第30話
「あの……誰かいますか~?」
メイが声を上げる。
「うわっ!」
おそらく向こうはふたりの気配に気付いてなかったのだろう、驚きの声と共に通路の先から人影が現れる。
それは、セイガには見覚えのある人物だった。
「あなたは確か……イーカルさん、でしたね」
「はい、確かに俺はイーカルですがあなたは?」
乗船した時に少し話をした男、イーカルにセイガは改めて自己紹介をした。
メイもあの時、後から話に加わってはいたが、イーカルの紹介は特に無かったのであまり覚えてなかったのだ。
「ああ、あの時の」
イーカルの方はすぐに思い出したようで、安心したような顔つきになる。
「それにしても、イーカルさんはどうしてこんな所に?」
見回りなどの事情を説明した後、セイガが気になっていたことを切り出した。
「あ、はは……その、トイレに行こうと思ったんだけど迷っちゃってね」
イーカルの言葉に
「それは本当ですか?」
セイガは正直に尋ねた。
「え?」
「この先はもう船尾の甲板です、俺にはイーカルさんがそちらに向かっているように見えました」
先程セイガはイーカルの気配を追っていたが、彼はメイが声を掛けるまでは真っ直ぐに甲板を目指して歩いていたのだ。
「……バレてしまいましたか」
セイガの指摘にあっさりとイーカルは自分の嘘を認める。
「どうして?外はまだ嵐だし絶対危険だよ?」
メイはイーカルの身を案じている、セイガも理由があっての暴挙だと思う。
「それは……俺は確かめたかったんですよ、この嵐が本当にあのオーレリアのものかどうかをね」
イーカルはオーレリアの伝説を知っている。
「もしかして、何かオーレリアのことをご存じなのですか?」
セイガの問いにイーカルは薄く笑う。
「前にこの話は母から聞いたと言いましたよね、それとは別に父からも…もう幼い頃だし父のこと自体はあまり覚えていないのだけど……聞かれたんですよ」
幼少期に消息を絶った父、その父との思い出の中で唯一はっきりと覚えているその言葉……
「お前は自分の命に代えても大切な恋人を守れるか?ってね」
まだ幼いイーカルには、父が何を聞いているのかよく分からなかった。
でも、その当時好きだった女の子を思って、すぐに答えたそうだ。
「俺はあの子が大好きだって、それだけ言ったんです、その時の父の表情は不思議と今でも思い出せます、俺が知っている…最後の父の姿」
当時のイーカルには分からなかった。
でも、表情は思い出せるから、今ならばその心情が少しだけ分かる気がする。
「父の名はタコロス、オーレリアを殺した元恋人です」
甲板に向かう間、セイガとメイはイーカルから話を聞いていた。
最初にオーレリアと別れた後、失意のタコロスはひとりで生きていたらしい。
その後、イーカルの母と出会い、結婚した。
イーカルが生まれ、10年ほどは親子3人仲良く暮らしていたそうだ。
しかし、20年前にタコロスはオーレリアに償う必要があると言ってこの海域までひとりで向かい、そして消息を絶ったのだった。
「改心、したのかなぁ?」
メイの疑問
「分かりません、母の話だと父は軟派なところもあるけれど優しい人だったと…それに母はまだ父が戻ってくると信じています、俺はもう無理だと思っているけれど、せめて報告だけでもしようと今回ここに来たんだ」
「報告?」
セイガが首を捻る。
「はい、実は俺、今度結婚するんです、だからそのことを父に報告するために彼女と一緒にこの船に乗ったんですよ」
「そうだったのですね、その彼女さんは?」
イーカルが首を振る。
「まさか、こんなことになるなんて思わなかったから、彼女だけは避難させました、俺は…もしこれがオーレリアの仕業なら謝りたいと…」
そのまま項垂れるイーカル、体が震えている。
謝って済めばいいだろうが、許されなかったら…命は無いだろう。
「…分かりました、それならば俺が護衛に付きますよ」
「セイガさん!?だったらボクもっ」
「メイは危険だからここで待って何かあったらみんなを呼んできて欲しいかな、護衛だけなら俺だけでも十分だと思うしね」
「おっと、わざわざ呼ぶ必要は無いんだぜい?」
急な声に3人が振り返る、そこには
「あはは、実はみんないたりして、ね」
申し訳なさそうに笑うユメカとその横でふんぞり返るハリュウ
「いやあ、面白いもんを見させて貰ったよ☆」
「メイ嬢、いい笑顔でしたな」
「ふわぁぁ、ルウはもうおねむしたいにゃあ」
海里、J、瑠沙までもが並んで立っていた。
『みんな!?』
驚くセイガとメイ、まさかここまで気付かないとは…
そして同時にメイは今までのアレコレを見られていたことに気付き、一気に紅潮する。
『メイ殿……某も気付かず、失礼しました』
こっそりとマキさんも謝るが、恥ずかしすぎてメイには聞こえていない。
(にゃあああああああ!)
「そ、それじゃあ、みんなで甲板へ行こう!」
セイガの声も心なしか上ずって、そのまま全員で甲板へと向かうことになった。




