空したまま、見下すようにセイガ達を睨む。
「……回復している!?」
確かに、いつの間にか無かった筈の銀狼の右前脚が復活しているし、度々の雷撃で傷ついた体からも血が止まっている。
さらに
「畜生、黒豹も治しやがったか」
ハリュウの言葉通り、あの呪文を使える黒豹の頭も再び動いていた。
再びセイガ達に重りが圧し掛かってくるような感覚が襲う、
それだけではなく、蝙蝠の頭の方も呪文を使っていた。
「あっちは『ヘイスト』か、……何だよ随分と頭のいいヤツじゃねぇか、こんなに強いモンスターは久しぶりだぜっ」
ヘイストはスロウと対になる簡易魔法で、対象の動きを加速させるものだ。
悪態をつくハリュウに
「そんなコトないよ? いがグリくんだって強かったもん、うふふ」
そうユメカが反応した。
いがグリくんというのは、少し前にセイガ達が戦った『意外に強いグリフォン』のことである。
「気は抜けないということだな……みんな、行くぞ!」
セイガの掛け声を合図に4人が同時に動く。
メイは御業の詠唱、ユメカはいつでも<夢空>が使えるようにイメージを膨らませている。
まずはハリュウが浮遊魔法で近付きγを惹き付ける。
「いつもならアーマーで飛行するんだがなぁ」
久しぶりに使う魔法に戸惑いながらもγの気を引こうとその巨体の目の前までハリュウが躍り出た。
「ウオォーーン!」
度重なる攻撃で怒りに燃えた瞳のγが羽を広げると銀狼の口からは氷の、蛇の口からは火のブレスが放たれる。
「おいおいマジかよっ!?」
どちらか一つなら大気滅殺拳で相殺させる算段だったが、同時に複数の対処はまだハリュウには難しかったので、落下の勢いでハリュウはブレスを躱した。
「せめて……これでも喰らえや!!」
溜めていた白い波動を下からγの腹部へと放出、γは素早い挙動でそれから逃げる、ヘイストの影響もあるのかゴテゴテしていてもその俊敏な動きは健在のようだ。
γが落ちていくハリュウを見ているその上、上空にセイガが突然現れる。
まるで瞬間移動のような唐突なその動きに流石のγも反応が遅れた。
最初に気付いた蛇の頭がセイガに噛みつこうとその首を伸ばすが
その前に
「高速剣『 顎 』!!」
左右両方から放たれた斬撃が「同時に」蛇の首を斬り、そのままγの蝙蝠の羽をも切り裂いた。
堪らずγは落下して、麦畑の上をのたうち回る。
その姿を、再び地上に瞬時に戻ったセイガが見据えていた。
高速剣、それは同様の体力を消費することにより、特定の行動を瞬時に行う技だ。
だから瞬間的に遠くに移動したり、本来ありえない攻撃を同時に行ったりすることが可能なのだ。
決着をつけるべく、セイガが剣を構える。
すると
『キィィィィィィイン!!』
「ナニこれっ!?頭がっ」
強烈な耳を裂くような高音と共に、不快な衝撃が4人を襲った。
それと同時にγの体には大きな障壁、シールドが形成されている。
黒豹と蝙蝠、そのふたつがまた呪文を使ったのだろう。
詠唱途中だったメイが前によろける。
「大丈夫!? めーちゃんっ」
一番ダメージが大きそうなメイにユメカが寄り添う。
ユメカの方は前もってシールドを張っていたのでまだ平気そうだ。
「今のは『ジャミング』、相手の行動を妨害する魔法だ、追尾式のミサイルなんかもアレで防げるから注意だぜ」
耳を押さえながらハリュウがセイガに近付く。
γが落下した時、一番近くに居たのがハリュウだったので、彼もまたかなり辛そうな表情だったがどうにか動けていた。
「これ以上、時間を掛けるとマズいな……」
セイガの言う通りシールドの内側、γは蛇の頭と蝙蝠の羽を再生させていた。
このまま長期戦になればセイガ達の命が危ない。
「一気に……決める」
セイガはアンファングをしまうと、瞳を閉じる。
再び目を開けると息を止め、両手を前へ出す。
するとそこには刃渡り1.5m程のかなり長い日本刀が出現した。
「フッ」
一息でセイガが黒い鞘から刀を抜く。
そこには白銀の綺麗な刃を持つ…その銘も狼牙があった。
γの方は油断なくセイガを睨みつけている。
僅かな静寂、夏風に麦穂が揺れている。
先に動いたのはγ、大きく前方へと飛翔した。
セイガは刀を両手で後ろに引きながら力を蓄える。
「ガァァァ!」
氷と火、2種類のブレスと魔法による幾つものエネルギー弾がセイガへと浴びせられる。
しかし、それが届かんとした刹那、セイガはそれらを飛び越えγへと肉迫した。
γもそれを予測していたのか、或いはこちらが本命だったのか既にその巨躯は大量の雷を纏っており、一気にそれを放出しながらセイガへと突進した。
「ヴァニシング・ストライク!!」
セイガの赤黒の流星とγの紫電が激突、空中で両者は互いに引かぬまま……
「……セイガっ 負けないで!!」
ユメカの声が響く。
「これで……終わりだっ 高速剣『 顎 』!!」
セイガの流星は消えぬまま、終なる神速の牙が銀狼の大きく開いた口、その牙を打ち砕きそのままγの巨体を真っ二つにした。
セイガはヴァニシング・ストライクの軌道のまま、遠く麦畑へと降り立つ。
γは大きな音を立て落下した。
『やったぁ♪』
ユメカとメイの声が合わさる。
振り返るセイガも安堵の笑みを溢す。
そんな中、ハリュウだけは少しだけ、顔を下に向けていたが……
「よくやったな、セイガ」
そう友を称えると、セイガの方へと走っていった。
激戦の末、キマイラ‐γはなんとか破壊した。
ただ、その傷跡は深く広い麦畑はあちこち地面に穴が開き、消火活動はしたが、かなりが消し炭になっていた。
そしてセイガの家もまた……
「これは……酷いな」
セイガが落胆しながら呟く。
運がいいのか悪いのか、γの亡骸はセイガの家の庭に落ちていた。
ぐちゃぐちゃになった肉塊と、崩れ去った我が家。
吐き気と空しさがセイガを襲う。
その時
「……送信、完了」
何かの声がした。
セイガが耳を凝らすと、それはγのいた方から、確かに聞こえていた。
「まだ、再生するというのか?」
セイガは再び狼牙を呼び出す。
「待て!今なら情報が聞き出せるかもしれない!」
ハリュウだ、γに近付くその手には何かの機械が握られている。
その様子を見守る3人……だが異変はすぐに訪れた。
「任務、完了」
その声と共に、γは突然自爆したのだ。
ハリュウはどうにか無事だが大きく吹き飛ばされ、そしてセイガの家は木っ端微塵になったのだった。
「記録、完了」
セイガ達から遠く離れた麦畑の中、黒い球体に大きな眼球だけがある、そんな生き物がいた。
小さな黒い羽を静かに羽ばたかせ、滞空している。
そしてその傍らにはひとりの女性が立っていた。
『想定以上に強いじゃなーい? これはにゃーも興味が沸いちゃったにゃあ』
その声はとても小さく、その姿は幻のように薄かった。
『それじゃあ、帰るよ一ツ目』
猫背のその女性はそう言うと、黒い球体と共に蜃気楼のように消えていった。