第3話
全員に緊張が走る。
ユメカを守るようにハリュウとメイが構え、セイガがいち早く外を確認する。
窓の外には長閑な麦畑が広がっている。
だが一点、上空から何かが落下していた。
警戒シールドは、以前に急な落下物に対して対応が遅れた件があり、そんな事態を防ぐために開発された魔道具だ。
警告と同時にユメカの体には既に防御用の魔法が幾つも掛かっている。
落下物はどうやらここではなく、別の場所に落ちてくるようだったが…
それはセイガの視線の先に建っている家……
つまりセイガの家だった。
「……あ」
銀色の、セイガの館と同じくらいの大きさの何かが、一瞬スピードを上げ回転し、建物を大きく破壊した。
その後、体を広げる。
そこには巨大な獣、銀狼が雄々しく立っている。
セイガは即座に窓から地上へ降りると、既に出していたアンファングを構え、一気に跳躍した。
瞬間移動にも見えるほどの移動、セイガは既に半壊している建物を庇うように銀狼の前に立ち塞がる。
「お前は……何だ!」
今までにも、異形なるもの、モンスターとは何度も戦ったことがあるが、こうして脈絡もなく襲われたのは初めてだった。
本来、この一帯はモンスターなど現れる筈もない平和な場所、悪意ある何らかの手で意図的に送られた存在……そう考えるとセイガの手が震えた。
「ウウウウウウゥ……」
銀狼は応えず、唸り声をあげセイガを睨んでいる。
明らかな敵意、戦わねばならない、そうセイガは判断した。
警戒しながらも、一瞬振り返り我が家を見やる。
期間にしたら3か月ほど、そう長くはないが、色んな思い出の詰まったとても大切な居場所だった。
沸き出てくる怒りを抑えながら、セイガはアンファングを銀狼に向ける。
「……聖河・ラムル、参る!!」
一息で間合いを詰めると銀狼はすかさず前脚を繰り出す。
やはり大きいながらも俊敏だ。
その鋭い一撃を剣でいなしながら、セイガが裂帛の気合と共に体を捻りながら飛び上がる。
「ヴァニシング・ストライク!!」
その身を赤いエネルギーの奔流と黒い重力による加速で包んで、流星の如き突きが銀狼へと浴びせられる。
銀狼は勢いのまま空中へと大きく弾かれたが、地上へ落ちる寸前、くるりと体勢を整えて静かに着地した。
セイガの攻撃の威力を寸前で逃がしたようで、想定よりダメージは低そうだ。
「やはり…素早いか」
「おおお~~~い」
白くて四角い、メイの家の方からハリュウ、メイ、ユメカが順に加勢に来た。
『こ、是は何事ですかな?』
古風な声がセイガに掛けられる。
それはよく見ると、メイの脇をふわふわと浮いている緑色の巻物から発せられていた。
「敵だよ! マキさんも準備して!」
メイの従者である付喪神『新緑山水鳥獣絵巻』、通称マキさんである。
「こんな大きな狼、普通じゃあ無いよな」
ハリュウの手には長さ2m程の木製の槍があり、それを油断なく銀狼へと向ける。
その間も銀狼は唸り声をあげ、低い姿勢のまま動かなかった。
「みんな…はやいって~…ってうわぁ、近くで見るとやっぱり大きいね、この子」
最後に到着したユメカが銀狼を見上げる。
体長は5m程、低い姿勢のままでもその背はユメカより高かった。
「来る!」
銀狼の突進、セイガがユメカを守るように立ち塞がり、ハリュウが横から迎撃する…が
「ぐはっ!」
ハリュウが近付くやいなや、銀狼の体から放電が走りハリュウの体を撃った。
そして紫電の銀狼はセイガも弾け飛ばそうと襲い掛かる。
「極壁!!」
セイガの剣の先から白い壁が現れ、銀狼の攻撃を防ぐ。
ビリビリとその衝撃と放電の余力が壁越しにも伝わるようだ。
銀狼は一旦諦めたのか、セイガ達から離れるように後ろに飛び退いた。
「雷かよ……だったら『土』だなぁ!」
ハリュウの目の前に『空』の『真価』が浮かび、ハリュウの槍を中心に黄色いオーラが発生する。
ハリュウの得意技、大気滅殺拳の波動だ。
「ウオオオォン!」
セイガとハリュウが同時に銀狼へと向かう。
銀狼は両者を捉えるべく再び雷を纏った突進を繰り出す。
しかし
「垂 隗 皇 波!!」
ハリュウが大地に向け愛槍、風林火山を打ち下ろすと周囲の地面が全て黄色く光り、銀狼へと襲い掛かった。
放電も一瞬で消し去らわれ、銀狼が激痛でその動きを止める。
その隙はセイガにとっては充分な時間だった。
「ファスネイトスラッシュ!!」
セイガの鮮やかな剣閃、咄嗟に銀狼も逃げようとするが、躱しけれずその右前脚は切断される。
銀狼は堪らず麦畑の方へと逃げるが
「行かせないっ!」
ユメカの声と共に、銀狼の先に巨大な虫取り網のようなものが出現した。
「やぁ!」
それは思ったより速く動いて、銀狼の巨躯を見事に捕まえたのだった。
「ガァ!」
銀狼が食い破ろうとするが、その網は強靭で簡単には壊せそうにない。
「わぁ、スゴイねゆーちゃん、ボクたちの出番は無さそうだよ」
ユメカの隣りにいたメイ、マキさんと一緒にサポートをするために御業という特殊な魔法の詠唱をしていたのだが、状況を見て、一旦その作業を中断した。
「ふふ、即興でも上手く行って良かったよ」
ユメカの手の先には『真価』が発現している。
それは『夢』、この技は<夢空>と言って、自分がイメージしたものを具現化させるものだ。
ただ、ユメカの『真価』には別の力があり、それが大きな秘密となっているのだが、そちらの力は今のユメカには扱えないものだったりする。
「ヨシ、これなら生け捕りに出来そうだな」
安心したハリュウが網へと近付く。
「待てハリュウ!!」
セイガの声を聞く前にハリュウもまた、異変を感じて急いで逃げる。
「……おいおい、何だよこりゃあ」
4人の視線の先にいた右手を失った銀狼……
しかしその姿は明らかに変化していた。
グニャグニャと体が脈動し、唸り声がひとつ、いやもうひとつ。
黒い体毛の、しなやか4本の足がニョキニョキと新たに生えてきた。
合わせて7本の足、さらに狼の頭の隣りから黒豹の頭が現れる。
ふたつの動物を無理矢理に混ぜ合わせたような異様なその姿。
「こいつ……キメラだったのかよ」
キメラとは、モンスターの一種で、様々なモンスターや生物を合成して作られたモノの総称である。
「我が名は、『キマイラ‐γ』である」
麦畑に突然現れたキメラ、どうやらまだ戦いは終わらないようだった。