第37話
施設内も謎のオブジェや絵画などが並んでいて、何というか……ちょっといかがわしい博物館、といった雰囲気がしている。
受付で案内を受け、エレベーターで3階に上がる。
ドアが開くと、目の前にはふたりの中年の男性が並んで立っていた。
片方は背の小さい、太めの体形で白いローブを着ている。
胸元まで伸びた長い紫に染められた髪、さらに肌の見える部分には薄く光る刺青のような文様があり、ちょっと近寄りがたい感じがする。
もう片方もかなり異様な風体で、背がかなり高く、ガリガリな体形に白衣を着ている。
髪は剃っているのかツルツルで、体の部位の幾つかが機械で出来ている。
そんな非常に対照的なふたりは、こちらに気付くと揃って下卑た笑みを浮かべた。
「おお、おお、チミたちがぽっくんの研究塔の見学希望者ですな、可愛い女子から美人さんまでおるとは、ぽっくん大歓迎だよん♪」
先に背の小さい方、どうやらこの研究塔の責任者らしい男が前に出る。
「ふん、イーストアカデミアの研究塔はイマイチだがおまんらは資質がありそうやなぁ、もしウエストに来ることがあったらわいの研究室にくるといい」
背の高い方が偉そうに言い放つ。
「おい、ここはぽっくんの研究塔だぞ、折角のお客様を悪くいうんじゃな~い」
「悪いのはここであって、お客様は賢明だと言っているだけだ」
睨みあうふたりの間にシオリが入る。
「おふたりとも相変わらずですね、ここは私とラプラス教授の顔に免じて仲良く学園郷の叡智のご披露をお願いできませんか?折角魔法心理学と機械心理学の権威が揃っているのですから……ね♪」
最後はキュートな笑顔で締めるシオリにふたりの相好も崩れる。
「ま、そうだよね、はじめまして皆様、ぽっくんは『カラメッテ』、この魔法心理学研究塔の代表だよ」
「わいは『ウブスキー』02支部で機械心理学研究をしとるよ、もしウエストアカデミアに来る機会があったら是非わいの研究塔にも来て欲しい」
ふたりがそれぞれ頭を下げる。
「心理学……というのはどんな学問なのですか?」
セイガには聞きなれない言葉だったので、不意に声が出てしまった。
「ほう、興味深い質問だねぇ、知らない方のために説明すると心理学というのは心と行動を研究するものだね♪」
「人間の心と行動を『科学的に』研究するのが本質だ」
ウブスキーの横槍にカラメッテは一瞬嫌な顔をするが
「そしてぽっくんは『魔法』と心の働きに関する研究を主に行ってるんだ」
そう説明した。
「魔法こそ心の仕組みを解き明かす重要なファクターだとぽっくんは考えているんだ、魔法の定義は様々あるけれど、ぽっくんは『心を侵す法則』それこそが魔法の真骨頂だと思っているよ」
カラメッテの説明にはセイガも頷ける面があった。
セイガのおぼろげな記憶では、元いた世界では魔法というものは完全な否定は出来ないが殆ど見ることのない、そんな現象だった。
超常的な存在、または高い精神のものならば魔法を使うことも可能なのかもしれない……それがセイガの知っている魔法だ。
「わいは心理学の中でも機械と心理との関連性を研究しておる、それこそ科学が魔法よりも優れているという証拠になるからな」
そのウブスキーの言葉で再びふたりの間で炎が巻きあがる。
「科学など魔法の下位互換でしかないくせによく言うよ!」
「ふざけるな、科学という至高の概念の一部でしかない魔法がどれほどのものだというのだ!」
「まあまあ、おふたりとも落ち着いてください、学園に於いては両者は共存すべき存在ではないですか」
レイチェルが口を挟むと、ふたりの教師が舐めまわすように彼女を見つめる。
「おや、どうやらチミも教師のようだね」
「はい、レイチェル・クロックハート……17支部で教師をしています」
「ああ、スキエンティアの所の教師だったか、道理で聡明そうな顔をしておる」
「……恐縮です」
不躾なふたりの視線を耐えつつレイチェルが微笑む。
「科学も魔法も人類にとって、とてもイイものだもんね♪どっちも凄いと思うなぁ…ふふふ♪」
ユメカがレイチェルの方に手を置き、そっとふたりから遠ざける。
「そうね、どちらもワールドに於いて重要な力ね、ちなみに魔法と科学を融合させた学問もあって」
「科学魔法だね!」
「魔法科学だろ!」
「……こんな感じで呼称もまだ確定していないのだけれどお互いの良い面を合わせた技術を研究しているわ」
そう苦笑いしながらレイチェルが締めた。
「さて、この部屋では『特定条件下での心理と魔法との関係性』を調べてるよ」
今までとは違う、無機質で殺風景な部屋、そこに全員が集められている。
『むずかしそー』
委縮しているのか、後ろの方にいた双子が同時に呟く。
「お嬢さん方、そんなに難しくは無いんだよ? 例えばどんなシチュエーションだと異性の自分への好意が高まるか、さらに魔法を加味したらどれだけ心ときめくか、そんな研究をしてるのさ♪」
カラメッテの説明に多感な年頃の双子は黄色い声を上げる。
「…何だか…不純な動機が見える気がする……」
「あはは、面白そう♪」
ユメカと海里はそれぞれ印象の違う目つきでカラメッテを見た。
「ちなみにぽっくんの最終目的は半永久的に作用する魅了の魔法の開発だよ☆」
ウインクしながらカラメッテが女性陣を向く。
『うわ、サイテー』
しかし、ほぼ全員が白い目で彼をみつめた。
「うふ、それは冗談として、ここ以外にも色々な設備を使って沢山の人に協力して貰いながら心の研究をしているのだよ」
誤魔化すようなカラメッテの言葉、場は白けたままだがそんな中、ただ瑠沙だけは何かに興味を持った瞳をしていた。
「それじゃ、幾つか試してみようかな?」
その後は、魔法を使った面白い体験型の実験をセイガ達は楽しんだ。
途中ウブスキーが横槍を入れながらも、様々な魔法を駆使したその実験は想像以上にセイガ達を喜ばせたのだった。
「思った以上に面白かったね♪」
「皆様に喜んで貰えて何よりです」
帰り道、セイガ達は双子やカラメッテ達と別れ、夕暮れ迫るイーストアカデミアの上空を魔法の絨毯で移動していた。
蛇足だが、ハリュウやJなどはあの場の全員と連絡先を交換したらしい。
「ルーサ―がカラメッテにアドレスを教えてたのは意外だったな」
海里がぽつりと瑠沙の横で囁く。
「ん~~、チョットね、試したいコトがあったんだ」
瑠沙も海里にだけ聞こえる声だ。
そして夏の少しだけ涼しくなった風が一行を包む。
「お疲れさまでした♪ 以上で本日の行程は終了となります~ 明日以降は皆様お好きなように学園郷を楽しんでくださいませ」
シオリの声に、セイガが今後の予定を付け加える。
「一応、こちらでも幾つか観光の予定を立ててますが、あくまで自由参加なので、みんな予定表の確認をお願いします」
セイガの額窓には提案された幾つものプラン、観光や見学の予定が映っている。
それを全員の額窓に送った。
「あと、約2週間後の海水浴は一応、全員参加希望が出てたので、改めてプランを作りたいと思っています、みんなも希望があればどんどん教えてください♪」
セイガがお辞儀をする、今回の学園郷滞在中、結局のところ最大のイベントとなったのはこのリゾートエリアへの海水浴だった。
2週間後となったのは、ちょうどその頃に現地で大きなお祭りもあるとのことでかなり盛り上がりそうだったからである。
宿も手配済みで、あとは各自楽しむ準備だけだ。
「うふふ、海はやっぱり楽しみだね♪(…水着はちょっとイヤだけど)」
ユメカも、勝負?やライブのことは一旦忘れて、全力で楽しもうと思っていた。
「みんなで海かぁ♪ボク達が初めてあったのも海辺だったよね」
メイの声にセイガも感慨深くなる、あれから2カ月ほどしか経っていないけれど、本当にたくさんのことがあって、とても懐かしく思ったからだ。
「嗚呼、あの時に叶わなかった夢が……遂に叶うのか」
ハリュウが目を瞑りながら頷いている、セイガもちょっとだけ同意なのだが、それは隠すようにしていた。
「…セイガ様、破廉恥な事を考えていますね?」
いきなりシオリに覗き込まれ、セイガは慌てた。
「え?いやそんなことは無いですよ!?」
「あ、そいつムッツリなんで許してやってください」
「ハリュウ! もうその弄りは止めてくれ!!」
セイガがハリュウに飛び掛かる。
それを見て一同が笑う中、セイガ達を乗せた魔法の絨毯は学園の隠れ亭に辿り着いたのだった。




