第24話
港街ファルネーゼを立ってから3日目の朝、この日も好天に恵まれながら豪華客船「ティル・ナ・ノーグ」号は航海を続けていた。
眼下の海の色も青く穏やかで、この航海の無事を表しているようである。
そんな中、窓から海を眺める海里はやけに物憂げだった。
「どうしたの?カイリたん」
今朝は瑠沙の方が海里の部屋に遊びに来ている。
「う~~ん、頭いて~……それと猫が吸いたい」
真顔で海里が呟く。
「確かにっ、私もだいぶ猫成分が足りなくなってきたよぅ」
ふたりともシックストでは猫と暮らしているのだ。
「まあ、それは冗談だけどね、何だか嫌な予感がするんだよね」
「あらら、カイリたんのカンは嫌なコトに限ればすっごく当たるよね、怖いなぁ」
海里は朝から頭痛も酷かったが、それ以上に今後のことが気掛かりだった。
「ひとまず、全員に連絡すっか」
面倒そうに海里が自らの赤い額窓を呼び出し、カルテットの残りふたりにも事情を説明する、そして…
(はぁ♪ 午前中はわんこやにゃんこをモフりまくったし、セイガさんとも動物のお話とか出来て、本当に楽しかったなぁ……)
昼過ぎの通路上、太陽の鮮やかな光を浴びながらメイが歩いている。
その隣にはお供のマキさんも浮かんでいる。
人が多い場所でマキさんが外に出ているのは珍しいことなのだが、それには理由があった。
「ワガハイも動物は大好きでしてね、特に大きな動物には…癒されますな」
危険人物とマキさんが認定しているJが一緒に居るからだ。
メイを護衛するためにJとの間に入って警戒を怠らない。
メイとしても、Jとはあまりお近づきになりたくは無いのだが、無碍に断るのも悪いと思って何となく午前中の話とかをしてたのだ。
「ところでメイ嬢はこれからどちらに向かう予定ですかな?」
「ええと、特には予定はなくて、ぐるっとこの船の外周をみてみたかったんだ、こんな凄い船に乗るなんて絶対ないかも知れないんだもん」
それに、セイガとのことが嬉しかったので、心が広くなっているというのもあるのだろう。
素直にJの話に答えていた。
「ふむふむ、運動にも観光にも人間観察にもなりますからな、良いことだとワガハイも思いますぞ」
「ふふ、そーかな? ホントは何も考えないで部屋でぼーっとしてるのも好きなんだけどねぇ」
どちらかといえば、メイもインドア派だったりするのだが、たまにはこういう散歩もいいのではないかと思っていた。
「ワガハイは、内でも外でも、趣きがあって好きですな☆」
「ふ~ん…ボクは家にいる方がいいかなぁ?」
「ほほう、それは参考になりましたぞ」
なんとなく嚙み合っていない会話だったが、ふたりは気にしていないようだ。
『じぇい殿はそれでいつまで某達について回る御積りですかな?』
「ワガハイも日光浴を兼ねて、船を周りたいのですよ」
そう、ここは一応外だからか、Jは普段の上半身裸の姿だった。
周囲にも水着にパーカーを羽織っただけの乗客などがいるからか、それほど異質ではない…けれど、メイには少し恥ずかしかった。
「どーしてJさんはいつも裸なんですか?」
男性の素肌は、キトン姿のベルクを昔から見ているのでそこまで抵抗は無いのだが、Jの恰好は何というか、はしたないようにメイには感じられるのだ。
「そうですな…これこそワガハイの正装、だからでしょうな」
ムンと、上半身の筋肉に力を込めながらJが断言する。
『あまり良い御趣味とは言えませんな』
「その価値観の違いは残念ですが仕方ありませんね」
皮肉は言われ慣れているのだろう、Jは気にしていないようだ。
メイとしては、あまり自分の価値観だけを押し付ける気は無いのだが、それでもJに関してはなかなか心を開こうとは思えなかった。
「ボクは(ついて来ても)別にいいけどさ、変なことしたら絶対許さないからそれだけはしないでね?」
手で×を作るメイ、それを見ながらJは肩をすくめた。
「大丈夫ですよメイ嬢、ワガハイはこれでも紳士ですからな、嫌がる女性に乱暴は致しませんぞ?」
前にも同じようなことを言われた気もするが、メイはそれでも信用できない目つきでJを見る。
「それより、夕方までには部屋に戻った方が良いかも知れませんな」
「…なんで?」
「嵐が、来るやも」
Jが遠く水平線を見つめる。
雲一つない青空、天気予報もずっと晴れを示していたはずだ.
「あはは、そんなコト絶対ないよ♪」
メイは、これもJの冗談だと思った。
Jはただ、水平線を見つめ続けていた。




