第10話
ハリュウが地獄の100セット戦闘を繰り広げていた頃、セイガ達は各自帰ろうと、楽多堂の入口に立っていた。
夏の空はまだ明るく、夕雲が流れている。
夕陽に照らされたメイが、両手を上げながら、くるりと振り返る。
「あしたも晴れそう♪……絶対いい日になるよね」
その明るい言葉に、セイガは少し救われた気がした。
「そういえば、お客様たちの来訪までまだちょっと時間があるけれど、みんなはどうしてる? 私はMVの作成と自主練かなぁ、うふふ」
シックストからの客人は5日後の午前中に学園に到着する予定だ。
「私はこれから長期休暇になるだろうから、今のうちに学園の仕事と講義の引継ぎをしようと思っているわ」
まずはレイチェル、学園の仕事でいつも多忙な彼女だがこの数日はさらに忙しくなるだろう、しかし久しぶりの休暇を控えてその表情はとても晴れやかだ。
「ボクはもういっかいキナさんと修行に行ってくるね、新居の方も進めたかったけれど、キナさんがどうしてもって言ってて…何かあるのかなぁ?」
キナさん、本名『鬼無里 瑠璃』はメイの御業の先生とも言える存在で、何かとメイのことを気に掛けてくれている。
『どうも瑠璃殿には何か考えがあるようですな』
元々、メイに御業を教えた師匠はマキさんなのだが、キナさんの御業の方が遙かに熟練しているので、ここ最近はキナさんにふたりとも鍛えて貰っているのだ。
「うん、だからボク達が合流できるのは来訪前日になるかも」
「そうなのか」
最近はずっとメイの家の建築の手伝いをしていたので、セイガは少しだけ寂しい気持ちになった。
「で、ハリュウからは?ふふ、なんか連絡あった?」
自分の額窓を見ながらユメカがセイガに尋ねる。
「ああ、どうやら地下基地から出られないそうで、当日までの準備は全て任せるとメッセージが着ていたよ」
セイガも額窓を開き、みんなにそのメッセージを見せる。
「もう、ハリュウはしょうがないなぁ」
「うはは♪、いつも色々準備して貰っているし、今回はいいんじゃないかな?」
ハリュウは伝手も多く、段取りを決めるのも速いので、4人で行動する時は大抵準備などを担っているのだ。
「ま、今回は儂も協力するでの、旅の準備は任せんしゃい☆」
店主が胸を大きく叩く、今回の学園郷への旅行、彼自身は同行しないとのことだが…おそらくどこかのタイミングでひょっこり現れる…そんな風に皆思っていた。
彼はそういう男なのだ。
「ありがとうございます」
「それで……セイガはどうするの?」
ユメカが小首を傾げながらセイガを見上げる。
「俺は、いい機会だから新しい剣を作りたいな」
「新しい……剣?」
ユメカの首がさらに曲がる。
セイガは既に幾つもの剣を持っているからだ。
「ああ、実は前々から構想していた案があるから、メイの家の手伝いも無く手持無沙汰なのでそれを実行してみようと思っている」
「へぇ~、それじゃあリチアさんにも頼むの? うふふっ」
その光景を想像してか楽しそうなユメカ、リチアというのはオリゾンテという食堂の店長で、料理のみならず、鍛冶、工芸、機械加工、芸術、プログラムなど様々な創作に秀でた存在だ。
セイガもかつて狼牙を作成する時にお世話になっている。
「……」
何やらレイチェルが神妙な顔つきをしているが、セイガは気付かず。
「その……また出来たらユメカには話すよ」
そう、顔を少し赤らめていた。
「? あはは、それじゃあ楽しみにしているね……そっか、みんな結構忙しそうだねぇ、まあ私がいうコトじゃないけど えへへ♪」
夕日が学園の方へと落ちていく、ユメカの笑みにはこれからのワクワクと、大仕事への自分へのプレッシャーが綯交ぜになっているようだった。
「あの……」
「心配ご無用、準備は儂が完璧にやるし……ユメカさんならきっと大丈夫じゃ」
セイガもユメカに声を掛けようとしたのだが、店主が先に良いことを言ってしまったので、頭を掻いてその表情を胡麻化す。
そんな姿を知ってか知らずか、メイがセイガとユメカの手を取った。
「みんな……がんばろうね、絶対成功させよっ♪」
レイチェルと、上野下野もそれに倣って手を取り合う。
ハリュウはここにはいなかったが、お客人を含めて全員で楽しもう。
そうここにいる全員が思ったのだった。
それから、シックストからの客人が来るまでの日々は、あっという間に過ぎていった。
セイガはオリゾンテと自宅と学園を巡り、時には思いもよらぬ嬉しいお祝いなども受けながら新しい剣の作成に全力を注いだ。
ユメカは音楽作りの相棒と共に、あちこちを精力的に回って宣伝とMV作成を進めていた。
メイとマキさんはキナさんと共に修行のため霊山へと籠り、ハリュウはターラと地獄の訓練を際限なく続けていた。
上野下野は準備とあちこちとの調整を怠らず、レイチェルは沢山の生徒に惜しまれながらも休暇前最後の講義を終わらせた。
そして、遂に彼女たちがやってくる日が訪れた……




