第2話
「ゆーちゃん、いらっしゃい♪」
「めーちゃん、またかなりイイ感じの家になったね☆」
白壁の玄関から周囲を興味深く見回しながら女性が入ってくる。
彼女はセイガにとってはこの世界に来てからの最初期の友人、いや今となっては大切な同志という方が相応しいだろう。
『沢渡 夢叶』、快活そうな黒い、角度によっては紫にも見える大きな瞳、柔らかそうな茶色の髪は肩の下まで伸び、毛先は薄い紫色に染めている。
余談だが、最近までは薄桃色に染めていたのだが、思うところあって今は紫にしているのだそうだ。
メイとは背の高さが近く、遠目には同学年にも見えなくも無いが、成長年齢としてはユメカの方が年上であり、とても魅力的なスタイルをしていた。
「えへへぇ、じまんの我が家、だもんね」
「あとは荷物の引っ越しだけかぁ……なんだか寂しくなるなぁ」
メイが今現在お世話になっているのが、ユメカの家なのである。
「ボクもゆーちゃんちにこれからも遊びに行くから、ゆーちゃんもいつでもうちに遊びに来てよっ♪」
「そうだね、…うふふ、また夜通し映画を見たりするのもイイかもね☆」
一緒に暮らした期間は2か月ほどではあるが、ふたりはすっかり姉妹のように仲良くなっていた。
「おう、暑いぜまったく!早くエアコンの効いた部屋に行こうぜ」
ドアが開き、体格のいいタンクトップ姿の男が無造作に現れる。
男はそのまま、女性陣を追い抜くと階段を一足飛びで上がっていった。
「もう、ハリュウったら女性の家なんだからもうちょっと遠慮してよねっ」
そんなメイの非難にも
「悪いな、もう何度もお邪魔してるんで慣れちまったよ」
と、男は返した。
『破竜・Z・K・エクレール』彼はそう名乗っている。
本来はとある私設軍隊の構成員だが、セイガ達のことがいたく気に入って、任務中以外は殆どセイガと行動を共にしている。
言動など軽薄なイメージもあるが、多才で気のいい男だ。
「おっ、アイスじゃん♪ オレの分も当然あるよな」
セイガに挨拶する間もそぞろに冷蔵庫へと向かうハリュウ、それに続いてユメカも冷蔵庫をハリュウの隙間から覗き込んだ。
「わ、らずべりーもあるね♪ さすがめーちゃん、わかってるねぇ…ふふ☆」
ハリュウは熟考したのちにラムレーズンを、ユメカはラズベリーを手に取り、各々部屋の椅子に座る。
「相変わらずここのアイスはカッチカチだな、それがいいんだけどよ」
スプーンでむりくりハリュウが中身を取り出す。
最後に部屋に入って来たメイが扉を閉めると、置いていたチョコのアイスを手に取り眺めた。
あまり溶けていない、むしろ丁度いい塩梅になっていた。
「ああっ、チョコレートの苦みと甘味が素晴らしいね♪」
「う~~~ん、私はそれは分かんないんだよね…あ、うま~~い☆」
少しだけ取ったアイスをひと舐めするユメカ、実は彼女はチョコレートが嫌いだったりする。
「うまうま、これにお酒をかけても旨いんだよな♪」
一方のハリュウはガツガツと食べている。
皆、楽しそうだ。
そんな光景を見てセイガはそう思っていた。
「どうしたの?セイガさんも、もっと食べる?」
既にセイガはバニラを食べ終えていたので、メイが心配して声を掛ける。
「いや、そうじゃあなくて……本当に色々あったなぁと思ってたんだ」
それぞれ、思うところがあるのだろう、皆無言になる。
セイガにとっては初めて、この世界に来てから起きたユメカにも関わる大きな事件、それからメイやハリュウと出会うきっかけとなった出来事、その両方ともとても大きくて一言では語れない……
さらにその後も
ゆめかな事件、学園潜入事件、メイくる事件、レイミア誘拐未遂事件
など様々なことが起きていた。
それらについても思うことは沢山あるのだが…
「『真価』って一体何なんだろうな?」
それが、セイガにとっては大きな関心事だった。
『真価』というのは、この世界の殆どの人が持っている能力だ。
自らが決めた一文字、それに纏わる様々な力を使用できる。
セイガの目の前に、『剣』の『真価』が浮かび、それと同時にセイガの手には微かに光る片手剣、アンファングが握られていた。
窓際に立っていたセイガがそれを軽く振る。
「俺はこうやって、幾つもの剣を作り出すことが出来るし、それだけじゃあ無く、古今東西、数多の世界の達人が編み出した剣技を覚え、使うことが出来る…それはとても便利なことだけれど…『真価』があるからこそ起きる問題も沢山ある。本当に『真価』は人間が使っていい能力なのかと疑問に思うこともあるんだ」
『真価』は人間の本質、欲望とも近い能力、だからこそ大き過ぎる力が自分や周囲を危険にする可能性だって高いのだ。
「ま、強力な力なのは間違いないわな、それで自分勝手する奴もそれなりにいるだろうし…」
ハリュウがスプーンを振りながらアイスのカップを机に置く。
「オレの『真価』、『空』はオレ自身が前から使っていた大気滅殺拳と直接干渉していてその威力を格段に引き上げてるもんな」
ビュッと拳を打ち出す、『真価』を発動させていないので何も起きないが、雰囲気は皆に伝わった。
「こら~! アイスの雫が飛ぶでしょっ?」
「あ、悪い」
苦笑するハリュウを睨みながらメイが続ける。
「ボクは……怖いからあまり戦いたくは無いけれど、力が無くて嘆くよりは…自分で立ち向かえる力があった方が…いいな」
「そうだね、私もここに来てから誰かに守られてばっかりだったから……めーちゃんの言いたいコトは分かるな……へへ」
ユメカがそう笑ってから、アイスを口へと運ぶ。
艶やかな紅い唇に淡いラズベリーのアイスが触れ、飲み込まれた。
「……あ、でも経験値については私も不思議なんだけど、アレってどういう基準でできてるのかなぁ?」
経験値というのは、『真価』をどれだけ使いこなしているかを数値化したもので、これが高い人ほど強力な『真価』を持っているということになる。
ちなみにこの4人の中では、一番ユメカが経験値が高い。
「わたしなんて、最近はどうにか色々できるようになったけれど、前までは簡易魔法がちょっと使えるくらいなのに、経験値はその頃から高かったんだよね」
簡易魔法というのはこの世界で教わる特殊な魔法だが、利便性を重視しているのでそこまで強力なものでは無かった。
余談だが、ユメカは戦闘は苦手なのに経験値が異様に高かったので、かつては経験値稼ぎのカモとして狙われていたこともあった。
それはもう防いだのだが…
「それはきっと…ユメカの『真価』の可能性、それがあまりにも強力だったからじゃあないかな?」
「……ああっ、そっか…あはは、そうかもね」
ユメカの『真価』には大きな秘密がある。
今はそれは一部の人間しか知らず、もしそれが明らかになればその力を狙って、ユメカを襲うものが現れるほどの大きな力だ。
セイガはそんなユメカを守るために、ずっと尽力している。
あらためて、みつめるセイガの視線をユメカが不意に手で遮った。
「うはは♪ なんだか自滅しちゃった感じだけれど、『真価』には不思議も可能性も盛り沢山ってコトだよね……へへ、あ~あついなー、アイスもう一個食べちゃおうかなぁ?」
カップに残っていた最後の一口を飲み込んで、ユメカが冷蔵庫へと向かう。
「不思議と言えば、この文字?も何だか不思議だよね?」
メイが自分の『花』の『真価』を呼び出す。
「漢字のことかい?」
「うん、ボクこの文字はワールドに来てから知ったもん、セイガさんは知ってたの?」
「ああ、俺達の世界では普通に使われていたよ」
「わたしもっ、他にも色んな文字はあったけどね」
「オレの場合は単純に知識として知っていたな」
『聖河』、『夢叶』、『破竜』と3人はそれぞれ名前にも入っているのだ。
「じゃあ、知らないのはボクだけだったんだ……なんだか悔しいなぁ」
「ま、オレは知っていただけで、実際は使ってなかったし、漢字がある世界の方がどちらかと言えばマイナーかも知れないな」
ハリュウはこの4人の中では一番、この世界や色々な知識に詳しい。
セイガとしては自分の馴染みであるものが、『真価』として表現されているのと、漢字が一般的ではない世界が多いというのが変な感じだった。
「それじゃ、メイ坊は最初にどうやって『真価』を決めたんだ?」
「ん? ここに案内してくれた人が、自分の今思う、大切なものを思い浮かべるといいよって言うから……目を瞑ったら故郷のお花畑が浮かんだんだ」
メイが再び『花』を見る。
「ああ、綺麗だなぁ……って思ったらこの文字が自然と目の前に浮かんでたんだよ…それがボクのここでの最初の記憶」
愛おしむように『真価』を見やるメイ、その頃にはまだ、両親も大切な人達も傍にいたから……
「そっか…確かにイメージすればきっとそれに合った文字が分かるんだと思う」
うんうんと頷くユメカに
「かもな、メイの場合『華』というより『花』だもんな」
ハリュウがからかいを加える
「あ~、なんかハリュウの言い方は絶対馬鹿にしている気がするぅ!」
メイがぽかぽかとハリュウを叩いているが、セイガも華やかなイメージの華よりも素朴だけれど可愛らしい花の方がメイには似合っていると思った。
「うふふ♪」
嬉しそうにユメカが冷蔵庫から新しいアイス(トリプルキャラメル味)を持ちながらメイへと近付き、不意にひしと抱き締める。
「大丈夫!めーちゃんの可愛さは花と同じだもん…ふふ、むぎゅ~~」
「ゆーちゃあん、あついよ~~」
室内とはいえ、真夏の昼下がりはエアコンが無いとやや苦しい。
触れ合うふたりの肌からはしっとりと汗が浮き出ていた。
「おおっコレは!?」
ハリュウと違い、声には出さなかったがセイガもまた動揺していた。
そんなセイガの肩をにやにやしながらハリュウが叩く。
「ま、『真価』だけにその人間の真価が問われるんじゃね?」
「そうだな……『真価』は分からないことも多いけれど、きっとこの力は悪いことだけではない、俺もそう信じてみようと思うよ」
セイガは、自分の前にあった不安が少し晴れたような気がした。
その時、
『警戒シールド、作動します、警戒シールド、発動します』
機械音のようなものが室内に響く。
それは、ユメカの体の方から発生したのだった。