第38話
こうして、セイガ達の学園郷での生活がスタートした。
拠点である学園の隠れ亭には各自の部屋があてがわれ、2階への階段を上がってみて右側に男性陣(フランを含む)、左側に女性陣が並ぶことになった。
内装も自由にしていいということで、ユメカやエンデルクは早速インテリアを揃え始めている。
生活パターンも皆それぞれなので、1階の食堂には掲示板が置かれており、メンバーの予定が随時表示されていた。
ここ数日、ある者は観光や買い物、またある者は自室に籠るなど皆が好き好きに暮らしている。
そんな中、セイガの新しい習慣として、シオリとの時間が加わっていた。
魔法で区切られた広い空間にセイガとシオリがいる。
イーストアカデミアには魔法を使う人間が多いため、強大な魔法を使ったり激しい戦闘訓練などをしても平気なバリアのある共有スペース、練習場が街のあちこちに建てられている。
ここはそのひとつ、学園の隠れ亭からも近いのでセイガ達にとってはうってつけの場所だ。
「それでは、今日もよろしくお願いします」
セイガはいつもの戦闘用の赤と白の装束を着ている。
「はい、本日も気張って参りましょう、セイガ様だけに」
一方のシオリは紺色のメイド服、ただし屋敷で着ているロング丈のクラシカルなエプロンドレスではなく、フリル多めのミニスカート姿だった。
セイガには何故『セイガ様だけに』と言われたのかピンと来なかったのだが、そんな迷いは切り捨てて、シオリに焦点を合わせる。
「……行きます!」
セイガはウイングソードを分割、双剣にしてシオリへと向かう。
「受けて立ちましょう」
セイガの斬撃にシオリも双剣で応じる。
シオリの剣は形状としては小太刀でそれぞれ少しだけデザインが異なっている。
並ぶ金属音、高速の攻撃が何度もぶつかる。
セイガの速く真っ直ぐな動きに対して、シオリの挙動は滑らかで美しい。
一見互角に見える攻防だが
「……くっ」
セイガの方が、少しずつ劣勢になっている。
このままだと隙あらばシオリに一気に持って行かれるのでセイガは間合いを離そうと高速剣で飛び退いた。
しかし
「流星刃っ」
タイミング良くシオリから放たれた幾つもの光の刃がセイガに降り注ぐ。
「極壁!!」
堪らず白い力場の防御壁を張るが、その一瞬の隙をシオリは見逃さない。
「闇星」
近付くシオリの刃から闇が放射状に生まれ、セイガを包む。
「うおっ」
それはダメージと同時にセイガの動きをも封じようとしている。
きっと続いて攻撃がくる!
そう感じたセイガが相手のタイミングに合わせて
「ファスネイトスラッシュ!」
一閃で応じる。
「……」
しかし、その先には誰もいなかった。
闇星に紛れ、シオリは既に別の場所にいたのだ。
「!」
気配に気付き、見上げたセイガの視界に白いパニエが映る。
「北辰羅斬!」
落下と同時に幾重もの剣撃がセイガを切り裂く、その何割かは自らの剣で防げたが、それ以上に多くの攻撃がセイガへと浴びせられた。
結果、セイガは為す術もなく地面へ伏されたのだった。
「はぁっ……はぁ」
「此処まで、ですね」
シオリは息ひとつ乱れていない、そのまま優雅に立つと、構えを解いた。
「……参りました」
セイガはゆっくりと立ち上がると、練習室の壁際にある椅子に腰掛ける。
今日も既に何本も稽古をしているが、勝率はシオリの方が断然高かった。
「まだ、全然ですね、俺」
セイガも今まで、沢山の強敵と戦って来ていたから、少しは自分の力も高くなっていると思っていた。
しかし、世の中にはまだ、自分より強い者は大勢いるのだ。
シオリの場合、圧倒的に強いというよりは、洗練されているというか、無駄なく隙なくてセイガは彼女の手の上で踊らされている気分だった。
「そんな事は無いと私は思いますよ?セイガ様はとてもお強いです」
シオリがやんわりと微笑む。
「そうですか?」
「ええ、おそらく試合でなら私の方が勝率は上でしょうけれど、本気で、死ぬまで戦ったらセイガ様の方が勝つと思います」
シオリの分析、それは
「セイガ様は強力な技を多くお持ちですし、何より耐久力というか、戦い続けようとする意志が強いです。きっとセイガ様と『今の』私では背負っているものが違うのだと推察致します」
確かにセイガにも頷ける部分がある。
ただ、セイガには別にもうひとつ、気に掛かる点があった。
「昔のシオリさんには……背負うもの、大切な何かがあったのですか?」
セイガの言葉にシオリは薄く笑うだけだった。
「そうですね、その話はいつか……お話する日が来るかも知れませんが、今は内緒にしておきます。話は変わりますがセイガ様も『アマルテア流剣術』をご存じの模様ですね、それも『剣』の『真価』のお陰ですか?」
既にセイガの『剣』の効用のことはシオリもある程度は聞いていた。
古今東西、数多の枝世界の剣術と名剣、その情報がセイガの『真価』には備わっている。
セイガは自分の実力に応じて、その技を使うことが出来るのだ。
「ええ、アマルテア流剣術は体術だけでなく、魔法的な技も多くて興味深い流派だったので使わせて貰っています」
先程シオリが見せた闇星のようにアマルテア流の効能は多岐に渡っている。
「セイガ様の仰る通り、アマルテアには女性でも極められるように体力だけではなく理力を用いた技も多いですね、それも開祖が女性だったからでしょうね」
調べてみると、アマルテア流剣術は開祖から女性の使い手が多いようだった。
「なるほど、シオリさんに似合っているのもそのお陰なのかもしれないですね」
それくらい、戦闘の時のシオリの動きは様になっていた。
「お上手ですね、…それに知っていますか?」
不意に、シオリがセイガを下から覗き込んだ。
その仕草にセイガはどきりとする。
「アマルテア流剣術は、星斬剣とも関りが深いのですよ?」
その言葉はセイガをさらに驚かせた。
セイガの知っている技の中で最大級の威力を持つその技……
セイガがそれを使ったことを知っているのは、ほんの一握りの関係者だけで、どうして使うことが出来たのか、その要因については完全に秘密になっているのだ。
「ははは、そうなんですね、それは知りませんでした」
シオリがどこまで知っているのだろう、セイガにはそれは分からなかったが、これ以上この話をするわけにはいかなかった。
「そろそろ次の試合に入りましょうか」
あまり嘘をつくのが得意ではないセイガは、話を切り上げることにする。
「そうですね、まだまだ修行は始まったばかりですからね」
シオリが軽く飛び跳ねる、それに合わせて短めのスカートがひらひらと揺れた。
「……どうして、シオリさんはいつもの仕事中の服装では無いのですか?」
つい、視線がシオリの際どい所に落ちてしまう。
シオリは小首を傾げると、自分の服を見下ろした。
「そうですね、勿論普段の服よりも動きやすいという面もあるのですが、セイガ様はこういうえっちぃ服装の方が喜ぶと思いまして★」
「いや、清楚なメイド服も好きですよ!?」
混乱したセイガはつい大声になってしまった。
「ふふふ」
「あ、いえ……その、Hなというのはあまり関係ないと思います」
「それでは、この服装はお嫌いですか?」
新しい獲物をみつけたような笑みで、胸が強調されているデザインのメイド服の裾を摘まみながらシオリが近付いた。
「……いえ、嫌いでは無い……です」
意識しないようにしても、セイガの顔はつい赤くなってしまう。
「それは重畳です♪」
そういう意味で、効果はまさに覿面と言えたのだった。




