第1話
第1章
夏の盛りの午後の日差しは、気怠く世界を覆っている。
そんな空気の中、男は窓辺から広がる麦畑を見渡しながら、一息ついた。
背が高く引き締まった肉体、さっぱりとした黒髪と黒い瞳からは誠実そうな人柄が見えるが、それだけではない何かを感じさせる青年だ。
男の名前は『聖河・ラムル』、この世界に来てから初めての夏…
その短い期間にも様々な出来事があり、今はこの束の間の静かさに身を置きながら、ゆっくりと取り留めのない想いに耽っていた。
真新しい白い窓枠、さらさらと流れる金色の麦穂の先には洋風の大きな2階建ての家、セイガの自宅が見える。
そう、今いるこの新しい、人の生活の匂いがまだ少ない場所はセイガの家では無い……ここは
「セイガさん、麦茶ですよ~良かったらどうぞ♪」
ドアの向こうから、背の小さい、白いワンピースを着た少女がお盆にコップがふたつ、それから麦茶の入った大きな入れ物と幾つものカップサイズのアイスを載せてするすると入ってきた。
少女は手際よく部屋の中央の白いテーブルにそれらを並べていく。
「ありがとうメイ、そちらはアイスかい?」
メイと呼ばれた少女は明るく微笑む。
「はい! バニラと抹茶とチョコと…他にも色々、どれも美味しいですよ~☆」
スプーンでカチカチとアイスの表面を叩く音も心地よい。
夏とは言っても、この辺りはそれ程気温が高いというわけではない、そもそもアイスもキンキンに冷えていたのだろう、まだ溶ける様子すらない。
「ありがとう、それでは頂くとするよ」
セイガはバニラ、メイはチョコを手に取る、残ったアイスは壁際にある小さな冷蔵庫の冷凍スペースにしまった。
因みにその中にも既に別のアイスや飲み物が入っているようだった。
『ん~~~~♪』
濃厚なミルクと爽やかなバニラの風味が口の中に広がる。
メイの方も余程良かったのかふたりの声が嬉しそうに重なった。
「……なんだか、ずっとセイガさんにはお世話になってばっかりですね」
アイスの余韻を楽しみながら、麦茶を飲み干すとメイがふと、改まった口調でそう呟いた。
「そうかな?」
「そうですよ!」
メイが大きく、顔をテーブルの上に乗り出してセイガを見つめる。
長く腰まで伸ばした黒髪がさらりと流れた。
少女の名前は『メイ・フェルステン』この世界には家族と共に来たのだが、その後家族と離れ離れになり、その元凶と向かい会うために旅を続けていた。
(詳しくは第2節を参照)
そんな中、セイガ達と出会い、幾多の苦難を共に乗り越えた結果、現在はある程度の解決…あるいは保留という状態となったのだが、その時にセイガがしてくれたことはとても大きく…
今ではメイにとってセイガはとても特別な存在になっていたのだった。
「今だって、この家を建てるのを手伝ってくれてるじゃあないですか」
例の一件のあと、メイはセイガ達のいるこの場所で共に生活する道を選んだ。
それまではとある女性の家に居候していたのだが、新たに生活をするにあたって、自分の家が欲しいと考えたメイは、考えた末にセイガの家の隣に新居を作ることにしたのだ。
曰く
「ホラ、セイガさんの家が近くにあった方が何かあった時に安全そうだし、この辺り景色も綺麗でボク的に落ち着くんだよね♪」
とのことだが、その真意はセイガの傍に居たいというメイの、せいいっぱいの勇気だった。
近くの大工さんと設計から建築まで相談して作った手作りの家、やろうと思えば一瞬で建築物をも作り出せるこの世界に於いては、時間は掛かるがメイの想いと拘りの詰まった大事な家だ。
さらに、鍛錬にもなると、今日みたいにセイガが何度も手伝いに来てくれる。
それがとてもメイにとっては嬉しい日々だったのだ。
ただ、長らく続いた幸せ……新居も、もうそろそろ完成する。
嬉しいながらもちょっと寂しい、切なさを感じるメイだった。
「俺は、俺がしたいことをずっと行っているだけだよ」
セイガが優しく微笑む、そこに少しだけ追憶のようなものをメイは感じた。
「それでも! ボクはセイガさんにとても大きな恩を感じているんです」
その後、無言のままメイはアイスを口へと運ぶ。
ふたりの視線が自然と結ばれる……
「ありがとう、その気持ちはとても嬉しいよ、ただ知っていて欲しいのは俺の方もメイやハリュウ、ユメカ達にはずっと助けられているし、これからもそうやって一緒にいられたらと思っているんだ」
これもセイガの本心だ、ただし少しだけ隠している気持ちがあるのだが。
「セイガさん……そうだね、ボクもずっと一緒が…いいな」
メイの瞳が潤む、前はもっと我慢できたのに、どうにもセイガの前では涙もろいメイだった。
「あの……」
「お~~~~い!」
メイが意を決して何か伝えようとしたその時、外の方から能天気な大声が鳴った。
セイガがいち早く反応して窓の外を見る。
そこには、夏の日差しに照らされて、汗を掻きながら右手を大きく振る男と。
ピンクと黒を大胆なデザインであてはめたシャツに 黒いミニスカート姿の小さな女性が並んで歩いていた。
「セイガん家に行ったら出てこないからコッチかと思ってな…お邪魔だったか?」
男が再び大きな声でからかうようにメイを見た。
「うっさいよ、バカハリュウ!」
メイが怒りながらも笑顔で玄関へと向かう。
そんな様子を見ながら、ハリュウと共にいた女性が楽しそうに笑った。
「あはは♪ おまたせ~~ 丁度こっちに来たらハリュウと会ったんだよね」
そう、ふたりともセイガの仲間であり、この日はセイガがメイを含めた3人に話したいことがあったのでこうして家に呼んだのであった。