第20話
船旅の2日目、この日は各自、終日自由行動を取ることとなった。
勿論、示し合わせて誰かと一緒に過ごしても問題はなく、あくまで何をするのも自由ということだ。
船上は夏の日差しが降り注いでいるが、気温はそこまで高くなく、乗客の多くがあちこちで陽光の下、余暇を楽しんでいる。
その一角、上層の綺麗なプールサイドに海里は佇んでいた。
白いビーチチェアに寝そべり、その綺麗な肢体には赤いハイレグの水着が良く似合っている。
通りすがる人々もつい眺めてしまう、そんな華美な姿だ。
でも、当の本人はゆるりと起き上がると、そのままつまらなそうにサングラス越しの風景を見ているのみだった。
「やっぱり無理矢理にでも誰か誘えば良かったかなぁ…」
朝食時、瑠沙には会って、色々と話をしたのだが、彼女の方はどうにも別にしたいことがあったのでこの場にはいない。
考えるのも面倒になったのか、海里は目の前のグラスに入ったお酒を一気に飲み干すと追加の注文をして再び横になる。
休むのは嫌いじゃないが、つまらないのは勘弁だった。
そうして、微睡んでいると少し先に、とても興味深い人物の姿が見えた。
内心、その偶然に嬉しくなるがそれを見せないようにのそりと髪をかき上げながら体を起こす。
「あら?ユメカさんじゃない」
そこにいたのはユメカだった。
涼しげな紫色のワンピースに白い上着を羽織った姿で、可愛くはあるが何となく適当に着ている印象にも見える。
「あれ? …ああ、海里さんかぁ♪」
ひとりでふらふらと散歩をしていて、知り合いに会うとは思ってなかったのだろうか、少し驚いた様子だ。
「ひとりなんて珍しいじゃない」
海里的に、ユメカの傍にはいつも誰かがいるようなイメージがあった。
「あはは、そんなコトないのでございますよ?」
軽く誤魔化しながら手を振るユメカ
「良かったら一緒にプールに入らない? 水着もすぐ手に入るし」
「ええっ?いやそれはさすがに何とも……大丈夫デス」
ユメカは動揺のためか、つい手を強く振ってしまう。
「……だったらせめてこちらでちょっと涼んでいかない?」
ぽんぽんと、海里が隣りのビーチチェアを叩く、そこはパラソルも立ててあり、日陰になっていた。
「……そうだね、それじゃあ少しお邪魔しようかなぁ」
ここで断るのも悪いと思ったのだろう、ユメカがおずおずとチェアに腰掛ける。
「…」
「……」
ふたりの間に無言の時が流れる。
何を話していいのか、お互いに考えあぐねている様子だ。
「あ~~~、ユメカさんてさ、水着とか苦手な人?」
先程から、ユメカの視線を感じていた海里がいきなり切り込む。
「ふあっ、苦手というか慣れていないというか……私、寒い所に住んでいたからかな、あまり人前で肌を見せるのとかは……恥ずかしいのかも、あはは」
「確かにすっごく、白くて奇麗な肌してるね…しかもすっごく温かくて柔らかい」
その場の勢いとばかりに海里がユメカの肘から先を触る。
「うひゃ、はははっ くすぐったいよぅ!」
「ごめんごめん……でも勿体ないなぁ、ユメカさんの水着姿、みんな見たいだろうにねぇ」
すべすべした触り心地を堪能した海里がその指を離す。
ユメカから見ても海里の水着姿は美しくて、ちょっと羨ましくは思っていた。
「まあ、ハリュウなんかはこの夏になってから何度も海に行きたいとかそんな話を持ってきたりもするけどさ、半分はネタなんじゃあ無いのかなぁ? うふふ」
「いや、それは確実にエロい意味で狙ってるよ」
「うわ、そうかな?」
「うん、それにセイガ氏も絶対ユメカさんの水着が見たいって思ってるって」
「あはは……確かにセイガの方はハッキリとは言わないけれどね……そんなに私の水着なんて見たいのかなぁ?」
想像しただけで恥ずかしいのか、ユメカは頬を指でさすりながら赤くなる。
「見たいっす!ユメカさんの水着姿は絶対可愛いと確信出来ますし、俺達みんな同類ですから」
海里はなんとか、ユメカの水着姿を拝めないか考えてみる、そこでふと悪い考えが浮かんできたが…さすがにどうしようか躊躇した。
「う~~ん、そこまで言われちゃうと嬉しいけれど…やっぱりムリかなぁ」
「それは残念だなぁ、昨夜のセイガ氏も楽しみにしてただろうになぁ?」
「昨日の…セイガ?」
ぴくりと、ユメカが反応する。
「いえね、昨日の夜中にセイガ氏と学園郷にいいビーチがあるから一緒に行こうって話をしたんだけどね」
これは半分嘘だ、あの時、他愛のない話の中で学園郷には有名なビーチもあるという話題があっただけなのだが、ユメカにはそんなことは分かる筈もなく。
「夜中に…そんな話をしてたんだ…へぇ~~~?」
海里の予想通り、ユメカは静かな表情に変わっていった。
「その時は私もルーサーもさらにセクシーな水着を用意しようと思ってたんですけどね……ユメカさんはその話は聞いてなかったですか?」
「うん、全然聞いてない」
セイガには悪いが、元々セイガ達を誘ってビーチに行く計画は考えていたので、海里はさらに煽ることにした。
「ユメカさんが参加出来ないのは残念だけど、セイガ氏と海に行くの…楽しみだなぁ♪」
「私はまだ参加しないとは言ってないよっ?」
「でも水着はNGですよね~、それだとわざわざ海に行っても楽しくないと思いますよ~?」
「んん…そうかも知れないけれど……」
ユメカには悪いが、役に入ってしまって楽しくなってきたので、海里の勢いは止まらない。
「だから今回は私たちだけで楽しんで来ますので、ユメカさんは無理はせず」
「その話、私も聞かせてもらったわ!」
その声は、プールの水際、しょぼんとしているユメカの先から聞こえてきた。
『レイチェル先生!?』
予期せぬ人物の降臨にユメカと海里の声が被る。
そこには、仕事が終わってすぐにテレポートを使ってきたのだろう、半袖の白いシャツに黒のタイトスカートにトレードマークともいえるタイツ姿、そして大きなキャリーケースを手にしたレイチェルが堂々と立っていた。
「ようやくこっちに来ることが出来ましたよ♪」
様々な解放感に溢れているからか、その笑顔はとても眩しかった。
「お、お疲れ様です、話って…今のアレコレですか?」
ユメカが立ち上がり、レイチェルに近づく。
「そうよユメカさんっ ここまで来たらみんな、一時の恥は忘れて思いっきり楽しみましょ!」
レイチェルが大きく天を指さす。
「ええっ?」
「私ね、学園郷で一度行ってみたかったビーチがあるの、ただ海が綺麗ってだけでは無くて歴史的にも有名で名所も多くてね……確かに水着を見せるのは恥ずかしいかも知れないけれど、私はユメカさんやメイちゃん、セイガ君にもその素晴らしさを知って欲しいの」
レイチェルの熱弁にユメカが押されている。
「勿論、海里さん達第6リージョンの皆様にもおススメできる場所ですよ?」
「そうなんだ、ソレは確かに面白そうかも」
基本的に物怖じしない海里までも少しその勢いに飲まれている。
「だから、私はみんなでビーチに行くことを提案します!」
そしてレイチェルがユメカにそっと近づき
「セイガ君にも見せつけちゃいましょ?」
と、ユメカだけに聞こえるよう、そっと耳打ちした。
「……ううう、わっかりました、私も行きます!あははははっ」
自分の決意が面白かったのか、半ばヤケなのか、ユメカが笑い続ける。
ただ、それはちょっとだけ胸躍る気分でもあった。
「イイじゃない、楽しくなってきたわぁ!」
海里もチェアから踊り出し、輪に加わる。
「学園の教師である私の沽券にかけて、絶対に成功させてみせるわ!」
そうして静かだったプールサイドに、美女3人の笑い声が響いたのだった。




