第29話
「ん……ここは?」
セイガが目を覚ました時、傍にはユメカと海里の姿があった。
薄暗い、広い部屋…どうやら船内にいるようだ。
「ここは上層のサロン、船長さんに貸して貰ったんだよ ふふふ」
安心した表情のユメカ、一方海里はちょっと不満そうだ。
「止めはエンデルク氏に取られるし、セイガ氏は気を失っちまうし、何だか私の見せ所が無かったなんて……悔しい」
そう言ってセイガの頬をつねる。
「はは……それでも皆無事でよかったよ」
「…まあ、そうでも無いんだけどね」
「?」
不思議そうな表情のセイガに、ユメカが状況を話す。
まず、どうにか脱出を試みた「ティル・ナ・ノーグ」号だが、やはり船体へのダメージは大きく、通常より遅い速度でどうにか航行している状態だそうだ。
テレポートゲートによる避難の結果、9割の乗客と半分の船員は無事に脱出、いち早く百龍島の港に着いている。
しかし、嵐は完全に無くなったわけではなく、今も雨風が周囲を包んでいる。
それはまるで、この船を追いかけるように、静かに、そして確かに続いていた。
「オーレリアを倒したわけでは無いのか……」
セイガは直接見たので、この嵐はあの女性、オーレリアのものだと確信していた。
「多分…ね、船長さんの話では明朝には百龍島に着く予定だから、それまで何も無いといいのだけれど…ね」
船に残った乗客の殆どは自室に戻っているが、何かあった時に対応しやすいようにレイチェルがサロンで休むことを提案した。
そんな彼女は今現在、見回りに出ている。
「今は…何時?」
セイガが左手の腕時計を見る、夜中の1時、どうやら結構な時間セイガは気を失っていたようだ。
「色々大変だったろうに……ありがとう」
よく見ればユメカも海里も顔に疲れが見える。
サロンのソファには他の面々も一様にぐったりとした様子で休んでいた。
「気にするな、現状としては死亡者がいないだけいい方だからな」
エンデルクだ、おそらくシャワーでも浴びたのだろう、最後に見た時と違う服装をしていた。
というか、自分も含めて船外に出た面々は着替えているようだ。
おそらく誰かがセイガの分も着替えさせてくれたのだろう。
安心したら、急激に眠気が復活してきた。
「もう少し、休めばいいよ……」
「時間が来たら、私が起こしてやるからさ♪」
「…ありが…とう」
「ふふふ……おやすみ♪」
「いい夢みなよ♪」
次にセイガが目を覚ましたのは肌寒い、未明のことだった。
「あ、起こしちゃいました?」
うっすらと目を開けるとそこにはメイの姿がある。
起き抜けなのでセイガはついぼーっとメイを見つめてしまう。
やや、顔が赤い気がする。
メイはぱたぱたと誤魔化すように手を振りながらセイガから離れた。
「見回り、そろそろボクの番だったから外に出ようと思ってたんです」
「そうか、だったら俺も一緒に行くよ」
ようやく覚醒したのか、セイガがすくっと立ち上がる。
「え?悪いですよ、セイガさんはまだ寝ててください」
「いや、もう十分休ませて貰ったから大丈夫だよ、ところで見回りは本来ひとりじゃ無いのだろう?」
セイガが指摘すると、メイはハリュウを指さした。
ソファの上で大きないびきをかいている。
「ははは、ハリュウも疲れているよな、起こすのもかわいそうだしひとりは危険だからやはり俺がついて行くよ」
「はい、それではお願いします」
そのまま、ふたりは静かにサロンを出た。
船内は主要な区画を除いて、非常用の電灯に切り替わっていて、通路はオレンジ色の薄明かりだけが落ちている。
横には商業エリア、本来なら夜も賑やかな場所だが今はひっそりとしている。
「何だか、不思議な感じですね…本来だったら絶対見れない景色、デス」
「そうだな、何だか廃墟みたいな趣きもあるな」
約3日間ではあるが、ずっとこの船で生活していたので、この急激な変化には寂しさと…不安を感じた。
船の揺れはあまり無いが、外はまだ風雨が続いている。
その静けさが、このまま続いてくれればいいのだが…そうセイガは思った。
「ここも絶対、大混乱だったんだろうなぁ」
メイの声、確かに街並みのあちこちに破損の跡があり、靴や荷物が散乱している。
おそらく避難の際に何かあったのだろう。
「メイ達は確か、避難の手伝いをしていたのだよね」
「はい、Jさんのお陰で中層からは脱出できたんだけど、船首に向かう通路も混雑してて大変そうだったからJさんに頼んで乗客の移動を手伝って貰いました」
Jの手腕、人々を落ち着かせる<呪文>はとても有効だったという。
ユメカもそちらに専念した方がいいと判断して、メイはずっと避難誘導を進めていたそうだ。
そのおかげか、怪我人も少なくスムーズに避難が進んだらしい。
「メイは偉いな」
それが、セイガの素直な感想だった。
「そんなことないですよっ……それにボクは少しでも多くの人…それに動物たちを守りたかっただけですし」
メイは、セイガと昼間に見た動物園のことを思い出していた。
緊急時、人命が最優先である以上どうしても貨物や設備、動物たちもそうだ、それらは後回しになる。
「動物たちだって生きる権利がありますし、荷物の中には大切な思い出の詰まったものだってある……全部は絶対難しいけれどそういうものも守れたら、ボクは嬉しいです」
弱弱しいメイの微笑み、しかしその中にあるメイの強さにセイガは心打たれた。
「そうだな、俺もそう思うよ」
そのままメイの頭を優しくぽんぽんと撫でる。
「……!えへへ」
そのまま、何事も無く見回りは続いた。
風の音が鳴り、心細い光景が続くが、メイと話をしながら歩くのは楽しい。
そして、メイの方はセイガ以上にこの状況に喜んでいた。
(どうしよう…不謹慎だけど……今絶対嬉しすぎるよぅ!)
見回りに行く前に、ついセイガの寝姿を見ていただけなのに、まさか一緒に行動できたり楽しくお話したりするなんて…想像以上だ。
セイガの横顔を見上げる、前を向くその凛々しい視線にキュンとなる。
(はあぁぁ…こんな時間がずっと続けばいいのに)
うっとりと見上げるメイ、ふとセイガの表情の変化に気付いた。
「セイガさん、どうしたの?」
それは警戒
「ああ、誰かがこの先にいる」
今ふたりがいるのは船尾に近い中層のエリア、これまでまだ誰とも遭遇していなかった。




