第41話
最初に『私』を確認した時のセイガの表情は、少しバツが悪そうに見えた。
「海里、跡をつけるような真似をしてしまってすまない」
なるほど、そういうことか…
確かにワイがポカをしたらしい、責任、というわけではないが彼を逃がすため、私はセイガに気付かれないよう<呪文>を唱える。
「……それは別に構わないけど、どうしてここに来たの?」
台詞に織り交ぜたからきっと大丈夫、気付かれていない
「それは…気のせいなら問題無いのだけれど、偶然海里を見た時に嫌な予感というか、君の表情に何か昏いものを感じたんだ」
セイガは純粋にこちらを心配しているようだ。
チクリと、なけなしの良心が痛む。
「そっか」
「話したくない事情もあるとは思うけれど、もし俺で力になれることならば正直に話して欲しい」
セイガは油断なくこちらをみつめながら、ゆっくりと近付く。
そう、セイガは感じているのだろう、この場に微かに残っている『彼』の気配を。
『レミニセンス』、この<呪文>は過去の事象を再現することが出来る。
私は先程の彼の気配をこの場に残しているのだ。
セイガにはこの場に隠れた何か、しかも凶悪な殺気にも近い気配が見えているのだから私を心配するのも、この場を警戒するのも分かる。
「大丈夫、そんな大したことは起きてないからね…大丈夫」
私が出した追憶の気配はそう多くない、このまま時間が経てば痕跡も残さずに消えるだろう。
それにしても、セイガと彼が会わなくて良かった、これならセイガだけは免れるだろう……
「そんなに私って、思い詰めた可愛らしい顔をしてた?」
冗談めかして微笑む、セイガは少し安心したのか剣を出そうとする動作を止めたようだ。
「はは、海里はとても可愛い面もあると俺は思うよ?」
暗く広い倉庫の一画、ようやく肉眼で確認できるほどにセイガは近い。
「ありがとうセイガ氏、……でも誰にでも優しい男はモテないよ」
「ああ、そうかもな、でもこれが俺の性分だから仕方ない」
ようやく『敵』がいないことを確信したのだろう、セイガが大きく息を吐く。
私の方もこのまま隠し通せれば問題は 無いのだけれど……
「私を……ってくれる?」
「え?今何か言ったかい?」
敢えて聞こえないように言った私の声、それを確認する間もないまま、この静寂を破る者達が倉庫に現れた。
『龍宮殿 海里 ダナ?』
先制は相手の一方、機械なのかそういうデザインの鎧なのか、白い流線型の金属で構成された浮遊する物体。
イメージでいうならばロボット妖精とでも言おうか、一対の羽を背中に宿した人間の体長ほどの存在だ。
考えられる最悪のパターンだと第4リージョンの七強のひとり…
『核熱の魔女』別名「マシナーズフェアリー」の可能性が高い。
『答エナサイ』
機械で合成されたような声が室内に響く。
「……そうよ、『核熱の魔女』さん」
ブラフのつもりでそう言ってみる、セイガは事情が分からないのだろう、無言でこちらを見つめていた。
『ワタクシタチガ 此処ニ来訪シタ理由ハ ワカルナ』
否定しなかったからおそらく同意なのだろう、核熱の魔女が詰め寄ってくる。
もう一方、後ろいる男も油断なくこちらを見ている。
こちらも明らかに強そう、これは逃げられる状況ではないだろう。
「わかんないなぁ、私はただここでセイガと逢引きしてえっちぃことをするつもりだったんだけどぉ?」
そのままセイガの腕を掴み、寄り掛かる。
セイガは少しだけ驚いていたけど、そのまま私を庇うようにしてくれた。
『嘘ヲツクナ』
さらに魔女が近付く、もう彼女の射程圏内だ。
『海里さん、あまり彼女を怒らせない方が得策だぞ』
男の方の声、何かの気を乗せて喋っているので即座に抵抗したが……こちらもかなりの強敵のようだ。
「!」
セイガも面食らったのか男の方を凝視している。
「もしかしてその声……」
そのまま男の方を指差す。
「『大佐』、ですか?」
セイガの声に、数瞬して男が頷いた。
「え?え?どうしてこんな所に?というかその姿は?」
私よりもセイガの方が驚いているようだった。
確か七強の中でも最強の噂が高い大佐は竜人、身長5m以上のドラゴンを二足歩行にしたような種族の筈。
「ははは、いつもの姿は狭い所では不便だからな、場合によってはこういう姿をしてるんだよ」
今の大佐は緑色の軍服を着た身長170cm程のややがっしりとした体格、肌は浅黒く、白い短めの髪がより目立つ、顔のあちこちに傷跡が残り、歴戦の勇士を感じさせる人間の姿だった。
『セイガ 口ヲ出スナ』
魔女がずいと前に出る。
無機質な声なのに、怒りを感じた。
「……貴女は七強の核熱の魔女、さんなのですか?」
『ソウダ』
「そんな凄い存在が、……しかも大佐と一緒になって海里さんをどうしようというのですか?」
セイガの警戒の瞳、彼は今回のホスト役だから、責任を感じているんだろうな。
『彼女ニ直接罪ハ無イ シカシ『ラス・フェンデッド』ト接触シタ可能性ガアル ダカラ 拘束スル』
魔女の冷たい言葉、やはり恐れていた通りだった。
「ラス? それは何かの犯罪者のような存在ですか?」
「まあ、そんな所だな。俺達の任務はラスの発見、及び確保だったのだが……どうやらもうここにはいないようだ」
大佐には既に気付かれたのだろう、焦った様子もない。
まあ、最初から時間稼ぎのつもりでレミニセンスを使ったのだからこうなる想定はあったのだ。
『龍宮殿 海里 ラスノ居場所ヲ今言エバ 今回ハ許シマス』
威圧的な魔女の声
「無理に庇わない方がいいぞ?」
懐柔を薦める大佐の声
さあ、どうしたものか……
頭の中が焼けるように、じりじりとアラームを鳴らす。
簡単に勝てる相手ではない、というか逃げるのも無理な気がする。
だけど、絶望的な状況が私を嗤わせた。
『ドウシタ 気デモ触レタカ?』
魔女の仮面の下の表情は読めない。
この場を逆転出来るとしたら、魔女の方を攻めるしかない。
「面白くなってきた……そう思って…ね!」
右手で愛用のネコノテ(短鞭)を瞬時に取り出し、握る。
当然魔女もその動きは見えている。
ジュっと、嫌な音と共に私の右脇を赤い熱線が貫く。
超高温の核融合プラズマだろうか、まともに喰らったら即消し炭だ。
『警告』
予備動作も無しにあの攻撃、わざと外しているのだろうが…
「そうね、お互いにね、面白いと思わない?」
私は何も出来なかった訳じゃあない。
「……え?」
セイガが声を出す、気付いたのだろう。
魔女の左肩が燃えて傷ついていることを……
私も魔女の威嚇攻撃に合わせて<呪文>を浴びせていた。
逆に魔女が私を直接狙っていたら、向こうにも相応のダメージが行った筈だ。
『全然 面白ク無イナ』
魔女はそれだけ言うと、その羽根を音を立てながらゆっくりと展開する。
臨戦態勢、とでも言っているのか、圧が一気に高まるのを肌で感じた。
もうひとり、大佐の方はまだ動く気配が無い。
正直こちらを舐めて貰った方が助かるというものだ。
「あ~~~、折角セイガとイチャコラ盛り上がろうと思っていたのに、こんなに熱くなっちゃったら……イケないじゃない」
既に幾つも罠は張っている、けれどそれで何処まで戦えるのか。
一触即発
互いに熱を帯びながら、私と魔女は対峙する。
(身から出た錆、錆塗れのワイにはお似合いかもね)
覚悟は、もう死んでいる。
だから……
「あのっ!」
そんな私の前に、手を差し出す人がいた。
「ここは、俺に任せて貰えませんか?」
「……セイガ氏?」
セイガが私の前に立ち、魔女から文字通り守ってくれた。
『……』
沈黙が全員を襲う。
セイガにだって、このふたりの強さは分かるだろう。
それでも力強く優しい…セイガの背中が私にはそう見えた。
「この第4リージョンでの海里達のことは俺達が学園から一任されています、それに俺は責任者として彼女を守りたい、彼女は決して悪い人間ではない…だからここは許してはくれないでしょうか!」
真っ直ぐに七強のふたりを見据えるセイガ……
「俺は海里を信じています」
重く、冷たい空気が流れる……
ごくり、自分の喉を鳴らす音がいやに響くのを感じる……
「……ま、いいんじゃないか?」
『大佐!?』
「確かにセイガのいうことも一理あるし、ここでこうやって時間を稼がせるよりも、さっさとラスを追った方がみつかる確率は高いようだ」
その言葉に魔女の方も合点が行く。
『了解 ソレデハ此処ハ任セタ』
そして、一瞬で魔女はこの場から姿を消した。
『彼』を追跡する気だ……私に出来るのはここまで、あとは彼の運を祈るしかないだろう。
「……ひとまずこんなものか、海里さん…身に覚えがないわけではないと思うがこれで一応あんたは自由だ」
既にこちらの事情もお見通しなのだろう。
直情的な魔女よりも、大佐の方が正直厄介だ。
「ふぅ……それじゃあ私はもう帰っていいのね?」
言葉の代わりに大佐が出口を指差す。
「ま、もし悪いと思ったならラスの捜索を手伝ってくれても構わないぞ」
「うふふ……ワイは今日はもう疲れたから遠慮しとくわ」
「仕方ないか、俺の方もそろそろ動くとしよう…じゃあな」
大佐が立ち去ろうと軽く左手を上げた時に、セイガが一歩前に出た。
「大変そうなら、俺も手伝いましょうか?」
まさかの助力……それはちょっと困るかも。
「お前はラスに会ってないのだろう?」
「気配の方は何故かまだ残っていましたから、追うことは出来ると思います」
いやいや、セイガと彼を会わせるのはかなりまずい気がする。
「ええと……それじゃ私も?」
「いや、海里は大佐達から犯人と関係があると疑われているだろうし、疲れているなら一度学園の隠れ亭に帰った方がいい、ここは俺に任せてくれないか?」
セイガの中では、私は完全にシロなのだろう、これは…今更断れない。
「……うん」
そうして、私を置いて、セイガと大佐は出て行ってしまった。
とくん、と不意に私の心臓の音が私の邪魔をする。
「……ま、しゃーないなぁ」
軽く頭を掻き、私は暗く冷えた倉庫から速やかに消えた。




