第16話
船内は上層階である程に部屋の等級が上がっている。
海里達4人は客人ということで上級の個室にそれぞれ入って貰った。
2等級ではセイガとハリュウはふたり部屋、ユメカとメイとレイチェルが3人部屋を使っている。
エンデルク達は最上級の部屋に3人で過ごすという、エンデルクは何事も最高品質のものを求める性格なのだ。
「まあ、雑魚寝の部屋に比べれば全然マシだよな」
集合場所のロビーにセイガ達が向かう時に、そうハリュウが言った。
この船は豪華客船ではあるが、何せ1万人もの人達が一緒に移動するので、格安なプランもあったりするのだ。
ただし、等級の低い乗客は上層階など一部のエリアには入ることが出来ないらしい、それでも沢山の施設があるので多くの人にとって、この船旅は優雅な体験になっている。
「そうだな、それにしても全然揺れないのだな、俺はそれにびっくりだよ」
セイガが何となく覚えている、以前の世界での大洋へ向かう船旅は場合によっては命を落とすかもしれない危険なものだった。
このワールドに来てからも船には乗ったことがあるが、それに比べてもこの豪華客船はまるで地上にいるかのような快適さだった。
「それはまだ動いていないしな、とはいえこれだけ大きいと少しの波や風では揺るがないんだろうさ」
「なるほど……これならば海里さん達の体調も心配なさそうだね、安全で快適な船旅、か」
「ほっほっほっ、それはどうかな?」
突然の声にセイガが驚きながらその方向を見ると、そこには背が曲がり小さい、白く長い顎髭と白髪姿のいかにもな老人が立っていた。
「ご老人、それはどういう意味ですか?」
不審に思いながらもセイガが優しく尋ねると、老人は手にしていた杖を窓の外、遥か先の大海に指し示す。
「この先の航路にはの、不吉な伝説が残っておるのじゃ……その名も」
そこで老人は大きく間を開ける。
「…『悲しきオーレリアの伝説』じゃあ!」
そして老人は驚くセイガ達を尻目に話を続ける。
「発端はもう50年ほど昔の話じゃ、とある婚約したふたりがこの航路で旅をしていたのじゃ、それは仲の良いふたりであったが、ふとしたことでケンカになってのう…それだけならば良かったのじゃが、女性の方には厄介な『真価』があったのじゃよ」
『真価』というこのワールド特有の言葉が出て、セイガは神妙な顔つきになる。
「彼女は怒りや嫉妬など感情が昂ると自らの周辺に大きな『嵐』を発生させてしまう、婚約者や他の船員が彼女を宥めようとするが、彼女の怒りは止まらなかった」
そのまま、老人は項垂れる。
「結局婚約者は自分と周りの乗客を守るために最愛の彼女を海に沈めたのじゃよ」
「そんな……」
「嵐は納まったが、その女性は帰らぬ人となったよ」
過去の悲しき出来事にセイガは心揺さぶられた。
そんな方法しか無かったのかという悲しみと怒り、そして虚しさを覚える。
「その女性の名が『オーレリア』じゃ、そして恐ろしいことにその後も、オーレリアが沈められた海域では急な嵐が何度も起きたそうじゃ」
がくがくと震えながら老人が手をすり合わせる。
そんな老人の姿を胡散臭そうに見ながらハリュウ、
「そのオーレリアが亡霊にでもなって恨んできたってか?」
「そう言われておるのぅ、そのため何年もその周辺は航路として使われなくなったそうじゃが……20年ほど前に変化が起きたのじゃ」
「何があったのですか?」
セイガの方は老人の話を信じ切っているのか真摯な目で話を促す。
「婚約者の男が再びその海域に現れたのじゃよ」
「ええっ?」
「長い年月の間にどうやら改心したようで、近くまで客船で送って貰ってから、小さな木舟でひとり、オーレリアの元へと向かったそうじゃ、すると今まで晴天じゃった空が一気に黒ずみ、嵐が起きたそうじゃ……そう、あの時と同じように」
婚約者の男を送った客船の船員の話では、それは短時間の出来事だったそうで、客船は被害を受けなかったためこの出来事は広く伝わったのだという。
「大きな悲鳴と共に、海は穏やかになり、男の乗った木船は完全に消失していたそうじゃ……それ以降、その海域では急な嵐は起きなくなったという」
「オーレリアは恨みを晴らして成仏したのでしょうか?」
「…分からんのぅ、しかし普通に航路として使われるようになった今でも、船乗りの間で『悲しきオーレリアの伝説』は語り継がれておる、けして再び同じ過ちが起きないよう…語られておるのじゃ」
そこで老人は目を閉じて、故人を悼むように手を合わせた。
「まあ、よくある昔話だよな」
やはり信じていないのか、ハリュウがつまらなそうに呟く。
「でも、その出来事自体は本当にあったらしいですよ?」
突然、3人の後ろから声が掛けられる。
そこには20代後半ほどの若い男性が立っていた。
「すいません、盗み聞きするつもりは無かったのですが、つい馴染みのある話が聞こえてしまったので声を掛けてしまいました」
清潔感のある優しそうな男が頭を下げる。
「いえ、気にしないで下さい」
「俺は『イーカル』と言います、こことは違う場所に住んでいるのですが、昔から母にその話は聞いていたのですよ」
そう言うと、軽く微笑んだ。
女性にモテそうな、そんな雰囲気である。
「どうも、俺はセイガです。イーカルさんも知っているということは結構有名なお話なのですね」
「どうじゃろうのぅ、この船の船員は知らんのじゃないかのう?」
「おいおい、さっき船乗りの間で語り継がれているって言っただろうが」
ハリュウがツッコむ。
「ほほほ、それはあくまで一部の船乗りじゃよ、ワールド中を周るこの船の者だと知らんのもいるくらいには昔のマイナーな話じゃ」
そのまま老人は笑いながら去ろうとする。
「……気を付けることじゃ」
そして下の階に降りようとした時に
「何やってるの?上野下野さん?」
老人はユメカに捕まった。
『え?』
確かに口調は店主に似ているが、見た目は若く美形の店主と、目の前のいかにもな老人とは姿が違い過ぎる。
しかし、ユメカは確信を持って老人の首根っこをつまんだ。
「おおう、老い先短い老人になんてご無体を~」
そんな言葉にもユメカは怯まない。
そのまま、老人の目をじっと見つめる。
「私をこれ以上騙すつもりなの?」
老人の顔から冷や汗が流れる、そして
「ユメカさん、ホントスンマセンっ」
ボンっ、と音と煙を立てると、そこに立っていたのは着物姿のいつもの店主だ。
「ハイ、謝ればよろしい……ふふふ」
「もう、ゆーちゃんったら急に走ったと思ったら…って上野下野さん?」
メイが駆けつける、その頃には全員の非難の目が店主に注がれていた。
「姿を変えたのはちょっとしたお茶目じゃが、伝説自体は嘘じゃないんよ、のうイーカルさんや…よよよ」
助けを求め、イーカルに文字通り泣きつく店主。
「ええと、あまり詳しいことは申せませんが伝説が事実だったことは確かですよ」
「ほらぁ☆」
「だからっと言って、わざと怖がらせるのは悪気があるってコトだよね?」
「重ね重ねスイマセンでした!」
ユメカの手から離れ土下座する店主、その姿はあまりに滑稽だったので、ついみんな微笑んでしまう。
「上野下野さんは仕方のない人だなぁ…程度はわきまえないとほんとダメなんだからね、分かった?」
「イエス、マム」
「ふふふ♪」
ようやく、店主は解放された。
そのままついお喋りな店主と談笑する4人……
「それにしても、早速会えるとは思わなかったです」
どこかで姿を見せるような気はしていたが、こう早いとはセイガも思っていなかったのだ。
「儂は神出鬼没だからの、それよりそろそろ集合時間じゃないのかい?」
セイガが腕時計を見ると、確かにもうロビーに着いていたい時間だ。
「わ、いそがないと!」
セイガ達はそのまま、イーカルと別れて待ち合わせ場所まで走ったのだった。




