第25話
夕暮れの海、まだ百龍島は肉眼では確認できないがそろそろこの船旅も終わりに近づいていた。
船の後方、夕日が見える展望フロアにセイガはひとり佇んでいる。
セイガはサボり気味だった鍛錬の遅れを取り戻そうと、午後からはこの場所でずっと体を動かしていた。
途中、離れたところから瑠沙の気配を感じていたのだが、その後も特に話し掛けてくるわけではなかったので、きっとこの場所の景色が気に入ったのだろうとセイガは判断して鍛錬を続けていた。
だがこうして夕刻になると、綺麗な太陽が沈むひとときを共に過ごそうとカップルや親子連れが増えてきていて、セイガはそろそろ鍛錬を終えようと思った。
「大分、慣れてきたかな」
セイガは右手にある曲剣を見つめる。
刃渡りは1m程、刃は軽く反っており、綺麗な翠色の光沢があった。
その銘は『ウイングソード』、鍔の部分が翼状になっており、その大きな特徴のひとつは使用者を飛行可能とすることである。
実はセイガには以前から「自由に空を飛びたい」という目標があった。
それに関しては一応、とある状態に成れば現状でも可能なのだが、それは時間制限もある所謂「切り札」的な状態なので普段使うのは難しいのである。
なので、ベルクとの戦いが終わって以降、『剣』の『真価』の中にある様々な達人の技から空を飛ぶ技を探して練習してみたのだが…
何故かどの技も習得には能わず、失敗ばかりする日々が続いていた。
そんな中、よく戦闘の相談に乗ってくれるリチアに聞いたところ
「だったら空を飛べる剣を作ったらイイじゃない♪」
と話が転がったのだった。
海里達が来るまでの期間にリチアに協力して貰い、出航の前日に完成したのがこの翼剣なのである。
今は飛行の技も練習しつつ、この翼剣に合った技を習得中なのだが、この翼剣のいい所は使用者の力量によらずに使用者を高速飛行させられる点であり、長時間の飛行が可能だったり、飛行の練習中に落下してもすぐ復帰できるので、セイガはとても気に入っていた。
それともうひとつ、この剣ならではの面白い点があるのだが…
「さて、そろそろ部屋に戻ろうかな」
セイガは翼剣を額窓に仕舞った。
そして、ふと夕焼けに目を奪われたその時。
異変は、セイガの背後から訪れた。
「セイガくん! やっとみつけたっ(キタコレ)」
そこには細身で耳が長くとがった少女が立っていた。
「え?も…大沢さん?どうしてここに?」
彼女の名前は『大沢多子』ハーフエルフの美少女である。
『美』を『真価』にするほど容姿には自信があるのだが、不思議と残念な雰囲気が漂っていた。
「もう、オコのコトはオコって呼んでくれないとオコはオコだよ(ドヤ)」
ちなみにその言動も彼女の残念さを後押ししている。
「…オコさんも旅行中なのですか?」
「うん、ホント偶然、セイガくんに逢えるなんて…オコ嬉しい(うっとり)」
実の所は偶然などではなく、セイガ達が船で学園郷に行くことをこっそり知って、彼女は急いで計画を立ててこの船に乗り込んだのだった。
しかし、一番安い船賃で乗船したため、下層や一部の中層にしか入れず、ずっとセイガに会えずにいたのだ。
そこまで彼女を駆り立てるもの、それはセイガへの想い…
やや屈折しているが愛のなせる業だった、
「こんな綺麗な夕日の下でセイガくんと再会できるなんて…運命みたい(ポッ)」
しかも今は邪魔者もいない、俯きながら彼女はセイガの下へ赴く
そのまま勢いをつけ
「セイガく~~ん……(優・勝!)」
勝利を確信しながら抱きつこうとするが…
セイガの視線は彼女の背後、真の異変へと注がれていた。
闇が、急に現れる、それは荒々しい雲と風と雨と共に船を揺らし、海は波立ち、綺麗だった夕日をあっという間に隠してしまった。
「…な!?」
幾らなんでもここまで急激に天候が変わるなんて有り得ない。
「え?え?!ナニナニ?(ビックリ)」
船の揺れと共に少女はセイガから離される。
そんな中、悲鳴と共に、周囲の乗客が船内へ向けて走り出す。
そしてセイガはある気配を感じて微動だに出来ない。
「あ~~~ん、セイガくん、怖いよぅっ(イっちゃえ!)」
今度こそと笑みを隠したまま少女はセイガに近づく。
しかし
『……え?』
横から突如現れた黒い波が彼女を襲い、一瞬で海上へと流していったのだ。
「モブ沢さーーーーん!」
セイガもあまりの出来事に手も出せないまま、つい彼女のあだ名の方を叫んでしまった。
(もう…目の前で誰かを救えなかったなんてこと…絶対にしないと決めたのに!)
セイガはモブ沢さんが消えていった方へと向かう。
「セイガくん、そっちは危ないよぅ!」
瑠沙がセイガの手を引き留める。
「でも! モブ沢さんが!!」
助けないと、
「大丈夫だよ、ほらアッチを見て?」
思ったより冷静に、瑠沙が船の一ヶ所を指差す、そこには小型のボートが何艘か係留されていたのだが、そのひとつの上に、運良くモブ沢さんが引っ掛かっていた。
「……良かった」
セイガの力が一瞬抜ける、そのタイミングで声がした。
『セイガ!セイガ!聞こえる!?』
それはユメカの声、それも遠くから簡易魔法で飛ばしたユメカの声だ。
「ユメカ? そちらは大丈夫なのか?」
『うん、私は今レイチェル先生と一緒に操舵室に向かってるの、それでセイガ達にも声を送ってるんだけど』
『ゆーちゃん!セイガさん!』
『メイ坊もいるか、どうやらオレ達は全員無事のようだな』
メイとハリュウの声がする。
全員無事と聞いてセイガの心が温まる。
『とにかく、今から先生と状況を聞いてくるから、セイガ達は嵐の中心、船の前方に向かってって先生が言ってる!』
嵐
そうだ、これは嵐…でも普通の嵐ではない、黒い何かを持った嵐だ。
「分かった!」
セイガはそう返事をして、その後にモブ沢さんのことを思い出す。
「…あ」
「あっちの女の子は私が助けるからセイガくんは先に行って!」
瑠沙が普段からは想像できないほど強い口調でセイガの背中を押す。
「大丈夫、すぐに追いつくからさ♪」
送り出す、瑠沙の表情は笑顔だった。
「ありがとう! それじゃあまた!」
濡れた甲板の上をセイガは駆け出す、その先には巨大な黒い嵐が待ち構えていた。




