第42話
セイガはひとり、イーストアカデミアの路地を歩いていた。
ほんの微かに残る気配、その独特な糸をゆっくりと手繰る。
このままだと、追いつく前に完全に逃げられてしまいそうだが、それでも少しずつ確実に進むしかない。
そう思いながらセイガは足を前へと向けた。
一方、先行してラスを追った核熱の魔女の方は早々にその捜索を切り上げていた。
『完全ニ喪失シタナ』
既にイーストアカデミアを上空から数周、索敵したが残念ながらその痕跡をみつけることは出来なかった。
おそらく都市の外、あるいはテレポートで遠隔地まで逃亡してしまったのだろう。
魔女は目立つ上空での捜索を諦め、街の目立たない一画、所謂路地裏に降り立つ。
そして…
「ふぅ……やはりこの姿は魔力の消耗が大きいですね」
魔女はこっそりと変身を解いた。
そこにいたのは、背が低くほっそりとしたやや幼い女性の姿、マントとロッドを装備しているから魔術師といった風の出で立ちだ。
「これだけやって収穫無しなんて……上にどう報告したものかしら」
ひとりごとを続けながら女性は歩き出す、がふと何かの視線に気付いた。
「ええと……秘書さん、ですか?」
そこにはまさかの人影、しかも知り合いであるセイガがいた。
「聖河さん!? まさかまた貴方にバレるなんてぇ……!」
そう、そこにいたのは、学園長の秘書を勤めているリンディだった。
「まさか核熱の魔女も秘書さんの変身した姿だったなんて、びっくりです」
「わたくしの方こそ、リンちゃんの時だけでも不覚だったのに、今回も失態を犯してしまうなんて……ビックリですよ」
セイガ達は場所を変え、今は表通りの小さなカフェテラスにいる。
そして既に今回の事情はリンディから聞いていた。
「彼の名は『ラス・P・フェンデッド』、学園から要注意人物として捕縛命令の出ている人物です」
なんでも、ラスという男はこのワールドでもかなり有名な存在らしく、暗殺や窃盗、誘拐など多くの悪行を重ねているらしい。
「勿論、このワールドには犯罪を取り締まる法律はありません、けれども自衛のために危険人物は罰さないといけないのですよ」
近日中に学園郷でラスが出没するという情報を学園が入手、その確保のために学園が認める最上級の実力者である七強、核熱の魔女と大佐が呼ばれたのだ。
七強がふたりも必要となるなど、そうあることではない。
「ラスの実力は学園のデータベースでも把握していません、もしかしたら七強に匹敵する可能性も無いわけではないのです」
凶悪で、強力な犯罪者……
セイガの心も震えた。
それは……
「聖河さん、今の話も含めて、今日起きたことは全て秘密にして貰えますか?」
リンディが頭を下げる、学園長の秘書として、七強として、この件を公にするわけにはいかない。
「勿論です、それにそんな事情も知らず、ふたりの邪魔をしたのは俺ですから」
「正しくは海里さん、ですけどね」
秘書らしく的確に訂正する。
「そうですけど、さっき言ったように海里のことについては俺が全部責任を持ちます、それが例え海里の方が悪かったとしてもです」
それがセイガの本心だった。
一度信じた相手に対して自分から裏切らない、その意志は変わらない。
「そうですね、それが聖河さんですし、だからこそ信用できます。……そういう不器用な所はわたくしも嫌いじゃないです……あ、無論、今のは性的な意味では無いですよ?」
クールな表情のまま、リンディが軽く手を振る。
「とにかく、聖河さんならば秘密にしてくださると信じていますし、何かあった際には責任も取ってくれるでしょうから、今回はそれでよしとします」
「ありがとうございます」
セイガもやっと安心することが出来た。
「それにしても……どうして聖河さんにだけこの正体がバレてしまうんでしょうね、これでもわたくしの変身、特に第2形態の方は今まで誰にも知られていないのに」
ふぅ、とリンデイが溜息をつく、そんな仕草は見た目通りの少女のような姿だ。
「そうなのですね」
「ええ、聖河さんには分からないかも知れませんが、わたくしこれでも有能なことで有名な秘書なのですよ」
言い終えてから虚しさを感じたのか、リンディはコーヒーを口に入れる。
「ははは、俺も秘書さんは有能だしすごいと思っていますよ」
「そうですか?」
ジト目でリンディがセイガを見上げる。
「はい」
「ならいいです」
そこまで聞いて、セイガはふと疑問を口にした。
「今、第2形態って言いましたけど、もしかしてさらに上の変身があったりするのですか?」
リンディは『魔法少女』という『種族』で、魔力によって変身が出来る。
前に見たフリフリの可愛らしい衣装が第1形態だとすると、核熱の魔女はそれよりずっと強力な変身だった。
もし第3形態があったのなら、その実力は如何ばかりのものだろうか?
セイガはそう考えるとワクワクしてしまった。
しかし、リンディの方はそんなセイガの顔が気に入らなかったのか、ぷいと横を向いてしまった。
「……秘密です☆」




